彼岸花を手折る




「お前、また怪我したんだって?」
「…悟。ノックぐらいしろ。ここ女子寮なんだけど」

長く濡れた黒髪をタオルで拭きながら気怠げに此方に向いた紅い瞳と目が合った。
苗字名前。一応一つ上の先輩だ。

「怪我したの、どこ」
「人の話を聞けよ」

名前は強い。術式も呪力も申し分無いし、戦闘センスも持ち合わせている。
彼女に会って尊敬という感情を初めて知ったくらいに呪術師としては優秀だった。
そう、呪術師としては。

「はぁ。もう治ってるんだから問題ないだろ」
「大ありだね!クソ雑魚相手に怪我してんじゃねぇよ!」
「チッ。七海に口止めした筈なのに」
「…七海も毎回心配してんだから、本当にそれ辞めろよ」

眉間に皺をこれでもかと寄せて彼女を見る。
Tシャツにショートパンツの部屋着から伸びた長細い白い手足には似合わない傷痕がいくつもある。
名前は本来なら傷を負わない体質なのだが、いや負ってもすぐに癒えるの方が正しいか。術式を理解する前、幼い頃に付けられたらしい傷が痛々しく残っている。

「分かった。七海と居る時は気をつけるようにする」
「いつでも気をつけろよ」
「悟、何でそんなに気にするんだ。私の事は放っておいてくれよ」
「…分かんねぇの?もういい。さっと寝ろよな!」

乱雑にドアを閉めて自室に向かう。
名前は死にたがっている。体質的に簡単に死ぬ事は無いがいつか本当に帰って来なくなるんじゃないかって、心配で仕方ないんだよ。それくらい分かれよ。


高専で名前を初めて見た時、瞬きするのも勿体無い程に見蕩れた。
教室からぼんやり窓の外を眺めていた時。
長い黒髪を春風に揺らしながら満開の桜を見上げる深紅の瞳がキラキラと輝いてどうしようも無く綺麗だった。俺は目が良いから見えてしまったんだ。真っ赤な瞳から涙が溢れ落ちるのを。

「悟?どうしたんだい?」
「…あの女誰?」
「ん?あぁ、二年の苗字名前さんだよ。ハハッ!もしかして見惚れてるのかな?」
「うるせぇー」
「確かに美人だけど、話すと驚くよ」

話す様な機会は中々巡って来なかった。
等級的に彼女は一人で任務に就くことが多いらしい。

「シートのクリーニング代請求してくださいね」
「いえ、経費で落とせるので気にしないでください!」
「ありがとうございます。無理ならいつでも言ってください。」

オフの日に時間を持て余した俺はコンビニでも行くかと外に出ると補助監督と話している名前がいた。
では、お疲れ様でした。と言って此方に歩いて来る。

「ちょっ!お前それ大丈夫なのかよ?!」
「は?誰だよ。お前」

制服はズタボロで真っ黒な布でも分かる程に血塗れだった。
思わず声を掛けてしまった。

「五条悟だけど。んな事どーでもいいだろ。医務室連れてってやる」
「大丈夫。もう治ってる」
「は?そんな血流してて大丈夫な訳無いだろ」
「本人が言ってんだから大丈夫なんだよ。それより早く着替えたいんだけど。って、おい!離せよっ!」
「うるせぇ!少し黙ってろ」

暴れる名前を小脇に抱えて硝子の部屋に運ぶ。貧血どころの失血量じゃないのにこの女は平然としている。着ていた白いTシャツが触れているところからジワジワと赤に染まっていった。

「五条うるさい!ドア壊す気か!え?名前さん?」
「硝子、コイツ診てやって」
「おい、いい加減降ろせよ」
「名前さん、どうかしました?」
「は?血塗れなの見て分かるだろ」
「硝子すまない。コイツが勝手に騒いでるだけ。いつも通り問題ないよ」
「あぁ、そういう事ですね」
「悪いが早く着替えたいんでね。硝子良かったらそいつに教えてやってくれない?」
「はぁー分かりましたよ。って事だから五条部屋入って」

名前は平然と歩いて隣の部屋に消えて行った。
抱えていた方の腕は血に濡れている。
硝子に説明されて理解はしたけど納得は出来なかった。名前は態と攻撃を避けないらしい。

「なんで?」
「そこまでは知らないよ。名前さんも言いたく無い事くらいあるんじゃない?まぁいつも綺麗に治ってるからそんな気にするなよ〜」

どうやら知らなかったのは俺だけらしい。
傑もだし、補助監督もあの感じだと知っているんだろう。



「あぁ、やっと話せたんだ?」
「一応な」
「悟並に口悪いだろう?」
「うるせぇーよ。俺はあそこまで無愛想じゃないだろ」
「私はどっちもどっちだと思うけど。案外気が合うんじゃないか?」
「あんな死にたがりと一緒にすんなよ」

名前と数える程だが一緒に任務に行く事があった。
一級以上の呪霊に限ってだが、最期の全力の一撃をアイツは態と受ける。半身が抉られたとしても、笑いながら。イカれてる。
そんな死にたがりを好きになってしまった俺はどうしたら名前を救えるのか、そればかり考えてしまうのに。

「名前は何で死にてぇの?」
「言いたく無い」
「…そうかよ」
「悟なら綺麗に殺してくれそうだね」
「はぁ?!俺がお前を?殺す訳ねぇだろ!」
「何で?」
「…名前の事が好きなんだよ!それぐらい分かれよ…」
「ふぅん。なら尚更だ」
「は?」
「好きな人の願いは叶えてやりたいもんだろ?」


少女の様に無垢で可憐に笑った名前に俺は何をしてやれるのだろうか。
名前が終わりを迎えるまででいいから、せめてお前との未来を夢みさせてくれないか。

「なら、俺が殺してやるよ」
「…いつ?」
「気が向いたら。それまで雑魚の攻撃一回でも受けたら殺してやらないから」
「いいよ。早く気が向くようにしてやるよ」

心底安心した様に笑う名前が死ぬほど憎くて愛おしい。










  
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