本能


傑。と優しく名前を呼ばれて振り返ると唇にふにゃりと柔らかいものが触れた。

「…ここ廊下なんだけど」
「別に誰もいないじゃーん」

意地悪く笑って去って行ったのは私の幼馴染の苗字名前。
中学生の時に呪霊に取り憑かれたというか器にされたというか、まぁそれで術式に目覚めて私と共に地獄を歩き始めた。
名前は呪力量が多いらしい。覚醒して直ぐは良く鼻血を流しながら頭を掻きむしっていた。
キスをするようになったのはその時からだ。
きっと本能だったんだろう。
名前の擬音だらけの説明ではよく分からなかったけど、私の呪力を取り込むとぐちゃぐちゃに絡まりながら折り重なる呪力が整うらしい。キスなのは粘膜からの方が取り込みやすいからだと言っていたけど本当なのかは私には分からない。

まぁ、そんな義務的な行為の所為で名前が勘違いされるのが嫌だから人目に付かない部屋でしようって何度も言っているのに守ってくれた事はない。
でも、もうキスは必要ない筈なのにな。
名前の身体は膨大な呪力に耐えれるように成長していった。
術式の使い方を覚えてからはそれでも発散出来るようになっているのに私に口付けるのは何故だろうか。


「傑って名前と付き合ってんの?」
「は……?…何故、そうなる」
「ちゅーしてたじゃん。廊下で」

ほら見ろ。
勘違いされない様にって私の気遣いを無駄にしてくれるなよ。
悟にキスをしなきゃいけない理由を説明するも納得していない様で首を傾げた。

「まぁ、経緯はとりあえず置いといて、傑は何で受け入れてんの?」
「?そんなの名前が苦しまないように仕方なく、」
「へえ?なら他の誰かでもいいじゃん。例えば俺、とか?」
「……本気で言っているのかい?」
「ハハッ!冗談に決まってんだろ!」

「悟?何笑ってんの?」

ガラガラと開かれた扉に顔を動かすと松葉杖を付いた名前がいた。
思わず駆け寄ると足は固定されておらず膝上に包帯が巻かれただけだった事に少しだけ安心した。

「は?!オマエそれどうしたんだよ!」
「右足千切れちゃってさぁ。雑魚すぎて笑ったわ。っ痛ぁ!」

スパンと後ろから硝子に頭を叩かれて大袈裟に痛がって見せた。

「寝坊しちゃった、くらいのテンションで言うなよクズ。もう少し遅かったら右足無くなってんだよ馬鹿」
「語尾おかしくない??」
「てか安静にしてろって言ったよな?クズが。さっさと部屋に戻れよ殺すぞ」
「話し聞いてるぅ?」

硝子に腕を掴まれ引きずられる様に出て行った。廊下に名前の笑い声と硝子がぐちぐちと溢す呪詛が残された。

「…なに、アレ。オマエの幼馴染頭イカれすぎじゃねぇ?」
「それは否定しないよ」

間違いなくぶっ飛んでいるから否定出来ない。私達の事しか大切にしない馬鹿だ。

名前は総合値だと言っていた。
四人でいる事が彼女の世界で何よりも大切な物で、それを100だとすると自分は25だと。
自分が死んだらその25は私に背負って欲しいと言われた事がある。
私は無理をし過ぎるからそれくらいが丁度いいと。
それは悟だろう?と言えば『傑は馬鹿だなぁ』ってケタケタと笑っていたっけ。

馬鹿は名前だよ。
君が死んだらそもそも、その総合値は75だろ。イカれた君の代わりなんて誰にも務まらないのだからいくら私が背負ったって成り立たないんだって分かれよ。

「それさぁ、傑は教えてやったのかよ」
「はー……言って分かるのなら私だってそうしているよ」
「………言わなきゃ分かんねぇんだよ」
「は?今なんて」
「傑。俺に言う事あんだろ?大丈夫って言葉で誤魔化せると思った?親友舐めんなよ」

「名前もそうだろ。呪力なんて正常に廻ってんのにキスすんのも態と怪我すんのもオマエに何か言われたいからじゃねぇの?まぁ、アイツはもう少し行動より言葉にした方がいいとは思うけどな」

そう、だったんだ。
悟も名前も、それなら硝子だって気付いていたんだ。

「九十九と話してんの聞いた」
「え…なんで」
「名前にトばされたんだよ。……何も二択じゃねぇだろ。俺らに話してくれねぇの?俺らは非術師以下?…んなぺらっぺらの存在なのかよ!」

名前が何故キスをしていたのかやっと分かった。
私がいないと死ぬって私を必要として、此処が居場所だって言いたかったんだ。
…そんなの言ってくれなきゃ分からないよ。

私達は言葉が足りなかったんだね。

怖かったんだ。悟に嫌われたくなかった。
私の唯一の親友だから。
ただの正論を並び立てただけの私の偽善を正しいと信じてくれる悟には特に言えなかった。オマエどうしちゃったんだよ?って笑われでもしたら私はもう踏み止まれないと分かっていたから。

「傑、悪かったな。俺はオマエがいるから強くなりてーって言っとけば良かった」
「え?」
「もう大事なものは奪われないように努力してんだよ。傑も名前も硝子も死なせない。んで他の奴にも強くなってもらう。それと、上の奴等を変える。勿論殺さない、あくまで平和的にな」
「ふ、ククッ、平和的にって悟が言うんだ?」
「…それが出来るって思えるのはオマエが隣にいるからなんだけど?」

悟の大義か。
そんな事を考えているなんて知らなかった。
うるせぇーよと頭を掻いた彼は口を尖らせながらも耳を赤く染めていた。
そうだ、こんな話しは柄じゃないのに彼なりに伝えてくれたんだ。なら、私もそうするしかないじゃないか。

「私は……非術師を皆殺しにしたらいいって思ってるよ」





扉の前で深呼吸をしていると『空いてる』と聞こえてごくりと喉を鳴らしながらドアノブを捻った。

「あはは、ひっどい顔!硝子治してくれなかったんだ?」
「…暫くこれで反省しろだってさ」

あの後、悟にまさかの諭されるという結果になって、折角ならやっとくか?と言った組み手が気付いたら互いに罵り合いながらグラウンドを変形させてしまっていた。
目の上の傷は塞いでくれたけど腫れたままだった。

「スッキリしたみたいだねぇ」
「…悟に聞いたよ。キスはとっくに必要なかったみたいだね」
「はあ??え、まじ?」
「え…呪力正常に廻ってるって言ってたけど」

きょとんと首を傾げた後、クツクツと腹を抱えて笑った。
てっきり罰が悪そうにごめんと言われると思っていた私も首を傾げる。

「悟が気付かないなんて、ふふっ私もやるじゃん」
「えーっと?何の事だい?」
「傑とキスしないと死ぬって呪いだよ」
「は………??」

コレも術式の開示になるんだ!呪力量増したわ!とはしゃぐ名前に頭がついていかない。

「私の弱みを晒したから?これはいいね」
「ちょっと、待って…いつ、から」
「はは、最初から。だよ?」

最初?あの本能でって言った時からずっと?そんな、何のために?

「本能でキスしたいって思ったんだよねぇ」
「……は?本能って…」
「必死に私の名前を呼んでくれる傑が愛おしくてさぁ。あ、キスしたいなって。これを縛りにすれば毎回傑とキス出来んじゃね?って思ったんだよね。天才かよ」
「……どんな縛りなんだい?」
「傑とキス出来なくなったら呪霊の好き勝手させてやるって縛り」

はあーーー?!
なに、それ。
空いた口が塞がらないとはこんな状況を指すのか。
呪霊に好き勝手って、身体の主導権を渡すって事??
なら私がもし高専を去っていたら名前が、死んでたって事?

「何で言わなかったんだ!!」
「傑だって何も言わないじゃん。私はあの時から傑の側を離れるつもりなんか一ミクロンも無いんだよ。どんな傑だって、全部私のものなんだよ。どういう意味か分かんない?」
「……言わないと分からない、だろ」

「傑の事を愛してるって意味。傑が愛するのも私しかいないんだよ」

「別に傑と高専辞めてもよかったけどさ、傑があんまりにも楽しくなさそうだったから悟に任せちゃった」

「…なんで、私が名前を愛するって、決めつけるの」

上手く名前の縛りに使われたのは分かったけど、私の気持ちはどうでも良かったのか?
いつも君が苦しまないようにって心配して、二日以上離れた事もなかったじゃないか。
あの頭を抱えながら泣き叫ぶ名前が記憶から消えてくれなくていつも不安だった私の気持ちはーー

「傑。キスしてる時さ」

「好きで好きで好きで、愛おしくて堪らない、愛してる、殺したいくらい愛してる。って顔してるんだけど?」

「は?……名前が?」
「いや、傑が。私の事好きなんでしょ?」

は?私が?いつ?いや、キスしてる時らしいけど、私がそんな顔を?
……この心配で不安な気持ちは好きだからって事、なのか?

「傑って自分の気持ちには疎いよねぇ。ま、そんなところも可愛くて好きだけどね。可愛い傑くんは今まで何を思って私に言い寄る男牽制してきたのかな?」

そんなの名前に相応しくないからだ。
私とキスしないと苦しむのに、そんな痛みをあんな奴等が理解出来る訳がないだろう?
名前を理解出来るのは私だけだし、私以外に必要、ない……
あぁ、これはもう認めるしか無さそうだ。

「名前の事が、好き、なんだね」
「やっと気付いたあ?はぁ、可愛い。愛してる。あ!でも名前ちゃんは優しいから、傑の心の準備が出来るまで待ってあげるねぇ?」
「…何を」
「分かってるクセにぃ。傑の童貞は私のものだよって話」
「……女の子が童貞とか言わない方が良い」

なら初体験かなあ?と笑う名前の唇に噛み付いた。
私からするのは初めてかもしれない。
それにいつも触れるだけだったから、まぁ、これがファーストキスなようなものか。とくだらない事を考えてながら逃げ回る舌を追い掛けていると胸をグッと押されて身体を離した。

「んっ、すぐる」
「何?我慢出来なくなったのかい?待ってくれるんだろう?」
「…そんなキス何処で覚えてきたの。返答次第じゃ許さない」
「んー?それは"本能"としか言いようがないね?」

一瞬だけぽかんとしてクスクスと笑い合った。
うん。悪くないね。
どうやら私は正論だけじゃなくて初恋も拗らせていたらしい。


またいつもと変わらない明日が来る。
でもこれからは少しずつだけど変えてみせる。
悟と硝子と、そして、名前と。



  
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