実験班組織編


第1章 慾意 羅繻



古びて、崩れ落ちた壁。
使い物にならなくなった機械達。
廃墟同然の建物の前で、たった3人の子供だけが、その場に佇んでいた。
止まない雨。
じんわりと湿っぽくなった服の感触が気持ち悪かったのを覚えている。

「これから、どうしよっか。」

淡い紫色の髪の少年が、ポツリと呟く。
彼の額に刻まれた華のような痣が、周囲を照らすようにほんのりと紫色の光を灯していた。


第3科 それはまるで…


「シリン。おはよう。」
「おはよう。」

あれから1週間。
羅繻は完全に死燐に懐いていた。
紫色の髪を揺らしながら、待ちわびていたかのようにニコニコと微笑んでいる。
死燐ははぁ、と小さく溜息をつくと、いつもと同じように鉄格子にもたれかかるようにして座った。
当初はろくに言葉も話せなかったが、ポツリポツリと会話が続くようになり、現在では煩いくらいにお喋りだ。
まさかここまでお喋りな奴だとは思わなかった、と死燐はもう一度溜息を吐く。

「シリン、溜息よくない、シアワセ逃げる。」
「幸せな人生送ってたら、こんなとこで生活してねぇっつーの。」
「シリン、シリン、今日は何を教えてくれるの?」
「わかった、わかったから、あんまりデカい声を出すな。聞こえる。」

羅繻に、此処から出してやろうか、そう問いかけて以来死燐は羅繻に勉強を教えていた。
この鉄格子の中から抜け出すのに一番手っ取り早い方法は、“利用価値がある”とみなされる事。
彼の素性が一切不明で、人間なのか、そうでないのか、よくわからない今、確実なのは知識を得る事だった。
羅繻は恐らく、ただの人間ではない。
けれども彼が何者なのか、わかっていないのも事実だった。
そこで、裏で羅繻に勉強を教え知識を身につけさせて、彼の素性を調べ上げ、利用価値があると証明出来れば、この檻からは抜け出せるだろう。
それに羅繻は死燐にとても懐いている。
最悪、「コイツは自分に懐いているので、自分の言う事ならなんでも聞く、優秀な兵器に成り得るだろう」と説得すれば、あっという間だろう。
しかし、リスクも高いし、なるべく使いたくはない手ではある。

「シリン、ココ、わかんない。」
「はいはい。何処?」
「えっとねぇ…」

元々教養が一切なかった為、文字の読み書きを教えるところから始めた。
やっと「あいうえお」を覚え、言葉をたどたどしくも話せるようになった。
自分並み、それ以上の知識を身につける頃には、彼と自分は一体いくつになっているだろうか。
最近になって、自分の作戦の無謀さに頭を抱えている。

(いや、それでも、全く読み書き出来なかったのだから1週間でこれは成長も早い方だ。)

そうに違いない、と納得させつつ、羅繻がわからないと告げた文字の読みを教えていた。

「ラシュ、これ終わったら、検査だからな。」
「えー、またー?ヤだなぁ…」
「文句言うな。流石に何もしないと、怪しまれるし、お前が何者なのかもわからない。」
「でもぉ…」
「他の奴らにやられるよりマシだと思って、我慢しろ。」
「わかったよぅ。」

羅繻は頬を膨らませたまま、本とにらめっこを続ける。
漢字は飛ばし飛ばしで、ひらがなのみを読みながらも、漢字の一部はなんと読むのか、試行錯誤させる。
最近になってわかった事がいくつかある。

まずひとつめ。
羅繻は光と空気と水、この3つが揃っていれば、食事がなくとも生き残れるらしい。
第3支部にいた頃は、鉄格子付きの窓があり、その頃の方がまだ元気だったという記録が残っていた。
このことから、光はなるべく日光が望ましいのだと読み取れる。
光が全くなかったり、逆に光があっても水がなかったりと、条件が一つでも欠ければそれは成立しない。
とはいっても、普通の食べ物も好んで食べたりはするようだ。

ふたつめ。
前髪が長くて気付かなかったが、前髪を分けてみると、薄らと痣が見えた。
紫色の痣だが、それは擦れていてよく見えない。
本人は記憶がない、と言っていたので、後天性のものらしいが、傷を受けて残ったものではなく、浮かび上がって来たもの、という見方が正しいだろう。

みっつめ。
これは、彼が第3支部にいた当時の監視カメラの映像を何度も見てわかった事だ。
鉄格子の窓から注がれる日光。
長時間それを浴びていると、彼の服の下が、薄らと、変色していく様子が見てとれた。

「あんな毎日毎日監視カメラ映像を残しているというのに、気付かなかったなんて第3支部の研究者は間抜けばかりなのか。」

そう毒づきながら、死燐は食堂の料理を頬張っていた。
目の前の同期も静かに和食を食べている。

「なんだかんだで、気に入ってるようだな。」
「え、いや、その、」
「まぁ、初めてまともにもらった担当だし、熱心になるのは無理ないか。」
「お前、最近相手されてないからって拗ねてないか?」
「そんな事ない。仲間はずれにされているみたいで不愉快なだけだ。」

それを拗ねているというのだが、これ以上言ったら彼の神経を逆なでしかねないので言葉を飲み込む。
しかし、と目の前のいつも通り、何故か女物の和服を着ている少年は味噌汁を啜りながら呟く。

「それはまるで、植物の光合成みたいだな。」
「え?」
「いや、こちらの話だ。あまり気にしないといいよ。」

少年はそう言うと、ぐいっと味噌汁を一気に飲み干した。

 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -