後の祭り



「すぐるー今日何件?」
「私は二件だよ。しかも近場」
「狡くねぇ?俺なん、て……」
「…悟?」
「ちょ、待って!今のところ巻き戻して!」
「は?生放送だろ。何言ってるんだ」
「っ名前!!今、絶対名前がいた!」
「……これどこ?渋谷…私行ってくるよ」
「俺も!!」

任務の時間までサボろうと悟の部屋で無駄にデカいテレビをぼんやりと眺めながら駄弁っていた。
たぶん、天気予報の中継だったと思う。
私は聞き流していて見ていなかったけど悟は人混みの中に名前を見つけたらしい。

苗字名前。
同期で私と同じ呪霊操術の使い手だった。
私よりも格段に優れていた彼女は丁度一年前にこの高専から消えた。
消えたと言ってもきちんと退学手続きを済ませていたらしいが、私達には何も、一言も言わずに突然いなくなった。

居なくなってから気付いた。
私は彼女の事が好きだったと。
唯一、私の気持ちを本当の意味で理解して支えてくれていたんだ。
なのに、勝手に救っておいて、勝手に消えた。
自分勝手で自由奔放な名前が、死ぬほど憎いのにまだ今でも好きなんだ。

「傑、掴まれ!トぶ!」

悟の腕を掴むと一瞬の浮遊感の後、細い路地裏に降り立った。

「残穢なんて、残している訳がないか…」
「……待て、一級呪霊がいる」
「もしかして……!」

顔を見合って気配を感じる方に走った。
名前は雑魚はいらないと言って等級の高いものしか取り込まなかった。
コレクターだと自分で宣言していたイカれた奴だ。
もし、今でもそうだとしたら!
路地を抜ける前に悟の腕をもう一度掴み目の前のビルの屋上にトんだ。

「……名前」

黒い球体がコンッとアスファルトに落ちて転がった。
あの頃より伸びた黒髪が風に靡く。
大きな金色の瞳を見開いて固まっていた。

「…探したよ」
「な、んで」
「はあ?!何でって、オマエが急にいなくなるからだろうが!!」
「名前何で勝手に辞めたんだ。…何で何も言ってくれなかった!!」

スッと名前の腕が持ち上がる前に一気に距離を詰めて額に触れた。
彼女は詠唱を必要としない。手を上げるだけで術式も領域も使えた。
くたっと弛緩した身体を抱き止める。
また何も言わずに逃げるつもりだった。
また私を置いて何処へ行くの。
華奢な身体も、低い体温も、柔らかい香りも何ひとつとして変わっていないのに名前が何を考えて行動したのか今でも何ひとつ分からない。

「さとる…私は間違っているだろうか」
「コイツ逃げるつもりだったろ。傑がしなくても俺がした…とりあえず、帰ろうぜ」
「そう、だね。起きたら一緒に怒られてくれるかい?」
「ハハッ!名前怒ったらこえーもんな。それより硝子が黙ってねぇだろうけどな?」
「ふふ、たしかにね、うん。帰ろう」

ごめんね。もしかしたら名前はもう自分の人生を生きているのかもしれないけど、ちゃんと話したかったんだ。




高専に戻ってから私の部屋のベッドに眠らせた。悟にも呪力を流して貰って夜まで目を覚さないようにして、呪符で何重にも封をした。

「……犯罪者かよ」
「仕方ねぇだろ。こうでもしないとコイツどっか行くじゃん」
「…何か言ってた?」
「なんで、としか。すぐに逃げようとしたから意識落としたんだ」
「そう…。まぁ、親友置いて消えるヤツにはお似合いだな」

最後に部屋にも結界を張ってそれぞれ任務に向かった。
本当は今すぐにでも話したい。けど名前はもう部外者だった。きちんと退学している彼女を攫って来たなんて知れたら大事になってしまうから割り振られた任務には行かなければならない。
帰ってもまだ眠っていてくれる事を祈りながら車に乗り込んだ。




「「「は?」」」

「あ、おかえりー」

急いで任務を終わらせて三人で部屋に向かうと私のベッドで漫画を読みながら普通に寛ぐ名前がいた。
え……?嘘だろう?あの量の呪符と結界を解いたのか?

「なに固まってんの?」
「オマエ、どうやって、」
「あぁ、アレ!暇だったからさ。知恵の輪的な?呪符じゃなくて全部悟か傑の結界だったらよかったのにね?」

余裕だったわとケラケラ笑った名前は相変わらずイカれているようで安心する。
溜め息を吐いたところでパァンッと乾いた音が部屋に響いた。
硝子だ。
硝子が名前に平手打ちをした音だった。

「え、…普通に痛いんだけど」
「他に言う事あるだろ!クズ!」
「…急にいなくなってゴメンナサイ?」
「っ最低!死ね!」
「ちょ、待って!ごめんって!」

再び腕を振り上げた硝子に抱き着いて許しを乞う名前を見ていたら何だか馬鹿らしくなって悟とクツクツ笑い合った。
なんだかこんな空気久しぶりだな。
私だけじゃくて硝子も悟も寂しかったんだ。

「名前。何で高専を辞めたか教えてくれるかい?」
「あー……うん。ウチの両親が呪詛師堕ちしたんだよね」
「あ?オマエ関係ねぇじゃん」
「関係ないんだけどさ、化け物飼ってる奴は信用出来ないって言われて」
「…それを言ったら私もだろう?」
「まぁ…そうなんだよ。だから、っていうか?とりあえず悪影響みたいな?」
「…夏油の為なの?」

私まで疑われない為?
また私を守ってくれたのか。
名前は何でそこまでしてくれるの。

「親とはとっくの昔に縁切ってたけど、最初は私も処刑するって言われてたからさ、まぁ生きてるだけで有難いし…?」
「何でさっきからハッキリ言わないんだい?」
「上から何て言われたんだよ。ちゃんと言えよ」
「…三人に二度と関わらないなら生かしてやるってさ………私は三人より生きる事を選んだクズだよ」

俯いた名前を抱き寄せた。
私はあれだけ救われておいて名前が悩んでるのなんて何も気付かずに、何も知らずにただ居なくなった事に勝手に傷付いて怒って……。
名前は私達を天秤に掛けた事にずっと自分を責めてこの一年間ひとりで過ごしていたんだ。

「名前、生きていてくれてありがとう」
「傑…私は皆に会う資格なんてなかった」
「死んだら何も出来ないだろ。名前は間違ってねぇよ。てか相談しろよな」
「こんな馬鹿が親友とかホント呆れる。何でいつもみたいに反抗しなかったの」
「あーもー!そんなん巻き込みたくなかったからに決まってんだろ!私の覚悟を無駄にするなよ!馬鹿はお前らだよ!!」

「え、……嘘。オマエ泣いてんの?」
「…ないてねぇわ!」

ぐすんと鼻を鳴らしながら私の胸元にぐりぐり頭を押し付けてくるこの可愛い生き物は何なんだろうか。
照れたのかな。本当は名前も寂しかったんだろう?探されてたって知って嬉しかった?
私達が諦める訳ないだろ。舐めるなよ。

「名前はどうしたいんだい?」
「……今更どうもこうもないわ」
「助けてって言えよ。俺が何とかしてやる」
「っ!そういうのが嫌だったんだよ!いつも、わたしだけ、なにも出来ない…」

段々小さくなる声に背中に回した腕に力を入れた。
馬鹿はやっぱり名前だよ。
自己犠牲にも程があるくらい人の為に行動出来る人なのに、何でその自覚が持てないんだ。

「…名前が戻って来ないなら私は上の連中、全員殺す」
「は?なんでそうなんの、そんな事したら、」
「呪詛師だね。それもいい。名前を泣かせる奴らなんか生きてる価値もない」
「なんで、そこまで…」
「私達も君にそう思ってるよ。何でここまでしてくれるんだろうってね。私が此処にいられるのは名前のお陰なんだ」
「そうだよ。何で気付かないの」
「俺らが呪詛師になるのと名前が高専に戻るのとどっちがいい?」

ずるいと呟いて握りしめていた拳を解いてゆっくり、そっと、私の背中に手を回した。
トクトクと鼓動が速くなる。
好きな子に抱き締められるってこんなにも温かい気持ちになるのか。
艶々の髪を撫でるとぐすぐす言いながら背中をギュッと握ってくれて、幸福感に脳がバグりそうだ。
短く息を吐いて顔を上げるとニヤリと意地悪い笑みを浮かべた悟と目があった。

「へぇー?傑くん、そういう事なんだ?」
「夏油私は認めないからな」
「すぐる、好き……」
「え……?」
「硝子も、悟も、好き」
「…ふはっ!やっぱオマエ最高だわ」

いや、まぁ、分かってはいたけど。
言い方……!
その無駄な間は何なんだ。
こんなにも簡単に私を弄ぶなんて酷い女だよ。私の心臓がこんなに音を立てているのに何とも思わないのかい?
説得出来なかったら既成事実作って私に縛り付けるのも悪くないとすら思っているこの気持ち少しも伝わらないの。

「名前好きだよ」

ちょっとした仕返しのつもりだった。
耳元で囁くと勢いよく顔上げた名前はぼっと、それこそ火が出る様に顔を真っ赤に染め上げた。涙でキラキラと黄金に輝く瞳を見開いて私を見つめている。
え…?なに、その顔。
っ、ちょっとだけ待ってくれないか。
そんな照れた様な顔、まるで……
私期待してしまうけどいいの?
ぎゅっと握られたままの背中が熱い。
……ねぇ。何でしがみついたままなの?
何か言おうと開きかけた唇を塞いだ。
あー何これ。柔らかい。甘い。気持ち良い。
今までのは何だったんだろう。きっと今のキスが私のファーストキスだ。
既にバグった脳に理性なんて文字はなかった。

「んっ、ちょ、傑!」
「…なに?今良いところだから黙って」
「ーーっ!硝子!が見てる!悟も!!」
「見てなかったらいいのかな?」
「あー何その結末。阿呆らし。私部屋戻るから終わったら来いよ」
「俺はこれから任務だからごゆっくりー」

パタンと閉まったドアを呆然と見つめる名前にクツクツと笑いが止まらない。
まぁ、どの道名前は戻ってくるしか無さそうだね?硝子も認めてくれたみたいだし、もう遠慮はいらないかな。
今まで散々私を振り回して、恋に落とした罰だよ。

「す、ぐる」
「なに?」
「私、友達としてって意味で言ったんだけど、な?」
「へえ?友達にキスされてそんな顔するんだ?」
「そんな顔って、」
「真っ赤に蕩けてもっとシてって強請る顔」
「は?!違うっ、そんな事思ってない!」
「うんうん。名前は素直じゃないから身体に聞いて見る事にするね?」

此処にいるって約束してくれるまで離してあげないから。
私の理性が持つ間に素直になるのをオススメするよ。
あ、もう理性なんて塵だったか。

「ちょっと、ホント待って、私初めてだから、心の準備とかさ?ほら、色々あるじゃん?!」
「そうだよね。良かった。初めてじゃなかったらどうしてやろうかって思っていたんだ。死ぬほど優しくシてあげるね」
「ひっ!…え、選ぶ!此処に戻ってくるから、ね?一旦落ち着こうか!」
「残念。ちょっと遅かったね?いいから黙って流されてよ。好きだよ、名前」

名前が結界を解いてこの部屋から逃げ出さなかった時点できっとこうなるって決まってたんだよ。

大人しく私の物になって、私に縛らせて。
もう私達を置いて行くなんて許さないよ。



  
back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -