娘は渡さない!


今日も相変わらずやってんなぁ。
硝子は煙草を咥えながらぼんやりと同期三人を眺めていた。教室なのでまだ火は着けていない。

「名前大丈夫かい?お財布持った?」
「終わったらちゃんとすぐに連絡しろよ」
「もー大丈夫だって!子供じゃないんだから」
「子供じゃなくても名前だから心配なんだ」
「あ"ー何で同じ任務じゃねぇの。やっぱ昇級取り消しにしねぇ?」
「傑も悟も心配しすぎ!なら行ってくるから!硝子後でねー!」
「おー、いってらっしゃーい」

ヒラヒラと手を振り返してパパ二人を見ると窓に駆け寄っていた。
どうやら車に乗り込むまで見送るらしい。
そんなんだからいつまで経ってもパパから抜け出せないんだよなぁと硝子は呆れていた。
まぁ、クズ二人もその気持ちが何なのか気付いていないのだから教えるつもりも無いけど。と煙草に火を付けるべく立ち上がった。

「今日一級案件だっけ?」
「そうだね。特級の推薦、悟の力でなんとかならないのかい?」
「出来るけど、アイツ怒るだろ?」
「おい、流石にそれはやめとけよ。ま、口聞いて貰えなくなってもいいなら止めないけど」

「「……」」

分かりやすく項垂れる二人に溜息を飲み込んで教室を後にした。
あの二人の過保護っぷりは今に始まった事じゃない。
一年生の終わり頃だったかな。
硝子は紫煙を吐きながら名前が初めて泣いた日を思い出した。


『え……?名前?泣いているのかい?』
『はあ?嘘だろ、オマエ泣けんの?』

いつもなら悟!五月蝿い!と噛みつき返す名前は硝子の腰に縋り付いて泣いている。膝の上の頭を撫でてやりながら、硝子も動揺していた。
名前が泣いているのを見るのは初めてだった。
気が強い上にどちらかと言えば悟のようにお気楽な性格で泣くなんて想像が出来なかった。
とりあえず床に座ったままではなと傑が引っ張り上げるとぐにゃぐにゃで立つこともままならない。
仕方ないので椅子に座って膝の上に乗せた。
ぐずぐずと傑の首にしがみついて相変わらず泣いている。

『名前?何があったんだい?』
『…』
『さっきからこの調子なんだよ。五条また虐めたんじゃないだろうな?』
『はあ?!俺は何もしてねぇよ!』

三人で顔を見合って頭を抱えた。

『名前、言わなきゃ分かんねぇだろ?』
『……今日…最悪だった…』

ポツリと呟いた名前はぽつぽつと話し始めた。
寝起きが悪かった。朝から水を溢した。忘れ物をしたなど細かい不幸がつらつらと語られてそろそろ三人もげっそりして来た時。

『ーー彼氏にフラれて、怪我した…』
『は?え…彼、氏?っじゃない、怪我は大丈夫なのかい?!』
『……ん…いたい』

傑の背中に回した手が濡れている事に気づいて硝子が制服を捲るとワイシャツの脇腹辺りが裂けて血が滲んでいた。

『名前馬鹿なの?何で早く言わないの!』
『だって、それより、悔しくて…』

名前に彼氏がいる事を知らなかった三人は振られた事も衝撃的過ぎて頭がついてこない。治療が終わる頃に泣き疲れたらしい名前は眠りに落ちた。

『…結局失恋が辛くて泣いてたって事?』
『そうらしいね。まさか、名前に彼氏がいたとは思わなかったよ』
『…私も知らなかった』

結構な傷だったのに痛みよりも悔しいと言いながら泣いた名前を思い出すと悟と傑はなぜが苛立ちを覚えた。
名前は悟に並んでも引けを取らないくらい整った容姿をしている。
性格だってさっぱりしていてモテるのは知ってはいたけど二人にとっては同期、苦楽を共にする仲間だった。
なのに自分たちの知らないところで知らないやつに傷付けられて泣いていたのが酷く気に入らない。

それからだ。
徐々に二人が名前の世話を焼き出したのは。今では傑パパと悟パパは高専名物になりつつある。特級二人が溺愛している娘がいると興味本位で近づこうものなら生きて帰れないなどと噂が立つくらいだ。

まぁ、硝子にとっては親友の悲しい泣き顔なんて二度と見たくはないから過保護にも程があると思っても口に出しはしない。
今日も無事に笑顔で帰ってくる事を祈りながら二本目の煙草に火をつけた。




「傑、お疲れ様!まだ起きてたんだ?」
「お疲れ様。名前が帰ってくるの待ってたんだ」
「もー心配性だなぁ。でもありがと。今日も無傷だよ」

ぎゅっと抱き寄せると苦しいと言いながらも笑う名前が愛おしい。
私はどうやら彼女の事が好きらしい。
悟が名前を想う気持ちと私のものは少し違うって最近気付いて自覚した。
あの涙を流す名前を見て恋に落ちたみたいだ。

ぐずぐずと泣く名前を膝の上に乗せた時に軽過ぎて驚いた。
首に回された腕も細くて、お腹なんか内臓入ってるの?ってくらい薄っぺらくて。
必死に肩を震わせて泣くのが誰の所為なのか、誰の為なのか気になって仕方なかった。
こんな弱々しい身体で私達と並んで最前線の地獄を生きている名前を泣かしたやつを殺してやりたいと思った。

仲間から妹のような存在になったんだと思っていたけどそれも違ったらしい。
私は誰よりも名前の側にいたい。一番内側に寄り添いたいと強く思う気持ちは悟とは違った。
私の事を男として意識して欲しいと思う反面、このまま抱きしめれる関係の方がいいとも思う。
きっと元彼の事はトラウマのように名前の心に残っているだろう。
後にも先にも涙を見たのはあの日だけだ。
私の思いを知って避けられるのは嫌だった。

「傑?疲れてるの?」
「あ、いや…名前はまだ…いや、何でもないよ」
「えー!なになに?そこまで言われたら気になるよ」

抱き着いたまま上目遣いで私を見上げる名前が憎い。かわいすぎる……

「あー…その、まだ忘れられないのかなって」
「え?何を?」
「………元彼の事」

あぁ、言って、しまった。
トンっと名前の肩に頭を乗せる。
また泣いてしまったらどうしようと思うと顔を見ていられなかった。

「すぐる?」
「ごめん、思い出させたよね…」
「あぁ、あの時は悔しかったなぁ」

恐る恐る顔を上げると名前は泣くどころか恥ずかしそうに笑っていた。
え?笑って……?

「ほんっとーについてない日で落ち込んでて、自分の気持ちのコントロールも出来ずに怪我したのが悔しくて、泣いちゃった」

柄じゃないよね、恥ずかしいと言って私の胸元に顔を埋めた。
え、ちょっと…元彼はどこに行ったのかな?
傷より、心の方が痛くて泣いてたんじゃないの?

「元彼と別れたのが辛くて泣いたんじゃないの?」
「え?あのクズと別れた事?」
「……クズ?」
「浮気されてたから別れたかったのに別れてくれなくてさ、なのに傑と一緒にいるとこ見たらしくて長々とお別れメール送って来たクズ」
「あ…うん。それは、クズだね?」
「そうなの!しかもメールに傑の悪口も書いてあって、知りもしない癖に!って苛々してたら刺されちゃった」

えっと?名前?それって私の為に苛ついてくれたって事で合ってる?
ていうか何でそんな男と付き合ってたの。
見る目無さ過ぎじゃないかい?

「なら名前はもう引きずってない?」
「うん!一ミリも!」
「……じゃあ私の事、そういう対象で見てくれないかい?」
「う、ん?どういう、」
「名前が好きなんだ。仲間としても勿論好きだけど、女性として好きなんだ」
「え、と?す、ぐるは仲間っていうか?パパっていうか?」
「うん。今はそれでいいけどこれからは男ととして意識して」

高専で噂が立つくらいだ。
あれだけ過保護にしていたのだからパパと言われても仕方ない。
それは変えられないし変えるつもりもないけど、これからはもっともっと甘やかす。
元彼がトラウマになってないのならもう遠慮する必要はなくなった。

「…少し、考えさせて欲しい」
「うん。いくらでも待つけど、避けるのだけはやめてくれないかな。名前に会えないと私死んでしまうからね」
「…ふふ、傑パパ大袈裟だよ」

分かってないね。
大袈裟でも何でもない。本気で言ってるのに。どうしたら伝わるのかな。

「ねぇ、次は私の為に泣いてくれないかい?」
「えー何するつもりなの?」
「泣くほど幸せにしてあげる」
「ふ、ふふっ…なら一緒に泣いてくれる?」

え……!
それって最早プロポーズだよね?!
一緒に幸せになろうって言ったんだよね?
あぁ、明日指輪買いに行こう。
それで泣きながら受け取ってよ。


「悟パパと硝子ママは知ってるの?」
「名前を好きだって事?勿論知らないよ。何でだい?」
「んー、いや…それよりもう遅いし、また明日ね!」

するりと腕をすり抜けて寮へ戻って行ってしまった。
不安そうな表情に首を傾げながらも私も自室へ向かった。



翌日。
悟と災害級の喧嘩をして名前の不安が何なのか判明した。


  
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