恐怖の夜となったあの日から、それ以上に恐れるようなこともなく、ただ日に日に近づいてくる学年末試験のことで精一杯だった。

ロンやハーマイオニーは復習で目を回してしまいそうなくらいに忙しくしていた。しかしハリーは、ただ試験のことを気にしている様子ではなく、うかない顔をしていた。

こっそりとハリーの同室のネビルに何か変わったことがあったのか聞いてみたことがあった。ネビルは神妙な顔で「夜あんまり寝れてないみたいなんだ。よほど試験が怖いんだね、僕もわかるな…。」そう呟いていた。

深い眠りにはつけず、夜は何度も目を覚ましている。その理由はネビルが考えている試験恐怖症ではないと手に取るようにわかった。

ハリーは恐れているのだ、あの森の事件の後から。"あの人"があの夜のように襲ってくるかもしれないと、その恐怖を悪夢で何度も味わっているのだ。

日中でさえもしきりに額を気にして、時折顔をしかめている。傷が痛むに違いないと確信にも近い推測があった。

私の左手の甲の印にも、ジンと熱に浮かされるかのような感覚が頻繁に訪れているのだ。この熱は彼に関わるものであり、もちろんハリーの額の傷も同じはずだ。しかし、それを感じているところで何もしてあげられない。

ただ気を滅入らせてしまわないようにと気にかけることしか私にはできなかった。

そうしているうちにじわじわと学期末試験は過ぎていった。筆記試験だけでなく実技試験もあり、妖精の魔法ではパイナップルを机の端から端までタップダンスさせられるかどうかを試験した。変身学ではネズミを嗅ぎたばこ入れに変え、魔法薬学では忘れ薬を作った。

最後の試験は魔法史でその一時間が終わってしまえば、一週間後の結果発表まで自由な時間が待っていた。皆はビンス先生から終了の声をかけられるとたまらず歓声を上げていた。



「ホグワーツの学年末試験は怖いって聞いてたわ。でも、意外と面白かったわね。」

「よく言うよな。」



試験が終わった開放感のなか、ハーマイオニーが声高らかに言った。実際に試験に出なかったものまで勉強してしまったようで肩を竦めながら話している。これから答合わせをしなきゃと意気込んでいた。

対照的なロンはうんざりしたようで、これからの一週間に心躍らせていた。もう復習をしなくてもいいのだと嬉しそうだった。

さんさんと陽の射す校庭を歩きながら、くすりと笑う。



「ハーマイオニーさすがだね。日々の努力だね。
ロンも、頑張ったね。」



そう言うとハーマイオニーは瞳を輝かせた。ロンは豆鉄砲を食ったような顔をしたが、悪く言われてないと理解するとポッと頬を染めそっぽを向いてごにょごにょと何かを言っていた。

そんなロンにハーマイオニーは、いつも復習をしていたら大変にはならないとか、わからないことは先生に質問をして解決した方がいいとか勉強の大切さを話していたけれど、ロンは上の空で届いていないようだった。

ロンとハーマイオニーは上機嫌だったけれど、ハリーは口を噤んでいた。なんとなしに苛ついているように眉根を寄せている。

気になって声をかけようかと思ったとき、左手の印がジクリと疼いた。その感覚と同時に、ハリーは額を押さえる。



「ぅッ…!」

「どうしたハリー!?」

「傷が…、ズキズキするッ…!」



呻いたハリーに足を止め、ロンが心配の言葉をかけた。

ハリーは疼くような痛みに怒りを感じているのだろう。辛そうに顰められた顔に、胸が痛む。

原因が自分ではないにしても、自分にとって大切な人が影響しているのだ。言葉に表せないような心苦しさに、気がつけば私は一歩後ずさっていた。



「前にもあったわね。」

「…こんなんじゃない。」



ハーマイオニーの考えるような言葉に、ハリーはすぐに答えた。

その言葉の意味は私にもよくわかった。あの夜以降しきりに印が疼くのだ。私の印には熱として、ハリーの傷には痛みとして。

彼の存在を意識し共鳴しているのかその理由はわからないが、こんなにも疼き続けるのは初めてだった。

ハリー達は私の印の存在を知らないが、共有している感覚に私は何も言えなかった。



「ハリー…。」

「医務室に行ったら?」



微かに名前を呼びかけることしかできなかった。ハーマイオニーはマダム・ポンフリーにみてもらった方がいいと勧めた。

どこか居たたまれない気持ちに、手の疼きがいやに気になって仕方がない。ぐっと唇を噛んだことには、誰も気がつかなかった。

ハリーは額の傷に指を這わせ、痛みに堪えながら吐き出すように言葉をもらした。



「きっとッ…危険が迫ってるって、知らせてるんだ…!」



痛みに呻きながらハリーは言ったが、その言葉にロンとハーマイオニーは顔を見合わせた。

ハリーからするとこの痛みは恐怖の対象なのだ。落ち着いて眠れないほどにその元凶の彼を恐れている。

その恐怖心は当事者であれば正常なものだ。ただそれをロンとハーマイオニーが理解できるかというとわからないだろう。

二人はあの森のあの時に一緒ではなかったし、現にハリーの傷の痛みは試験によるストレスと思っているところもあるだろう。

私は無意識のうちに左手の甲を右手で押さえていた。

いつの間にか校庭を外れて森の近くまで来ていたようで、あたたかな笛の音がぼんやりと聞こえてきた。夢中になっているうちにハグリッドの小屋の近くへ来たようだ。

それに気が付くのとほとんど同じくらいに、ハリーが今までとは違う大きな声を出した。見るとその顔は真っ青だった。



「そうか…!そうだよ!」



突然足を進めたハリーに、私達は面食らった。

足早なハリーに追いつこうと急いで駆け出した。

ハリーはどうやらハグリッドの小屋に向かっているようで、その顔は緊張しているようだった。



「どうした?」

「話がうますぎるよ!ドラゴンを欲しがってたハグリッドの前に、ちょうどそれを持った人が現れるなんて!
普通、ドラゴンの卵を持ち歩いてる人なんていないよ!早く気付けばよかった!」



声をかけたロンに、ハリーは気づいたことを早口に言った。

その言葉だけではロンとハーマイオニーは理解しきれていないようだったが、ハリーはどういうことか説明する余裕がないようだった。

ハグリッドのためにと言ってもおかしくないくらいに用意されたドラゴンの卵。確かに、話がうますぎるのだ。

やっとハグリッドの小屋が見えると、ハグリッドは外で笛を吹いていた。傷の痛みを忘れているかのように、ハリーはハグリッドの元まで全力疾走をした。



「ハグリッド!ドラゴンの卵をくれた人は、どんな人だった?」



ハグリッドの元へ着いて早々ハリーは声を上げた。ハグリッドは笛を吹くのをやめて顔を上げ、今私達が来たことを理解したようだった。

世間話など目もくれずかけられた言葉に、ハグリッドは首を傾げた。

ハリーを追いかけてきたロンとハーマイオニーと私は、上がった息を整えるのに必死だった。



「さぁな。フードかぶってて顔は見てねぇ。」

「でもその人と、話はしたんだよね?」



ハグリッドの言葉に、やっとロンとハーマイオニーが状況を理解したようで絶句した。

ハグリッドは私達が試験終わりということで何か言いたそうであったが、ハリーはその間も作らずに質問していく。

そんな様子にハグリッドは眉をちょっと動かした。



「まぁな。どんな動物を世話してるかって聞かれて、フラッフィーに比べりゃドラゴンなんて楽なもんだって言ってやった。」

「っフラッフィーに興味持ってた?」

「そりゃあ興味持つに決まってんだろう。頭が3つある犬なんてそういねぇ、魔法界でもな!」



フラッフィーの名前が出た瞬間、その場が凍り付いたようだった。それでもハリーは努めていつもの調子でいた。

もしここで顔を見合わせでもしたら、ハグリッドは口を噤んで教えてくれなくなるだろう。それに思い描いている通りであれば、ハグリッドは賢者の石の守りを崩したことになってしまう。

何も気づかれないようにとしていたおかげか、ハグリッドは自慢をするかのように口をよくまわし始めた。



「で言ってやったんだ。
"宥めるコツさえ知ってりゃあどんな怪物も怖かねぇ!フラッフィーの場合は、ちょいと音楽を聴かせりゃねんねする"、」

「ッそれだわ!」

「いけねぇ、内緒だった!
っ、どこへ行く!おいっ…!」



流れるように出てきた言葉に、ハーマイオニーがいち早く反応した。そこでハグリッドは自分が何を言ったのかを理解したようだった。

私達は顔を真っ青にして脇目も振らず駆け出した。

ハグリッドが呼び止めるように大きな声をかけていたが、その声に誰も振り返らなかった。

私は三人の後ろを追いながら、埋まっていくパズルにいよいよだと緊張を感じ必死に頭を働かせようとしていた。

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