犬も食わぬ話A





起きると僕の腕の中ですぅすぅと穏やかな寝息を感じた。
顔が見たくて少し動くと長い睫毛がゆったりと上下しながら薄紫の瞳が僕を捉えた。
朝日が反射してバイオレットサファイアがギラギラと輝く。

「さとる?」
「まだ寝てていーよ」
「ぅ、ん」

かわいー!!!何なのコレ。
起きた後、いつもと変わらない素っ気ない態度も照れ隠しだと思うと可愛くて堪らなくて浮かれまくってたのも一週間経つと疑問に思う。
名前から連絡のひとつも無かったからだ。僕が送れば直ぐに返って来るけど、彼女から送られて来る事は無かった。
何回か食事に行ったけどそれは変わらなかった。
最後にやり取りしたのは三日前だったか?
マメじゃないのだろう。しょうがない、硝子の言う通り僕から送るか。

「ん?…既読がまだ付いてないんだけど」
「は?それいつ?一昨日アイツ携帯壊れたって言ってたけど」
「はぁ?!何で僕に連絡ない訳?!」
「私に聞くなよ。ちなみに電話番号も変わってるぞ〜」

にやにやしながら名前の番号を見せてくる。本当に知らない番号になっていた。

「五条、何かしたんじゃないの?」
「何もしてねぇよ!ほんっとまじで意味分かんねぇ。…硝子、明後日の店の位置情報送って。傑と行くから、色々聞き出して」
「口調戻ってんぞ〜。まぁ面白そうだから別に良いけど。名前も夏油もご愁傷様だな〜」

ケラケラと笑う硝子。
いや、本当まじで笑えないし、理由次第じゃ許さねぇ。



「へぇ。急に悟から食事の誘いなんて珍しいと思ったらそんな面白い事になっていたとはね」
「ぜんっぜん面白くねぇよ!」
「ごめんごめん、口調戻して」
「はぁ〜。傑はどう思う?やっぱ僕が何かしちゃったのかな」
「ん〜苗字の事そんなに知らないからね。何とも言えないけど、悟がそこまで惚れ込んで大事にしてたなら彼女に何かあったんじゃないかい?」

運良く隣の半個室が空いていたので傑と二人が来る前に店に入った。
パーテーションで仕切られただけの部屋なので隣の声も耳を澄ませば聞こえるだろう。

「彼氏に新しい連絡先教えないって何があったらそうなるんだよ」
「まぁまぁ。硝子が上手く聞いてくれるだろうから、落ち着きなよ」
「傑も硝子もにやにやしやがって」
「最強の五条悟が振り回されるのは誰が見たって面白いだろ?」
「うるせぇーよ」

ククッと傑が笑っていると隣に二人が着いた様だ。

「へぇー!イタリアンバル?硝子センス良いね」
「こういう店名前も好きでしょ?」
「イケメンかよ」
「はいはい。何飲む?」
「ワインリスト充実してるね〜ボトルで行っちゃう?」
「賛成。これが飲みたい」
「おっけ〜」

本当アイツら酒豪だな。と思いながらバニラアイスをつつく。傑は相変わらずにやにやと此方を見ている。

「携帯何で壊れたの?」
「あ〜依頼で沖縄行ってたんだけど、ちょっと手こずってる時に海にぽちゃんと」
「ダッサ〜」
「ちょうど買い替えようと思ってたし、いいんですぅ〜」

へぇ。沖縄行ってたのか。それすら教えてくれて無かった事にもショックを受けた。

「悟の表情見てるだけで酒が進むよ」
「あーそうかよ。クッソ、本当名前のこと何も知らねぇ」
「硝子様々だね」

確かに。後で高い酒でも贈ってやるか。

「で?五条とは最近どうなの?」
「…何で硝子が知ってるの」
「そりゃクズに聞いたからだろ〜」
「はぁ。そういうのは人に言わないでしょ。普通。」
「そう?で、どうなの?」
「あ〜どうもこうも、もう終わったよ」

思わずテーブルを叩きつけそうな所を傑に止められる。

「終わったって?」
「いや、始まっても無いか。」
「ん?どういう事?」
「もうね、他の女の影とか気にしちゃって惨めで耐えられなくなっちゃった」

は?他の女?

「おい、悟それは聞いてないよ」
「いやいやいや、俺はアイツだけだし。」
「何か勘違いさせる事あったんじゃないかい?」

そんな筈は無い。確かに連絡は意地張ってあんましなかったけど。え?その所為なの?

「は?あのクズ浮気してたの?」
「いや、違うよ。もし彼女がいるなら私が浮気相手だよ。所詮セフレだったんだから」
「は?」
「どこまで聞いてるか知らないけど。最初ご飯行ったときにヤっちゃってさ〜あんま記憶無いけど。そのままズルズル悟のセフレしてたけど好きになっちゃって」
「セフレ?」
「あ〜同期とごめんね?軽蔑して貰っていいよ。自分でも愚かすぎて笑えるし〜」
「はぁ。何となく分かった。食事行った時どこまで覚えてんの?」
「えー?ワイン二本目いったくらい?」
「…何か馬鹿らしくなって来た」
「え?」
「五条もういいだろ」

テーブルに座って呆然としてしまっていたが、立ち上がりロールスクリーンタイプのパーテーションを上げる。

「え??さ、とると夏油??は?」
「後は二人で話しなよ〜私は夏油と飲み直すわ。」
「ククッ本当楽しかったよ。苗字、お酒は程々にね」

どうやら他の席に移ったみたいだ。
名前の隣に座る。

「は?ちょっと、何なのこれ?」
「名前はちょっと黙って」
「は、はい」
「僕はずっとお前の事彼女だと思ってたんだけど?あの日のまさか記憶飛ばしてるなんて夢にも思わなかったよ。お前口調そのままだったし?あの日の僕はちゃんと告白してんの!名前もうんってちゃんと返事してるんだからね?」
「ノ、ノンブレス」
「巫山戯ないで」
「は、はい」
「硝子から連絡先変わってるって聞いた時の僕の気持ち分かる?大好きな彼女から気付いたら拒絶されてた僕の気持ち分かる?」
「大好きな彼女……」
「はぁーーーー。素っ気なかったのも、名前から連絡して来ないのもセフレだと思ってたからって訳ね」
「…面倒って思われたくなくて」
「…もう一回言うからちゃんと聞いて。
僕はずっと高専の時から名前の事が好きだったんだ。…僕と付き合ってください」
「さ、とる。本当?」
「本当だよ」
「…私も好きです。勘違いしててごめんなさい。」
「それはこれから償ってもらうからね!」

名前を抱き締めるとそろそろと背中に回って来た腕に心底安心する。
大きな瞳からぼろぼろと涙を零しながら好きと言った彼女が可愛いかったから、しょうがないけど、許してあげるよ。

「ねぇ、夏油とずっと隣で聞いてたの?」
「それは謝んないよ?お前が悪い」
「いや、怒ってないよ。二人で聞き耳立ててたと思ったら、ふふっ!可愛いなって」
「名前。帰ったらお前覚えてろよ」
「硝子と夏油に何かお礼しなきゃね」
「…僕には?」
「それは…帰ってから。ね?」

にたりと薄紫の瞳を細めて笑った名前は艶やかで美しくて可愛いくて。くだらない勘違いもどうでも良くなってしまう。

惚れた方の負けとは良く言ったもんだよ。

「高専に拠点移して貰うから」
「それはやっぱ無理!私過労死しそう!」
「はぁ??………なら僕の家に住んで」
「それは…うん。いいよ」
「も〜無理!我慢出来ない!帰るよ」
「え、ちょっ硝子と傑は?!」

帰ってめちゃくちゃ抱いた。





「帰って行ったね」
「本当あのクズは相変わらずお騒がせだな」
「まさか悟の初恋が実るとは思っても見なかったよ」
「まぁ名前も大概ぶっ飛んでるからお似合いなんじゃない?」
「そうなの?それ詳しく聞かせてくれるかい?」
「あの二人がいる時に話すよ。アイツの黒歴史なら色々聞いてる」
「硝子も相変わらずだね。ククッ!でもそれも面白そうだ」
「今日の貸しはデカイからな」
「間違いないね」







  
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