悪くないな


「悟。毎回こういう店を選ぶのはやめてくれよ」
「えー?傑はコーヒーがあればいいでしょ?僕はパンケーキが食べたいんだから僕が行きたい店を選ぶに決まってるじゃん」

こうもファンシーでメルヘンで白!ピンク!みたいな店が続くと目も頭も痛い。
それに女子しかいない店内に男二人は目立ち過ぎる。
私に気を遣って端の死角になる席にしてくれたのは有り難いけれども。
それでもだ。
次は絶対に私が店を決めてやる。
溜め息を飲み込んで席に着くと生クリームがこれでもかと盛られたパンケーキは残り半分程になっていた。
見てるだけでもお腹いっぱい通り越して胸焼けしそうになるよ。

「で?最近どうなの?」
「んー特に変わりはないね。まぁ上の連中が少し話を聞ける様になったくらいかな」
「へぇ?それは上々じゃん。ホント、無駄に長生きするの止めて欲しいよねー」

腐った連中程長生きするんだからうんざりするよ。
悟とはこうやって定期的に近況報告をする事にしている。ただの雑談で終わる事もあるけれど忙しい私達には対話が必要だ。
またすれ違ってしまわない様に。

悟はスプーン山盛りの生クリームを見せつけるようにゆっくりと口に入れた。

「そうそう…僕はさぁ、あっまーい傑くんの初恋の話も聞きたいんだけど?」

硝子……!
口がゆるゆるだな!
いや私達の間に隠し事は無しなんだけど、それとこれとは別だろう?

「…特に話す事もないよ」
「ま、大体硝子に聞いたけどねぇ。まさか傑が?恋?しかもホステスってんだから気になるに決まってるよね」
「はぁ…進展もなにも無い」
「へぇ?進展させたいって事は本気なんだ?」

軽薄な口元が綺麗な弧を描く。
目隠しで瞳は隠れているけれど見えなくても想像に容易い。
私が逆の立場だったらそうしていただろうからね。揶揄いたいし、格好の暇つぶしだ。

「連絡先も知らないんだから進展も何も無い」
「ホステスでしょ?会いに行けばいいじゃん。貢いで口説き落とせば?」
「…それは、嫌だ」

ふぅん?と面白そうに首を傾げる男に青筋が立つ。
それでいいなら、もうそうしてる。
別にお金を使いたくないとかそういう訳じゃない。名前を軽い女だと思っていると彼女に思われたくないんだ。
それに金で動かした感情なんていらない。
私は自分と同じ気持ちが彼女から欲しい。
その上で店に来てくれと言うのなら喜んで通う。

「ならどうやって手に入れるの?」
「何だろうね…また会える気がするんだよ」
「傑って意外とロマンチストだよねぇ」
「…何とでも言ってくれ。運命なんて信じてないけど、直感でそう思うんだ」
「へぇ?傑を惚れされる女なんて僕も会いたいなぁー」
「悟は絶対にダ…メだ……え?」

悟越しに揺れる金髪が見えた。
『お待たせ』とあの澄んだ声が聞こえる。
ドクドクと煩い心臓に指先から沸騰していくような熱に包まれた。
対角線上の端の席に座った彼女の華奢な背中を眺める。名前だ。

「悟、この店にしてくれてありがとう」
「は?…え…もしかして、アレ?」
「おい、アレとか言うな。彼女はその辺の猿とは違うんだ。一緒にしないでくれ」
「はいはい。てかあの子猿じゃないと思うけど。術式持ってるみたいだし?」
「……は?」
「まぁ、なんか訳あり?非術師に見えるように呪力も調節してるっぽいし。ふぅん?いいね!面白いじゃん」
「…悟。駄目だよ」
「分かってるって!」

振り向いて彼女の後ろ姿を観察している悟は何が分かったというのだろうか。
面白がって手を出す気満々だろ。
いや、今はそんな瑣末な事はいい。また会えるなんて、しかも此方側の人間だなんてこれは誰が見たって運命じゃないか?
信じてないとか言ってすまないね。

それに私が分からないくらいなのだから、呪力コントロールも相当上手いんだろう。
隙がないと感じたのはそれの所為なのか?
ふふんとニタニタする悟は置いといてひとまず名前に視線を戻す。
残念ながら会話は聞こえないけれど向かいに座っている女の肩には低級だか呪霊が数体乗っていた。
スッと手を伸ばした名前はそれを一瞬で消し去る。
あぁ、本当に呪術師なんだ。
でも何故、夜の仕事を?
呪術師が嫌なのか?というか私の事も同じだって分かってたの?

「傑どうすんの?」

そうだ。そんな事よりどうやって話しかけるかだった。
向かいの女は涙ぐみながら名前に何か話している様だし、それを邪魔してしまうのは良くないだろう。

「連れが離席してくれるといいんだけどね」
「僕が行って来ようか?」
「悟」
「はいはい。分かってるよ!」

ぶうぶうと唇を尖らせた悟を睨むと肩越しに大きな金色の瞳が此方を見ていた。
あ、え…気付かれた?
立ち上がった名前はゆっくりと歩み寄って来る。私がそう感じただけかも知れないけどやけに優雅でスローモーションに見えた。

「傑久しぶり。さっきの見たんだよね?何か言いたい事あるなら後で電話して。あの子にバレたくないの」

ふわりと微笑んだ後、サラサラと紙ナプキンの上に十一桁の数字を書き綴ると席に戻っていった。
相手は丁度、離席中だった様だ。
残された文字を呆然と眺める。
後で電話して、だって?

「傑くーん、顔真っ赤だよ?」
「…ちょっと黙っててくれないかな」
「はは、まじウケる」

クツクツ笑いながら携帯を向ける悟に顔を手で覆って対抗する。
余りにも見過ぎたからバレたのか?
あー綺麗、だったな。
薄いグレーのニットワンピースはラフだけど適度に曲線を拾っていて、この前のドレス姿とのギャップがまたいい。
しかも凄く良い香りがした。香水とはまた違うような柔らかい香り。
それに加えてあの笑顔だ。顔の熱は中々引いてくれなかった。


それから数分後名前は泣き止んだ連れと共にカフェから出て行った。

「あーまじで笑った。傑の赤面が見れるとはね」
「はぁ…不意打ちであの笑顔は狡いだろ」
「んーまぁ整ってはいたけど僕には劣るよ」

はいはいとあしらいながら電話番号を無くさないうちに登録した。新たに並ぶ名前の情報に心が浮き足立つ。
既に私と共にこの地獄を歩いてくれないかな、とすら思っている自分に若干引いているけど。女に対してこんなにも想いを寄せる事も、執着する事も何もかも初めてて戸惑いの方が遥かに大きいけれど、悪くないなとも思う。
また会いたいし、知りたい。と思えばそれだけで今日も頑張って生きようなんて思えてくる。

「そろそろ任務行きますかー」
「そうだね。今日はありがとう」
「ふふ、傑が感情的になれるなんてさ、僕も硝子も嬉しいんだよね。だから応援するよ」

何でも相談してよ!ま、恋愛童貞は同じだけどーとヒラヒラと手を振った悟は目隠しをしていても優しく目を細めているのが分かるほど柔らかい顔をしていた。
感情的、か。
私の心が激動したのは高専時代のあの頃が最後だ。
それと今のとは違う。
心地良くて擽ったくて少し苦しい。

何とも言えないこんな気持ちを抱いているって知ったら名前はどう思うかな。


  
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