傑の決意




「夏油さん、お疲れ様です」
「あぁ伊地知もお疲れ様。帰りは自宅、」
「あ、あの!家入さんが高専に寄るように、と…」
「硝子が?はぁ。…分かったよ」

今日は愛しの名前の任務が早く終わるとの事で手料理を楽しみに私も早く終わらせたのに。
メッセージアプリを開くも硝子からは何の連絡も無い。
会って話さなければならない重大な事でもあるんだろうか?

"高専に寄ってから帰るね"

名前に一応連絡をしたが既読が付かなかった。彼女の事だろうから手の込んだ料理を作っているか、ソファーで眠っているかの二択だろう。
何連勤してるのってくらい休みが無かったから後者の方が濃厚だけど。
その時は何を買って帰ろうかなぁ。
寝ちゃってた!と騒ぐ名前を想像して緩む口元を手で隠しながら窓の外を流れる景色を眺めた。



「おい、夏油。リアクション無しか?」

開いた口が塞がらないとはまさにこの事だ。

医務室に入ると何故か悟までいて二人ともニヤニヤと私を伺う様に見てきた。
何か悪巧みをしているなとげんなりしながら、何なのその顔。と問いかけようとした時、悟の足元からひょっこりと少女が顔を出した。
蜂蜜色の金髪に翠色の大きな瞳。
パチパチと長い金の睫毛を上下しながら私を見上げている。え、ちょっと。待って。
体感で五分はフリーズした。

「ねぇ。まさか、その子…」
「コイツにも自己紹介してやってくれる?」
「…名前」
「名前ちゃんは何歳だっけー?」
「…五歳」

嘘だろう。天使って実在したんだ。
普段も勿論美しいんだけど、五歳の名前可愛いすぎないか?世界征服出来るくらいにかわいい。
というか何で小さくなってるの?呪われたの?ご都合過ぎない??

「悟……一応聞くけど呪霊は?」
「残念ながら祓除済みだよーん!名前が祓った後に呪いが発動したっぽいよ」

クッソ!手持ちにしたかった!!
これは定期的に摂取すべき癒しだ。目が幸せで堪らない。今日の呪霊の味も吹っ飛んだ。
名前は不安そうに私を見上げてうるうると瞳を揺らしてした。
悟の足にしがみ付いたままなのが腹立たしいので屈んで目線を合わせる。
ビクッと肩を震わせて悟の足元に引っ込んでしまった名前は大きな瞳を片目だけをそっと覗かせて私の事を見ている。うん。かわいい。

「私は傑だよ。よろしくね」
「…すぐるは、怒らない?」
「……うん。こんなに可愛い名前に怒るわけないよ。ほら?おいで?」

悟と硝子を不安そうに見上げて恐る恐る、私の広げた腕の中におさまった。
微かに震える小さい身体をそっと抱きしめる。
名前が怖がらないように必死に抑えてはいるが怒りで頭がおかしくなりそうだった。
そうか、五歳なら名前が虐待されている年だ。相伝の術式を持って生まれて来なかった事で名前は虐げられて育ってきたと言っていた。後で術式が発現してからの掌返しは凄まじかったらしいけど。
こんなに小さくて、細くて、すぐに壊れてしまいそうな身体でそれまでずっと耐えて来たんだね。

「すぐる泣いてるの?痛いの?」

小さな手が私の頭を撫でる。
うん。痛いんだ。こんなに可愛い君が虐げられていたと思うと胸が締め付けられる。
クソ共がもうこの世にいない事がまだ救いだよ。

「ここまで慣れるの大変だったんだからね?近づくだけて震えちゃって、」
「悟は何で私より先に名前を堪能しているんだい?何故連絡しなかったのかな?」
「そりゃやるでしょ!サプライズ!!」

キラッキラのドヤ顔やめろ。
まぁ私の事を考えてしてくれた事なのだろうから名前に免じて許してあげるよ。怒ると名前が怖がってしまうからね。

「すぐる良い匂いする…」

私の首元に顔を埋めてすんすんと鼻を鳴らしていた。
ん"んんっ!!かわいいい!
それ大人の君もよくするって知ってる?
こんな小さい時から私の体臭が好きだなんてもう最早運命だよね。はぁ。結婚しよ。
好き。かわいい。すき。

「…夏油声に出てんぞ。まじでキモいからやめて」
「仕方ないだろう?こんなに可愛い名前が悪いんだ」
「ウケる。傑ロリコンじゃん」
「…悟は可愛いと思わないのか?その六眼は飾りなのかい?本気で可愛いと思えないのなら悟と親友でいる自信がなくなるね。君の美的センスを疑うし、いや、寧ろ人間かどうかも疑わしい、」
「ちょっと!!可愛くないなんて言ってないでしょ?!変なスイッチ入れないでよ、普通に引くわ!」

私たちのやり取りをみて名前はふふっと控えめに笑った。
三人で目元を抑える。
笑った。名前が笑った。某名作アニメのテンションで叫びたい。
年相応ではない控えめな笑い声だけど、それでも笑ってくれた事が嬉しい。幼少期は碌な思い出がないって言っていたんだ。
ここで笑えても意味はないのだろうけど戻るまでたくさん笑って楽しい気持ちを感じて欲しい。

「名前はいつ戻るんだい?」
「五条が解呪してるからそのうち戻るとは思うけどなー」
「見る限り直ぐにでも戻っていいはずなんだけどね。あ、傑に会えるの待ってたんじゃない?」
「悟……君は唯一の親友だよ…」
「ここで言われるのは何か嫌だわ」

ケタケタと笑うとつられて名前も笑う。
はぁ。食べてしまいたい。

「ん?可愛すぎて忘れてたけど、これ悟のシャツだよね?」
「え…まさかそれに嫉妬するとか言わないよね?ちょ、顔!凶悪!」
「五条。夏油はそういう奴だろ。諦めろ」
「…これ、さとるに返す?」
「いや…良く似合ってるから返さなくていいよ」

私の袖を引っ張って上目遣いの名前に似合わないものなんて無いよ。悟の物でもこの際許してあげるよ。可愛いって言葉は君の為に作られたと言っても過言ではない。

その後もひとしきり揶揄い合って笑って、とりあえず自宅に連れて帰る事にした。
伊地知に礼を伝えて名前を抱き上げて車を降りた。
えーなに?軽すぎるんだけど。五歳ってこんなに軽いのか?

「名前の好きな食べ物教えてくれるかな?」
「…わかんない」
「昨日は何を食べたの?」
「おにぎり…」

え?名前は米は好きだけどおにぎりにすると嫌がるよね?
嫌いじゃなかったのかい?この頃は好きだったのか?

「他には?」
「食べてない。使用人がこっそり持ってきてくれるの。でもお母様に見つかったから消えちゃったの。」

あぁ。そういう事か。おにぎりにいい思い出がないから嫌いになったんだね。
聞けば聞く程クズだ。今生きてたら確実に殺している。もし相伝のものが発現しなかったら名前は殺されていたのでは…と想像しかけてやめた。
今は名前に笑ってもらうのが最優先だ。

家に入ってソファーに座らせてテレビを付けると興味津々といった風な名前に口元を緩ませながら冷蔵庫を開けるもここ最近の連勤の所為で庫内はガランとしていた。
んー、どうしようか…あ!名前がお取り寄せしていたお気に入りのグラタンが冷凍されている筈だ。小さくなったとは言え自分が食べるのだから怒られないだろう。

キラキラと翠色の瞳をこれでもかと輝かせている名前にスプーンの上でふぅーっと冷ましたグラタンを差し出す。

「!!」
「美味しい?」
「うん!!」

はぁぁ。かんわいい。名前との間に出来るであろう未来の想像で胸がいっぱいになる。彼女は子供はいいかなって言っていたけど私は君の親とは違うよって今なら自信を持って言えるよ。

「すぐる楽しいの?」
「そうだね。名前と一緒だから楽しいよ」

ふにゃりと微笑んだ名前に緩んだ口元がさらにゆるゆるになる。

「はぁ。かわいい。すき」
「…わたしのこと?」
「うん。私は名前の事が大好きだよ」
「わたしも、すぐるのこ、と…」

膝の上に乗せていた名前が急にぐらりと揺れて光に包まれた。
幾分か重くなった身体をぎゅうぎゅうと抱きしめる。

「名前おかえり」
「傑…ありがとう」
「…覚えてるの?」
「んー、何か客観的に側で見てた感じかな」
「そうか…」
「昔の自分が笑ってるのは変な感じだったけどね」

眉を下げて微笑んだ名前の額にキスをした。話しは聞いていたけど実際に見るのでは全然違った。出会った頃、壁ばかり作って信じれるのは自分だけだと言い放った名前を今ならちゃんと理解できる。

「私は自分よりもなによりも名前が大切だよ」
「…傑はもっと自分も大切にして」
「ふふっ、なら名前が大切にしてくれるかい?」
「うん。傑大好きだよ」
「私も大好きだよ。それにしても小さい名前も愛らしかったな」
「あーそれ!ちょっと嫉妬しちゃうくらい三人ともデレデレだったじゃん」

ふんっと口を尖らせる名前がなによりも愛おしいよ。
まぁ心の癒しになったのは否定しないけどね。名前の子供の頃を知れたのは素直に嬉しかった。

「戻ったのまだ内緒にしててくれる?」
「ん?いいけど何で?」
「久しぶりに傑と一緒にゆっくりしたい」

悪戯っぽく笑った名前には敵わないな。
名前は悟のシャツを着たままのお陰で素肌に彼シャツ状態で私も色々と我慢の限界だった。

「今日は一緒に夜更かししてくれるかい?」
「ん、喜んで」

美しい翠色の瞳を艶やかに細めた名前の唇が私に触れる。
好きが溢れて胸がいっぱいだよ。
そろそろ同じ苗字になってくれないかなと未来を想像しながら名前の唇を受け入れた。




  
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