満たされたい


私は流されやすい。
誰かに、何かに必要とされたい。
私の存在価値を自分で見出せないからそれを自分以外に埋めてほしかった。
それがどんなに虚しくて意味もない事だと分かっているけど自分に自信がないのだからどうしようもなかった。
承認欲求を満たしてくれるのなら誰でもよかった。

「名前。次はいつ会う?」
「んーまた誘ってよ」

会えて嬉しかったと言えばぎゅっと抱き締めてくれる。それだけで良かったのに。

夏油傑

彼に出会ってから私はどうも満たされない。
私の事が好きな男は大体弱音を吐き始める。それが仕事の事だったり彼女の事だったり色々だけどそんな弱いところをどうしようもない私に見せてくれる男が愛おしいなと思う。けど傑はそうじゃなかった。

どうしようもない屑の私の言葉を嬉しそうに聞いて、心が楽になっただとか可愛いねだとか私の事を必死に引き止めようとしてくれる事が堪らなく気持ちいい。
そうやって私は自尊心を保って生きてきた。

「名前の都合に合わせるよ」
「傑は特級様だし、忙しいじゃん。私が合わせるからまた連絡してよ」

じゃあ、またねとキスをして傑の部屋を後にした。
本当は何日はどう?なんて言って欲しいのに彼は次の約束をしない。
なのに大切に大事に抱くのに何故?
私は沢山いるであろう所謂セフレのひとりだって分かってはいるけど、その中でも上位でいたい。
もっと執着して欲しい。
私の事を満たして欲しい。
いっそのこと酷く抱いて、私じゃないと駄目だって教えて欲しい。

「あー……さむっ」

冬は嫌いだ。
部屋から出たら急に現実を突き付けてくる。
お前はひとりなんだって。
この寒い夜にひとりで帰ってひとりの部屋で凍える。熱いお風呂に浸かってもひとりの寒さは埋まらないから嫌いだ。
街の明かりで星すら見えない夜空を眺めながら歩いて帰る。
虚しくて、寂しい。
誰も私を愛してくれない。
必要としていない。

「…もしもし?ねぇ、今何してるの?」
『家にいるけど、来る?』
「タクシー代出してくれるー?」
『ふふ、いいよ。おいで』

今はまだ若いからいい。
けど年老いて誰も相手にしてくれなくなったら私はどうなってしまうんだろう?
ひとり寂しく死ぬんだろうか。
いや、呪霊に殺されて死ぬ方が先か。
沢山のドス黒い想いと死ぬのならひとりじゃないのかもなぁ。
誰かひとりくらい泣いてくれるならそれは幸せな最期だよね。

「泊まっていかないの、くらい言えよ」

白い息とともに私の心も溶けて消えた。




「じゃあ、またね」

忙しいのは名前の方だろと思いながらもキスを受け入れる。
彼女の心は私だけでは埋められないらしい。
名前を見ていると昔の自分を見ている気分になる。
私には悟と硝子がいた。とことん向き合ってくれて、助けてくれた。
私の歪んだ思考さえ認めて受け入れてくれた。
でも名前はそうじゃない。
ひとつ上の彼女の同期は早いうちに死んだらしい。
毎日地獄を生き抜いてもお疲れ様すら言えない名前はおかしくなってしまったんだろう。
本当は弱音を吐いて欲しい。もっと縋って泣いて、一緒に居たいって言って欲しい。
いつも笑って私を受け入れるくせに私の内側には触れようともしない名前が嫌いだ。
それでも抱いている間は何度も名前を呼んで痛いくらいに爪を立てる名前が愛おしくて堪らない。

何で助けてって言えないの。

猿が嫌いだとかそんな思考を持ち合わせていない名前がどんな言葉を必要としているのか分からない。

私は名前にとって何なんだろう。
ただ身体を満たすだけの存在なんだろうか?
どうしたら名前の心を満たせるの。
抱いた日はこうやって考え込んでしまうからそもそも会うのは良くないと分かっているのに、彼女の愛を知りたいと思う私は欲深いのだろうな。





「夏油って名前とどうなってんの?」
「……どうとは?」
「あ!それ僕も気になってた!名前この前僕のマンションから出て来たんだよね」
「…セフレでもいるんじゃないかな」
「やっぱり?相変わらず爛れてんねー」

知ってはいたけど実際に聞くと堪えるな。
悟の住んでいるところとなると金持ちのセフレでもいるんだろう。
猿が名前を抱いていると思ったら吐き気がする。

「まぁ、それはどうでもいい。名前最近怪我ばっかするんだよなー。危なっかしくて見てられない」

怪我?次の特級昇格は彼女だと一時期は言われていたくらい実力があるのに怪我だって?

「なんかさぁ、傑見てる気分になるんだよねぇ。名前の事好きなら何とかしてあげなよ」
「…それが出来たらとっくにしてる。私なんかじゃ彼女を救えない」
「はあ?傑じゃなかったら誰が救える訳?僕の親友で最強の片割れだよ?オマエ以上の男なんていないでしょ」
「キモい。そういうのは他所でやって。ま、でも、名前の事は嫌いじゃないし私が解剖する事にならないように頑張れよ」

いつまで経っても君達は私を救ってくれるんだな。
とりあえず話をするところから始めよう。
私にとっての悟と硝子みたいな存在に私もなれるだろうか?



「名前!お疲れ様」
「あ、傑お疲れ。高専で会うのは久々だね」
「…ねぇ、少し話せないかな?」
「?いいよ」

学生の時にこっそり呪霊を飲むのに使っていたベンチに並んで座った。

「へぇーこんなとこあったんだ」

麓を一望できる此処は高専の外れにあって昼でも人が来なくていい。
ふわりと風が名前の長い髪を攫う。
細い首元に見えた鬱血痕は私が付けたものではなかった。

「名前にとって私はなに?」
「んー…後輩?」
「そういうのじゃなくて」
「…あぁ、もう会わないって話?」
「違う。ちゃんと答えて」
「そうだなぁ…満たしてくれない人、かな」
「…私じゃ足りなかったの」
「私さ、ずっと満たされないんだ。偽物の気持ちなんていくら重ねても偽物なのにね。私なんか愛してくれる筈ないのにずっと寂しくて、虚しい」

ぼんやりと空を眺めながら聴き逃してしまうくらいの小さな声で呟いた。
愛してくれる筈ない?
私がどれだけ愛していると思ってるの。
君の事を気になると言った男を何人牽制してきたと思ってるの。

「私からの愛じゃ足りないのかい?」
「傑はセフレの事、みんな愛してるの?だから足りなかったんだ、私は、」
「ちょっと、待って……私好きだって言ったよね?私にセフレなんていないよ」
「…?身体が好きなんでしょ?それは良く言われる」

まさか、そんな勘違いをされているとは思ってもなかった。
何故そんなに自分を卑下するのだろうか。
綺麗で優しくて強い。それ以上何が必要なんだ。
大きな瞳がゆっくりと私を捉えた。

「誰かに愛されていないと私は形を保てない」
「…何故だい?何故そんなに自信がないの」
「……同期、殺しちゃったからかな」
「…殺した?」
「救援あって行ったら死にかけててね。お前の所為だってさ」
「え?」
「私がいたから頑張っちゃったんだって。辞めたくても辞めれなくて、私の存在が彼を追い詰めてた。私なんかの所為で死んだんだよ」
「それは……違う、と思う」

彼はありがとうって言いたかったんじゃないかな。きっと名前の事が好きだったんだろう。異性としてかは分からないけど、隣に並びたくて彼は頑張った、頑張れたのは君のおかげだって伝えたかったんだと思う。

「名前がいたから頑張れたって言いたかったんじゃないのかな」
「…頑張らせてたの気付かなかった。辞めたらって言うべきだった」
「……彼は最期笑ってた?」
「え?…うん、笑ってたね」
「やっぱり。きっとありがとうって言いたかった筈だよ。私も悟に並びたくて必死にもがいていた時があるから分かるんだ。同期がいてくれて頑張れた事を彼は誇りに思っていたと思う」
「……わたしのせいじゃないの?」

大きな瞳がゆらゆらと揺れていた。
それで君は私なんかって思うようになったんだね。
優しい名前は君のお陰、という言葉を勘違いしたらしい。
その出来事がいつかは分からないけど、ずっと自分を卑下してひとりで今まで頑張ってきて歪んでしまったんだ。

「名前は優しいから自分を責めてたんだね」
「優しく、なんかない」
「君の所為じゃない。同期の彼はやり切ったんだ。最期に名前に看取られて幸せだったと思うよ」
「……」
「私は名前の事を愛しているんだ。私だけじゃ満たしてあげれないと思っていたけど、もう遠慮しないから。私だけのものになってよ。私に支えさえてくれないか?」
「…私なんかを…愛してる?」
「自信持てるように満たされるまで嫌ってくらい愛をあげる」

愛される資格のない人などいない。
名前の気持ちはまだ分からないけど絶対私の事を好きにさせてみせる。
愛されて当然なんだって思わせてみせるよ。
だからもう自分を責めないで。

「傑って、何で泊まって行けって言わなかったの?」
「え?最初迷ってたから嫌なのかなって思ったんだけど」
「あぁ、それ多分試しただけ。一緒にいたいって引き止めて、必要とされてるって実感したかっただけ」
「へえ?なら私の家に住んでよ。毎日会いたいし一緒にいたいんだ」
「…傑は他の人とは違うなってくらいで、好きとかよく分からない」
「違うんだ。ふふ、嬉しい。何で違うと思う?」

「私が本気で好きだからだよ」

大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた後柔らかく笑った。
そんな顔、狡い。
クスクスと笑いながら、確かにそんな真っ直ぐに言われた事ないと言って私の手を取った。
小さな両手が私の手を包む。

「傑、私だけ見ていてくれる?」

桃色の唇が薬指に触れた。
ぞくぞくと身体の芯が震えるような感覚に目を見張った。
何て心地良い呪いだろう。
でもこんな呪いすぐに解いてあげる。
こんなものがなくったって私はずっと名前しか見ていないのだから。

まずは痕を上書きするところから。
それから私で満たしてあげる。
存在意義が見出せないのなら私の愛の所為にしてくれていいよ。勿論そんな結末にはしてあげないけどね。



  
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