実験班組織編


第1章 慾意 羅繻



あれからずっと、同期の彼が発した言葉が離れなかった。
まるで植物の光合成。
確かに、監視カメラの映像に残っていた羅繻の姿は、光合成をする植物のそれだった。
しかし、普通の人間が光合成をおこなうに辺り、必要となる葉緑体を持つ訳がない。
つまり。
羅繻は、やはり。

「普通の人間じゃない…ってこと、か…」

文字を書き過ぎて、自身でも何を書いているのかわからなくなり始めたノートを眺めながら、死燐はポツリと呟いた。


第4科  ワレモコウ


「大分濃くなって来たな。」

羅繻の髪を手で持ち上げて、額を覗き込む。
以前よりも、額の痣は濃くなっていた。
痣は少しずつ形がはっきりして来て、まるで花のように浮かび上がって来ている。
指でなぞるように紫色の痣に触れると、羅繻の身体がぴくりと動いた。

「シリン、くすぐったい。」
「痛くはないか?」
「痛くは…ない、かなぁ。なんで?」
「いや。痛くないなら、いい。」

羅繻の髪を優しく指ですくと、檻にもたれかかるように座り込む。
視線を天井へと向けると、無機質な灰色のコンクリートが映った。

「ねぇシリン。」
「なんだよ。」
「えへへ。」
「なんだよ、気持ち悪いな。」
「んーん、なんでもない。」
「そっか。」

羅繻へと視線を戻すと、嬉しそうににこにこと微笑んでいた。
なんとなくむかついて、その日持って来た参考書の角で軽く叩く。

「痛いよぅ」
「うっさい。これでも読んでろ。」
「むぅー」

羅繻は不服そうに唇を尖らせたが、死燐が渡した本へと視線を向ける。
ずっしりと重みのある本は長いこと使い古されていてボロボロだった。
中見は、子供の字で書きくわえられたり、色のついた線でひかれたりしている。
その字に羅繻は見覚えがあった。

「これ、シリンの?」
「昔、使ってた。」
「へぇ…シリン、字下手だね。」
「煩い。」

死燐が恥ずかしそうに頬を赤らめて羅繻を睨むと、羅繻はごめんごめんと優しく微笑んだ。
ガシャン、と檻が揺れる。
なんの音かと振り向くと、羅繻が檻を両手で力強く握りしめて、こちらを見つめていた。
藍色の瞳は、初めて出会った時よりもずっと澄んでいた。
風なんて吹くはずがないのに、羅繻の髪はふわりと揺れ、古びた本がパラパラとページをめくる。

「シリンは僕にとってカミサマみたいだよ。」
「大袈裟だな。俺はまだ、お前を本当に檻から出してはいない。」
「シリンは、僕にもっと大事なもの、教えてくれてるから。」
「それはどういう、」
「シリン。手、出して?」

羅繻に促されるように、死燐は羅繻へと手を差し出す。
今にも折れてしまいそうな、やせ細った細い手が、死燐の手をそっと握った。
檻を握っていたその手はひんやりと冷たい。
ほんの数秒、その手を握った後、羅繻はゆっくりと手を離す。
死燐の掌の中には、紫がかった赤い植物が乗せられていた。
一つ一つの小さな花があつまり、一つの玉のようになっている。

「これは…」
「ワレモコウ。」
「われ?」
「ワレモコウ、っていうの。植物の名前。」

僕の気持ち、そう言って、彼は優しく微笑んだ。
彼のこの能力が、神々のから継承されたものと知るのは、もう少し、先の話。

 


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