偶然の必然 A


「ねぇ今日は程々にしときなよ?」
「分かってるって。まだ三日しか経ってないし私も反省してるよ」
「どうだかー。で?イケメンとはどうなの?」

友人と二人でお気に入りのイタリアンバルに来ていた。
どうって言われても。
あの日の夜。メッセージアプリに知らない男から連絡があった。

"昨日はありがとう。仕事大丈夫だったかな?"

文面的にあのイケメンだろう。夏油傑というらしい彼は頻繁に連絡をくれた。
連絡先を交換している事もだけど何故か私を気に入ってくれている事に驚いた。
そんなに身体の相性が良かったのか?

「どうって言われてもねぇ。何か連絡はまめにくれるけど」
「どこまで覚えてんの?」
「お会計の前くらい」
「えーならそのイケメンの事全然覚えてないやつじゃん」

そうなんですよね。流石に誰ですか?とは言えなくて困っていた。痛い目見るよと言われた通りになってしまったのだ。

「明日会ったらちゃんと謝りなよ」
「勿論それはちゃんとするけど。私の何が気に入ったんだか」
「顔」
「…顔以外クズみたいに言うのやめて」
「事実じゃん」

流石、私の親友だよ。言い返す言葉も御座いません。
夏油傑に次はいつ会えるかな?と言われいくつか候補日を送った。それが明日だ。
ちゃんと覚えていない事を伝えて謝りたい。

「てかもう一回会うって事はさ、イケメンの事気になってんだ?」
「んー何か会って謝りたいって思ったんだよね」
「珍しいじゃん。遂に名前も本当の恋を知る時が来たかぁ。お母さん泣いちゃいそう」
「お前に育てられた覚えはないね」

普段なら速攻でブロックして終わり。大体一夜限りの関係なんて続けても碌な事がないのだ。
記憶を飛ばした醜態も聞きたくないし、説明するのも面倒。一回ヤったからといって情が湧くわけでもないし、ビッチと言われようがクズの自覚はあるので問題は無い。
でも何故か夏油傑にはもう一度会いたいと思ってしまった。
これが恋というもの何だろうか?

社会人になってから彼氏はいない。
駆け引きに応じて付き合って別れてが面倒だった。学生時代はそれなりにお付き合いもして来たけど相手に一喜一憂したり、失恋して泣いている友人の気持ちが全くと言い切れる程に理解出来なかった。
そんな私をクズと言いながらも親友でいてくれる彼女には感謝しかない。

「次はいつにする?」
「暫く予約詰まってて忙しいんだよね」
「えーイケメンとどうなるか早く聞きたいのに」
「楽しんでるでしょ」
「バレた?でも名前が初恋なんて最高に面白いわ」

確かに面白いよね。
私も正直に言うと明日会うの楽しみでちょっとソワソワしちゃってるし。この気持ちが何なのか知りたい。ただの好奇心なのかそれとも。
フッと携帯の画面が明るくなってメッセージの通知を知らせた。

「あ」
「えっ!イケメン?タイミング良すぎて笑う」

"ごめん。明日仕事が入ってしまったんだ"

「だって。次会うの先で良さそうだね」

親友に画面を向けると計算してくださいと店員に声をかけた。まだ早い時間な気もするけど、まぁ今日は軽く飲もう的なノリだったし私も大人しく帰るかな。携帯をしまい財布をバッグから取り出そうとすると笑顔の友人に止められた。

「早く返事してあげなよ」
「え?」

"それで、急で申し訳ないんだけど今何してる?出来れば会いたい"

会いたい?何これ。胸がきゅっとなる。

「へぇ!名前もそんな顔出来るんじゃん」
「…どんな顔よ」
「好きで仕方ないですって顔。じゃ私帰るから、また近々時間作ってよね」

代金の半分をテーブルに残して親友は颯爽と店を出て行った。
え、ちょっと、待って。
今日の服装おかしくないかな?メイクも直したいし、なんなら髪も巻き直したい。
ドクドクと五月蝿い心臓が、これが好きになるという事だと告げている様だった。
とりあえずお水を一気に飲む。
記憶ありませんって言ったら彼はどう思うのだろうか。




私も会いたい、という可愛い過ぎる返信と共に位置情報が送られて来た。

「伊地知ここに向かってくれるかな」
「は、はい。十分くらいで着けるかと思います」
「ありがとね」

この辺りで飲むことが多いと言っていたから連絡してみて正解だった。
明日から長めの出張が入ってしまったからその前にどうしても会いたかった。
この仕事の話しもいつかしなければならないな。名前なら笑って受け入れてくれそうだけどね。


「名前!お待たせ!本当急ですまないね」
「あ、えと、大丈夫…です」
「何で敬語?」

イタリアンバルに入ると一際目立つ名前を直ぐに見つけた。私が話し掛けるとがっかりした様な顔をみせる猿共に見せつけるように頬にキスをした。
ほんのりと顔を赤くして照れている仕草が可愛い。

「友達といたんだろう?ごめんね」
「ううん。私も会いたかったし…その、話したい事があって…」

とりあえず席に着いてお酒を注文する。何故か名前は烏龍茶を頼んでいた。明日朝早いのだろうか?
それに言いづらそうに私の顔を伺っている。
話しってやっぱり付き合えないとかじゃないよな。付き合いたてにドタキャンしたのがいけなかったのか?名前の表情が私の不安を掻き立てる。

「あ、の…本当にごめんなさい!!」
「えーっと、何に対してかな?」

え、これは本当にマズイやつでは?

「私、あの夜の事何にも覚えてなくて」
「…え?は?」

名前は死ぬほど申し訳ない表情で記憶をよく飛ばすことを説明してくれた。
あんなに普通にしていたのに記憶無い人いるのかと一周回って感心してしまう。
だから敬語だったし、メッセージも畏まった感じだったのか。まぁかなり、かなりショックではあるけどやっぱり付き合えない。と言われるよりかはマシだろう。

「でも夏油さんには、」
「傑でいいよ」
「…傑にはもう一度会って謝りたくて。それであの、多分なんだけど好きなの」
「…え?なんて?」
「私、恋とかした事ないからはっきり分からないけど傑に惹かれてるの。だから身体目当てならもう会いたくない」
「ふ…ハハッ!本当に名前は愛おしいよ」
「え?なんで笑うの?」

名前も私と一緒だったんだね。
やっぱりこれは運命らしい。

「私はね、名前を一目見た時にこの人と結婚するかもって思ったんだよ」
「え?けっこん…」

あの日あった事を全て話した。
顔を真っ赤にしながら聞く名前が可愛いくて笑わないでと何度か注意されたけどそれすら可愛いんだから困るよね。
その後に私も恋をした事がないを伝えた。

「今日は記憶に残るのかな?」
「そんなに飲んでないから大丈夫」
「名前の事が好きなんだ。私と付き合ってくれるかい?」
「…怒ってないの?」
「私が何に怒るんだい?」
「記憶無いのもだけどそれで男の家に着いて行くようなクズだって事」
「あぁ。私も似たようなものだし過去は仕方ないよ。でもこれからは怒るよ?出来るだけ飲む日は迎えに行きたいし、もし万が一そういう事があったら相手の男殺すかも」
「…私も傑が他の女を抱くって考えたら相手殺すかも。これが嫉妬って事?恋って凄いね」

ふんわり柔らかく微笑みながら殺すと言ってのけた名前もどうやらイカれているらしい。
殺すなんて嫉妬どころの可愛いものではないけれど私にそう思ってくれているのが堪らなく心地良い。

「それで?返事を聞かせてくれるかい?」
「…不束者ですがよろしくお願いします」
「ふふっ、ありがとう。幸せにすると誓うよ」
「あー何か泣きそう。幸せで怖い」

奇遇だね。私もだよ。
あの日の夜をもう一度やり直せるなんて最高に贅沢じゃないか。幸せに身体中が包まれる。

「ねぇ、セックスはどうだったの?」
「ん"っ!…はぁ。本当に何も覚えてないんだね」
「ごめんね。そのバーですら覚えてないよ」
「名前も好きな人とセックスした事なかったんだよね?」
「うん。ないね」
「もう、本当に気持ちいいどころじゃないよ」
「えー何それすっごい気になる。…傑、教えてくれる?」

酔ってても酔ってなくても名前が誘い上手なのは変わらないらしい。
強烈な色気を纏いながら上目遣いで見つめられて断れる男はいないだろう。
もうぐちゃぐちゃに蕩けさせたい。

「私以外に抱かれたくなくなるけど大丈夫かい?」
「ふふっ、凄い自信だね」
「実際そうなるよ。名前以外に勃つ気がしないからね」
「ふぅん。恋って凄いんだねぇ」
「私も驚いているよ」

なら帰ろうかと手を差し出すと絡みつく細い指に口元が緩む。それだけで心がきゅんと音を立てるのはきっと名前も同じだろう?
愛おしそうに繋いだ手を見つめる名前の額に唇を寄せる。

「傑、好き」
「あーもう我慢できなくなるからやめて」
「ふふっ、かわいい」
「…直ぐにそんな余裕無くしてあげるよ」



二度と忘れないように身体にも心にも私を刻んで。私だけを見て。
明日は隣で朝を迎えよう。





  
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