恋とか笑える


「夏油。その顔ウザいんだけど」
「…なに、いきなり。酷くないかい?」
「自覚無しかよ。にやけてんぞ」

ハッと口元に手を当てれば確かに緩やかに口角があがっていた。
悟に会う前で良かった。
あの男は大袈裟に揶揄い倒すに決まってる。

「なに、恋でもしたの」
「あぁ…そうらしい」
「…まじ?」

コイツ大丈夫か?みたいな目やめてくれよ。
それに一番驚いているのは私だ。
猿に恋とかどうかしてるよ。しかもホステス。この時点で碌な恋にはならないと分かっているのに、どうしようもないくらいに心が惹かれているのだから笑えない。

『素敵です』

外見なんて褒められ慣れている筈なのに名前に真っ直ぐ見つめられて言われた瞬間に胸が高鳴った。


会食帰りに以前祓除した会社の社長と出会してしまって、疲れ果てていた私は断る労力の方が無駄な気がして一軒だけ付き合う事にした。
今となってはその選択をした自分を褒め讃えたいくらいだ。

『夏油さんに名前ちゃん付けてよ!』
『…貴方がただ話したいだけじゃないわよね?』
『ハハ、私はママが一番だよ』

とんだ茶番だ。乾いた笑いを浮かべながらぼんやりと猿達の話を聞いていた。
名前という女性はハーフかクォーターで身長も高くスタイル抜群らしい。
人気なのに欲がないところが勿体ないと皆口を揃えて言っていた。
随分と他のキャストから慕われているんだな。ま、何にせよ期待するのはやめておこう。
私には猿の違いなんて、分からなーー。

『社長お久しぶりです』

高すぎず低すぎず、澄んだ声が脳に直接響いた気がした。
艶やかな金髪に同じ色の大きな輝く瞳。深紅のロングドレスがスタイルの良さをこれでもかと引き立てている。
ハグをされている時に見えた惜しげもなく晒された真っ白で華奢な背中に喉が鳴る。
隣の女が何か言っているが全く耳に入ってこなかった。

隣に座って挨拶をした彼女は私の顔を見て一瞬固まった。とっさに作った笑顔が胡散臭かっただろうか、とも思ったけどどうやら名前も私に見惚れてくれていたらしい。
気を取り直して、これでもかと自分をアピールしたつもりだけど、彼女には響いていない様だった。
先程の言葉もお世辞だったのかと肩を落としかけたけれど、何故かもう一度会える気がしたんだ。
まぁ、店に行けば会えるのだけど、そうじゃない。
どこかで巡り会える気がした。


「夏油が恋とか笑える」
「…私も初めてでどうしていいか分からないんだ」
「恋愛童貞かよ。ま、そんなお前初めて見るし、いいんじゃない?」
「相手…ホステスって言ったら笑うかい?」
「それ、は…クク、笑うな」

ゲラゲラと笑い出した硝子に溜め息を飲み込んだ。
そうだよね。分かってた。
良い客にされないようになと忠告をされて医務室を出た。
そう、客だ。一日に何人も話すうちの一人に過ぎない。やはり連絡先を……いや、それこそ客だろう。

また会えるという直感に期待して任務に向かった。


  
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