女神卒業します


「(あー苛つく。オマエらの為に祓ってやったんじゃねーっつーの。殺すぞ)」


開いた口が塞がらないとはこの事か。
私は現在進行形で呪われている。いや、解呪は終わっているからまだ症状が残っているだけなのだが。

一件前の任務で悟と少しふざけてしまった結果だった。
人の本音が聞こえるらしい。
それでも悟と硝子から聞こえてくる本音はいつもと変わらずで裏表も無くいつも本音で接してくれていた事に感動した。まぁ、硝子はさらに辛辣だったけど。
数時間で解けるだろうと硝子に言われ、特に身体に問題も無さそうだったから次の名前と行く予定だった任務にそのまま向かった。

名前はいつも静かに笑って私達を暖かく見ていてくれる菩薩のような女神のような存在だった。
同い年なのに大人びていて、否定も肯定もせずに話を聞いてくれる。
傑はどうしたいのかな?と導かれる様に私の心が少しずつ整理されて綺麗に収まった気がしたんだ。
そんな名前だから悟と硝子と同じで隠された本音なんて無いだろうと思っていたのに。なのに、これはどういう事だ。

「(あぁ。うるせぇな。んー殺しちゃうか?いや、傑は嫌がる、かな。でも傑の悪口言われてこのまま何もせずに帰るのもなあ)」

「化け物が!さっさと村から出て行け!!」

「…化け物、ですか。んー自分勝手で自己中心的な貴方達を殺したいって思っている私の方が化け物だと思うんですけど、どう思いますかあ?」

にっこりと綺麗な顔で笑いながら首を傾げて猿共を見た。
その美しい表情からは想像も出来ないセリフに猿は見惚れて言葉の意味を理解するのをやめたらしい。
私もあまりに衝撃的で何と言葉をかけて良いか決めかねていた。
チラリと横目で私を見た後、先程私を罵った男の耳元に顔を寄せる。

「(彼がいたお陰で私に殺されずに済んでよかったですねえ?オマエらなんて生きてる価値もないのに優しい傑に感謝しろよ。殺されたくなかったら私達が村から出るまで何も喋るな)」

「…名前?」

「あぁ、気をつけて帰ってくださいって。感謝しているそうだよ」

「そ、うなんだ。…帰ろうか」

去り際に名前がコソコソと小声で何か話している光景は良く目にしていたけども、まさかそんな事を言っていたなんて思いもしなかった。
名前の殺気に当てられた男は冷や汗を流しながらも必死に笑顔を貼り付け頭を下げて私達を見送っている。
横を歩く名前に目線を移すと苛つくなぁ、帰ったら悟に組み手でもしてもらうかなぁと心の声が聞こえてきてイライラを悟にぶつける事にしたらしい。

「名前、さっきの…その、聞こえてしまったんだけど」
「さっきの?」
「…殺されずに済んで、のやつ…」

「……」

にこりと私に微笑んだまま固まった。
フリーズしたまま薄らと細められた瞳は私の耳のあたりを捉えてさらに細められる。

「あ、傑………呪われてる?」
「…すまない。問題ないかと思って伝えなかったんだ…私が見つめた人の本音が聞こえるようになってる」
「あー…成る程…なるほど…」
「悟と硝子は大して変わらなかったからてっきり名前もそうなんだろうなって」

はぁと一度深い溜め息を吐いて首を垂れたあと真っ直ぐに私を見上げた。
騙すつもりはなかったんだけど、私は傑を追い込んだ猿が嫌いなんだ。こっそり殺した事もあるくらい嫌い。
名前が考えている事が脳に直接響く。

名前は私と行ったあの村での任務を思い出していた。
鏖殺してやるという覚悟を、大義を、決めた私の前にトんで悟を連れてきた。

『ーー理由なんて必要なのか?守りたいものは死んでも守るだけだ。助けを求められないくらい俺は頼りなかったのかよ。』

殴り合いながらなんなら泣きながら本音をぶつけ合った結果、私は悟と名前と硝子を選んだ。
助けて欲しい。辛いんだ。私が揺らいでいる。どうしたらいいの。
心を埋め尽くすどうしようもない思考を隠さずにそのままに全部伝えた。
それを眺めていた名前は牢の前に戻って双子を救出すると、その化け物をどうするんだ!と最後まで喚き散らしていた猿の首を刎ねた。

『生きてる価値もないクセに傑を追い込むとか生意気過ぎ。』

ぴしゃっと名前の美しい顔が血で濡れた。

肩で息をして悟と笑い合った時に現れた名前は血に塗れていた。
でも特に戦闘した残穢も残っておらず悟と首を傾げたのは覚えている。普段の様に帰ろうか、と双子の手を引きながらニコニコ笑った名前にその違和感もすぐに忘れてしまった。

「(傑には殺させない選択をさせたのにごめんね。許せなかったんだ。受け入れられないなら私は自首するよ)」
「自首なんて……何故だい?何故私の為にそこまでしてくれるの」
「………」
「どうして?」
「…ふふ、呪い解けたみたいだね」

もう本音は聞こえなかった。
帰ろうかと歩き出した名前の華奢な腕を掴んだ。
ゆっくり振り返って柔らかく微笑んだ名前はそれは美しくて…このまま消えてしまうと漠然と思った。この手を離してしまえば私と名前の縁は切れる、と。
サラサラの髪が風に揺れる。

「何処に行くつもり?」
「んー…どっか遠くにでも行こうかな」
「嫌だ、と言ったら?」
「……許してくれる、の……いや…大丈夫。私の事まで背負わなくていいんだよ。傑にはずっと悟と硝子と笑ってて欲しいな」

そう呟いて髪を耳に掛けながらまた笑った名前の細い指は震えていた。
何で私が受け入れるって思ってくれないんだい?許すも何も、全部私の為に、私を想ってしてくれた事なんだろう?
それが堪らなく嬉しいと感じている私の気持ちはどうでもいいの?

「…私には本音で話せないのかい?」
「本音かぁ…私は自分に正直に生きて来たよ。後悔はない」
「今、君が此処からいなくなれば私は後悔するだろうね」
「ふふ、そう?それは、凄く、嬉しい」

あぁ、そうだ。後悔する。

「私は君が好きなんだ」

「…傑の好きと私の好きは違う」

「どうしてそう言い切れる。名前の好きはどんな物なんだい?」

掴んだ腕が熱いのは私だけの所為なのか?
教えて欲しい。
君の気持ちを本音で、君の口から聞きたい。
ふっと短く息を吐いた名前は掴んだままの私の手の甲に触れた。

「笑っていて欲しい。大切に大事に守りたい」

いつもの柔らかい女神の様な笑顔を浮かべながら優しく私の指を撫でた。

「ドロドロに甘やかして私だけを見ていて欲しい。その唇に触れたい」

「っ、」

優しく撫でていた手がグッと爪を立てた。
じわりと血が滲む程に綺麗な爪が皮膚に食い込んでいく。

「でも、その唇に噛みつきたいとも思う。ぐちゃぐちゃにして私の元から離れられない様に縛り付けて閉じ込めておきたい」

「傑にはずっと笑っていて欲しいから私は要らないんだよ。傑の為になると思ったら猿でも呪術師でも簡単に殺せる私は要らない」

ドクンと心臓が音を立てた。
ぶわっと血が沸騰する様に熱い。
なんだ、これは。
あぁ、そうか、身体中が、細胞ひとつから私の全てが歓喜に包まれているんだ。
名前から重すぎる程に歪んだ愛を向けられているのが心地良くて堪らない。

「なに、その顔…」
「ふふっ、いやね、嬉しくて」

「え………?」

コイツ正気か?といった顔で私を見上げているのに笑いが止まらない。
私達に女神なんていなかったんだ。当たり前だ。こんな地獄に真っ当な人間がいる訳がない。
でも。それでも君はーー

「間違いなく私の女神だよ」

「は?……傑…大丈夫?」

「私も呪術師らしくイカれてるらしいね。本音で話してくれた君が愛おしくて堪らない。私の為に猿を殺してくれた名前も好きだよ」

パチパチと長い睫毛を瞬かせた名前の唇に噛み付いた。言葉の通りに噛み付いた。
柔い桃色の唇にツプりと少しだけ歯を立てる。じゅわっと滲み出た血すら甘いと感じる脳にどうやら私も手遅れらしい。
見開かれた大きな瞳に映った私は砂糖のように甘ったるい顔をしていてまた、少しだけ笑ってしまう。
今まで何で気付かなかったのだろうか。
こんなにも幸福を感じたのは初めてだ。

「ん…分かってくれたかな?私も同じだって」
「ふ、ふふっ…イカれてる」
「名前に言われたくはないかな」
「…いいの?いつか殺しちゃうかもよ」
「いいよ。その時は名前も殺すから一緒に地獄に行こう」
「今ですら地獄なのに?…ふふ、分かった。私が天国に連れてってあげる」

ガリッと唇に噛みつかれて、お互いの血で染め捕食し合う獣のようなキスに脳が蕩けそうだった。
舌を絡めてじゅると吸い上げれば混ざり合った血と唾液が私の身体に染み込んでいく。
ジリジリと舌に名前の呪力を感じた。
あぁ、本当に、なんて、幸せなんだろうか。

「んッ、傑は私のものだよ」
「何の縛りだい?」
「秘密……苦しみたくないなら浮気なんて考えない方がいい、とだけ言っておくね」
「クク、いいね。私もしていいかな」

どうぞ、と差し出された薄い舌にもう一度舌を絡める。
いつまでも私に狂っていてくれます様に。
死ぬまで、いや死んでからもずっと。
天国に連れて行ってくれるのならその先もずっと私の女神でいてくれます様に。

名前が本音を吐き出せる世界にしてみせるから安心して私の側にいて。




数日後。

珍しく四人での任務の帰り道で名前は不機嫌を隠そうともせず悟と硝子は何事かと様子を伺っていた。
名前はいつでもニコニコしていたから戸惑うのは仕方ない。悟も硝子も女神様!と揶揄っていたしね。
耐えきれなくなったのか、どうしたんだよ、と声を掛けた悟にブスッとした顔で振り向いた。

「悟。あんな生きてる価値も無い猿なんて助けなくていいだろ」
「は……?え、待って、名前だよな?」
「ふ、ハハ!間違いなく私の名前だよ」
「…私の?ちょっと夏油どういう事?!!」
「私傑と付き合ったんだ。傑が本音で良いって言ってくれるから、思った事は言うようにするね」
「はあ?!どんな急展開だよ!!てか、俺らの女神はどこ行ったんだよ?!!」

「悟。残念ながら私だけの女神になったんだ」


ごめんね。皆の女神は死んだんだ。


  
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