反撃の狼煙を君に


私は今世界で一番浮かれていると断言出来るほどに浮かれている。

「名前お疲れ様!」
「傑くん、お疲れ様」
「昇級おめでとう」
「…ありがとうございます。情報早いね」
「名前の事は何でも知りたいからね」
「傑くんは相変わらずだね」

名前も相変わらず素っ気ないね。
七海名前は私の片思い中の相手だ。
もう今日も本当にかわいい。
さすが七海の妹と言うだけあってスラッと高い身長に長い手足。小さすぎる顔には気怠げに細められた翠色の瞳に薄い唇が黄金比で並べられている。七海より少し長い金髪を耳に掛ける仕草が色っぽい。
七海に双子の妹です。と紹介された時はまぁ七海に似て仏頂面だけどクォーターらしい美人だなくらいにしか思っていなくて、まさか自分が片思いするとは夢にもみなかった。

「ねぇ、何かお祝いさせてくれないかい?」
「今おめでとうって言って貰った」
「一緒に出掛けない?」
「…話し聞いてる?」
「聞いてたら名前はどうせ断るだろう?だから聞かない。いつが空いているかな?」
「ふふっ、傑くんは相変わらずだ」

目を柔らかく細めて控えめに微笑んだ。
そうこの顔に私は呆気なく恋に落ちた。
ふとした時に見せる普段からは想像も付かない優しい笑顔にきゅんとしてしまった。
そんなギャップ狡いだろ。

私はどちらかと云うとボリューミーな体付きな女性の方がセックスが良さそうで好きだったけどそれはどうやらただの性欲だけでタイプでは無かったと当たり前の事に今更だけど名前は気付かせてくれた。ニコニコと愛想を振り撒いてやれば付いてくるような一夜限りの頭の弱い女と名前は違う。
私がどんなに構い倒しても彼女が私に向ける感情は初対面の時から然程変わらない。
まぁそういうところも好きだけどね。
でも今回はお祝いという口実があるのだから何としてでもデートの約束を取り付けたい。

「次の日曜はどうかな?」
「んー…昼過ぎならいいよ」
「え?」
「朝は寝てたいんだけど朝からがいい?」
「え、いや!お昼からで大丈夫だよ。ありがとう」
「そう?なら建人待たせてるから行くね」

まさかそんなあっさり了承してくれるなんて思ってもみなかった。
颯爽と校舎に消えて言った華奢な背中を眺める。気まぐれだろうか?いや、この際何でもいい。嬉しすぎて死にそう。
自然と緩む口元に心が弾む。

「傑?何してんの?てか、何その顔」

私を見るなり盛大にうげーと顔を顰める悟。
失礼な奴だな。

「今噛み締めてるんだ。邪魔しないでくれるかい?」
「は?何?名前に告白でもした訳?!」
「違うよ」
「つまんねぇーの。なら何でにやけてんの?」
「デートしてくれるって」
「え?それだけでその顔なの?きっも!」
「五月蝿いな。あの名前が誘いに乗ってくれる事なんか無いんだから仕方ないだろう」

肩を組んで来てゲラゲラ笑う悟に溜め息を吐く。自分でも気色悪いなとは思うよ。
でも本当に嬉しいから仕方ないだろう?
今世界で一番浮かれているのは間違い無く私だ。




「傑くん、もう来てたんだ?お待たせ」

約束のきっかり五分前に名前は現れた。
白Tシャツにデニムのシンプルな服装だけどスタイルと顔の良さがより引き立っていてモデルみたいだ。

「傑くんの私服初めて見た」
「私も名前の私服見るの初めてだよ」
「建人がスカート履くなって五月蝿かったからラフでごめん」

え?名前?デートって自覚してくれているのかい?ちょっと…スタートからこんなに幸せで私大丈夫?今日死ぬのかな。
七海。君の妹は何着ても可愛いよ。無駄な努力だったね。

「傑くん?」
「あぁ、名前はご飯食べたかい?」
「ううん。まだ」
「名前が好きそうなパン屋さんがやってるカフェがあるんだけど、」
「行く」
「ふふっ、なら行こうか?」

食い気味に答えた名前に少し笑いながら手を差し出すとなんの躊躇もなく指が絡められた。本当に狡いよね。
七海が幼い頃からしてきたのか灰原や硝子、腹立たしいが悟ともこうして手を繋いで歩く。七海も最初は注意していたがここ最近では諦めたようで溜め息を吐くだけだ。お願いだから悟だけは諦めないでくれ。
熱った私の指と名前の冷たい指が合わさって体温が混ざり合っていく感覚が心地よい。


「ん…美味しい…」
「ふふっ、良かった」

カフェに着いて名前が目線を送っていたものを適当に頼んで窓際のカウンターに二人で並んで座った。
フルーツサンドを頬張る名前が可愛い。
もう目が幸せでお腹いっぱいになりそうだ。
クリーム付いてるよと自分の口元を指差して教えてあげると、ん。と差し出された頬に心の中で天を仰ぐ。
はぁぁぁ。かわいい。
私ばっかり翻弄されて本当に狡い。
いや…これはチャンスだろう。
指でクリームを拭って自分の口に運んだ。

「うん、美味しいね」

艶っぽく口角をあげて名前に微笑んで見せる。

「傑くんも好きなんだ?あーん」

…ここは頬を染めて照れるところだろう?何その反撃?確実にクリティカルヒットだよ。
ちょんと靴先で私の脛を突いて急かすところも百点満点。どうやら私は殺されるらしい。
されるがまま口に入れたイチゴと生クリームがやけに甘ったるく感じた。
傑くんのも食べたいと口を開けて待っている名前にもう可愛いが止まらない。
一緒に食事しているだけで幸せだと思える人に出会えるなんて、一年前の私に教えてあげたい。


「傑くんご馳走様でした」
「私のほうがご馳走様だよ」

あれから食べさせ合いを続けてもうお腹どころか胸がいっぱいで苦しい。
ブラックコーヒーですら甘く感じるのだから笑えないよ。はぁ。本当に好き。
カフェを出て次はどうするか二人で話していた時後ろから腕を引かれた。

「傑!!!ねぇ何で連絡返してくれないの?会いたかったのにぃ」
「…は?誰?」
「なに?照れてるの?可愛い!ねぇこの後暇なんだけど、ってその女何?」

最悪だ。腕に押し付けられた肉に、きつい香水に吐き気がする。名前も知らないこの女は見た目からしてきっと一回抱いた事があるのだろうが名前に恋をしてからは連絡先など全て消していた。まさかこのタイミングで会うなんて最悪だ。連絡無いって事は拒否されているって気付よ。猿が。

「傑はこんな貧相お子ちゃまタイプじゃないでしょぉ?他に遊んでた子も、」
「おばさん」
「…はあ?」
「傑くんは私とデートしてるんだけど。空気も読めない馬鹿なの?」

前髪をかき上げながら気怠げに女を睨む名前に息を呑む。こんな艶っぽい顔見た事ない。女も暫く怒りを忘れて見惚れているようだった。

「私の機嫌がいい内に消えろ」
「…っあんたみたいなクソガキ傑に抱かれた事もないでしょ!消えるのはあんたの方!」
「はぁ。抱かれてないってどこを見たらそう思うんだよ。こんなに顔真っ赤にしてる可愛い傑くん、おばさんは見たことあんの?」

繋いだままの手を持ち上げて私の手の甲に唇を落とす。スローモーションのようにも感じるその行為を目に焼き付けていたら、名前が妖艶に目を細めて私を見上げていた。ブワッと顔に熱が集まる。
気付けば辺りが騒がしくなっていて女が逃げるように走り去って行った。

「名前…すまない。昔一度くらい遊んだ事があるとは思うんだけど今は、」
「傑くん」
「は、はい」
「遊ぶ相手は選びなよ」
「ごもっともです…」
「私、クレープが食べたい」
「…え?」
「面倒くさそうな女切ってあげたんだから傑くんの奢りだよ」

行こうと私の手を引っ張る名前に顔の熱が中々引いてくれない。
男前過ぎないか。あんなあしらい方が出来るなんて聞いてないよ。
ん?というか私が遊んでたいた事を知ってたのか?あー……硝子か悟か。
傑くんは相変わらずだねって相変わらず遊び慣れてるねって意味だったんだ。辛い。
はぁ。昔の私にもう一つ、今遊んでいる事、後悔するよと教えてあげたい。
名前はきっと遊び相手のひとりだとでも思っているに違いない。

「名前」
「なに?傑くんクレープの気分じゃないなら別のでもいいけど?」
「それじゃなくて…昔は確かに遊び回ってたけど今は違う。名前に出会ってからはそういう事はしてないんだ」
「ふふっ、傑くんは相変わらずだね」

クツクツと笑った名前はまた私の手を引いて歩き出した。
あぁ、信じてもらうのには時間が掛かりそうだ。
でも機嫌は悪くなさそうでよかった。
今日は良く笑ってくれている気がする。
手を引かれながら揺れる金髪を眺めると視線に気付いた名前は首を傾げながら隣に並ぶ。

「傑くんって黒髪のロングヘアーで胸とお尻がデカい女がタイプなんだ?」
「ん"んっ!いや、それは、違うんだ」
「ふぅん?ま、抱き心地は良さそう」
「あー…うん。正直に云うとそれだけだよ。名前も覚えてないくらいの女がタイプな訳がないよ」

君がタイプだよって言ってしまいたい。
また笑われるんだろうか。
今はそれでもいいけれど、どうしようもないくらいに名前が好きなんだ。

クレープを食べながら他愛のない会話を楽しんで高専に帰った。
名前は硝子に用があるらしく寮に戻っていった。
まぁあの女は余計だったけど知らない名前が見えたしデートだと認識してくれていた事が嬉しかったから良しとしよう。

「夏油さん」
「七海?あぁ、鍛錬してたのかい?」
「…妹の事本気ですか」
「ハハッ、そうだね。本気だよ」

七海は結構なシスコンだし遊び回ってた先輩が妹の事好きなんて穏やかではいられないよね。でも安心して欲しい。遊びでは無いしちゃんと好きなんだ。
眉間に皺を寄せた七海は顎に手を当てて考え混んでいる様だった。

「…なら尚更だ」
「ん?」
「妹はやめておいた方がいい。夏油さんにも手に負えないでしょう。あれは悪魔です」

悪魔?あぁ小悪魔って事かな?
確かに私は名前の天然に振り回されているけどそれも可愛いくて堪らない。

「人誑しって事かい?それも、」
「すぐに手を繋ぐ行動は私に非があります。しかしそれ以外は計算です。」
「…は?」
「一応忠告はしました。では」
「え、ちょっと、待ってくれ」

計算ってどういう事?食べさせてくれた事?え?もしかして頬にクリーム付けてた事?
嘘だろう?あれが全部態とだとでも言いたいのか。

「…もうひとつだけ。アレが言う相変わらずという言葉は、相変わらず私の事好きですねという意味です」
「…は?」

去って行く七海の背中を呆然と眺める。
談話室のソファーに倒れ込むように座った。
は?相変わらず軽い人ですね。じゃなくて?
傑くんは相変わらず私の事好きですねって事?私の気持ちを知っていた?
…ならあの女を睨んでいた名前が本当の名前なのか。あの艶やかで色気を纏った名前が本物なのか。
私はどうやらまんまと騙されていたらしい。

「夏油?なにその顔。てっきり浮かれまくってると思ってたけど?」
「硝子…」
「なに?」
「…名前は天然だよね?」
「…は?く、ククッ!…それでその顔?ふっ、ちょ、まじウケる」
「硝子ちゃん?何笑ってんの?」
「あー名前、ククッ、夏油にバレてんぞー」
「え?そうなの?あー建人?」

本当なのか。優しく笑うギャップが可愛いと思った私の気持ち返してくれよ。

「傑くんがっかりした?」
「あーまぁ…どこまで本当なんだい?」
「したいと思ってしてるんだから全部本当だけど?あのおばさんみたいな頭の悪い猿とは一緒にしないで欲しいね」

私の手の甲に口付けた時と同じ顔で口角を上げる名前に溜め息を吐いた。

「ふふっ、傑くん?私簡単に落ちてやらないから。じゃあまた明日。硝子ちゃんもまた明日ねー」

「はぁーまじで名前最高、笑ったわー」
「…硝子から見て名前はどんな子なんだい?」
「欲に忠実。自分の良さも悪さも全部分かってて全部武器にする器用で素直なイカれた奴」

成る程。素っ気なくて優しい名前は私の前だけだったらしい。
簡単に落ちてやらない、か。
私の事良く分かっているじゃないか。
確かにがっかりはしたけれど余計に名前の事が知りたくて堪らない。幻滅するどころか更に好きになったよ。
…え?もしかしてこれも計算なのかい?

「アイツは手強いよ」
「私を恋に堕としてくれたんだ。臨むところだよ」
「まぁ、名前が落ち着くなら私も安心だし手伝ってやらんこともない」
「え…そんなに遊んでいるのかい?」
「あ、…あー…それなりに?私が言ったって言うなよ。名前拗ねたら面倒なんだから」

名前が遊んでる?拗ねる?
本当に君は私の興味を惹くのが得意らしい。
私の気持ちを知っていて振り回した事を後悔させてあげるよ。
絶対手に入れてやる。





「建人。何で言っちゃったの?」
「…高専内で手を出すなと言ったでしょう」
「えー傑くん可愛いんだもん」
「はぁ。可愛く言っても私には通用しません。また飽きたら捨てるのだから程々に、」
「飽きないかもよ?」
「…なら名前が遊ばれて終わりだ」
「ひっどーい!私が傷付くところお兄ちゃんは見たくないでしょ?」
「…貴女は本当に狡い妹ですね」
「でも建人はそんな私の事大好きだもんね?」
「…はぁ。分かりました。夏油さんが遊んでいるようなら教えてあげます」
「建人大好き」

傑くんを見た時絶対に手に入れたい。欲しいって思ってしまったんだから仕方ないでしょ?今までの好きとは違う気持ちだと思っている。でももしも今までと一緒で飽きちゃったらそれは傑くんの所為だよ。
ずっと私に振り回されてずっと私の事を好きにさせて。
恋に堕ちる事がどんな事なのかずっと私に教えてよ。

「もう猫被らなくて良くなったよ。建人ありがとうね」
「夏油さんもこんなのの何処がいいんだか」
「こんなのだから良いんじゃない?」
「…協力してやるから遊んでるクソ共はちゃんと切っておけ」
「今日傑くんとデートしたお陰で大分切れたから安心してよ」
「…それも計算していたのか。我が妹ながらクソ過ぎて呆れますね」
「傑くんのクソみたいな女も切れたし、win-winだよ」
「名前の一人勝ちの間違いだ」

優しい建人に心配をかけたくない気持ちはもちろんあるけど、私の倫理観とか貞操観念だとかは全部建人に持って行かれてるんだからどうしようもない。
傑くんはこんなどうしようもないクソみたいな私でも愛してくれるだろうか?
明日から傑くんはどんな態度を見せてくれるのか楽しみで仕方ない。
イカれた私にどんな気持ちをくれるのだろうか。

「楽しみすぎてイっちゃいそう」
「クソが。その辺も夏油さんに叩き直して貰いなさい」
「硝子ちゃんに傑くんもクズだって聞いてるからそれは無理なお願いだね」
「はぁ……まともな人間はいないのか」
「呪術師なんてみんなイカれてるんだから建人も諦めて早くイカれたらいいと思うよ」


傑くんも早く私と同じくらいイカれて私を愛してね。




  
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