「ハグリッドは前から言っていたんだ。"ドラゴンが欲しくてたまらない"って。」



あの後すぐに私達はハグリッドの小屋を半ば追い出された。ふと時計を見たハグリッドがはっとしたように消灯時間を過ぎていることに気付いたのだ。

最後に見たハグリッドは気の毒なほど動揺していた。それでも生まれたてのノーバートの世話をやかなければいけない。とてもそんな状況ではないはずなのだが、そうしなければいけないのだ。

私達はグリフィンドール寮に向かいながら、先ほどまでのことを考えていた。

やっとニコラス・フラメルのことがわかり、賢者の石という答えも見つけた。それでも次々に難がやってくる。

ハリー、ロン、ハーマイオニーはため息を吐きたくなるほどの心境だろう。

私はそんなことをどこか他人事のように考えていた。ドラゴン(ノーバート)のことは気になるが、消灯時間を過ぎていたことなんて私には実害がないからだ。

私にはなにがあっても構わない。皆が無事で、私がそばで守ることができるのならば。



「やばいよ…マルフォイにまで見られちゃったし…!」



私達の靴音しかしない廊下にロンの情けない声が響いた。

ハグリッドがドラゴンを飼っていることを知ってしまった。加えて消灯時間を過ぎているにも関わらず寮に戻らず出歩いてしまった。

そして最も不運なことに、それらを見られてしまった。自分達とは犬猿の仲である、ドラコ・マルフォイに。

私は頭を抱えて唸っているロンを見ながら、ふと考えていた。目撃者、というのは自分達と同じ条件でなければいないものだ。同じ時、同じ場所にいて初めて成立する。

私はくすりと口元に弧を描いた。



「…ドラコも、誰にも言わないよ。
ちょっとでも考えれたのなら、言えないはずだから。」



そう。密告するということは、自分も同じだと言うことでもある。それがわかったのであれば、ドラコは誰にも言わないはずだ。

しかし私の言葉に、ロンは唸りをひどくした。ハーマイオニーは口を噤み、頷くような難しい表情をする。

ハリーだけがこの状況をうまくのみ込めないようで、私達の顔を首を傾げながら見ていた。



「どうして困るの?悪いこと?」

「悪いさ…、」



困惑したようなハリーにロンが言葉を続けようとしたが、その言葉は繋がらなかった。

ちょうど廊下の角から姿を見せた人物に、揃って口を噤み息を呑み込む。

一瞬で空気が凍り付くような感覚を覚えた。



「こんばんは。」



角から出てきたのはマクゴナガル教授だった。彼女はガウンを着て頭にはヘアキャップを着けていた。

気持ち程度にその口元には笑みが浮かんでいる。しかしそれはとても冷たく、喜ばしいものとは間違っても思えなかった。

マクゴナガル教授の隣には、先ほど駆けて行ったドラコが得意顔で立っていた。

ドラコはハリーに意地の悪い笑みを浮かべていた。勝ち誇ったようなとても嫌な表情だ。ドラコはハリー達が犯した校則違反を言いつけずにはいられなかったのだろう。

ハリー、ロン、ハーマイオニーはジロとドラコを見るが、その隣のマクゴナガル教授に圧されたように言葉を失っていた。それがドラコには愉快でたまらないようだ。

私はじっとドラコを見つめる。ドラコは努めて私の方を見ないようにしているようだった。それでも気にはなるらしくハリー達に対してとは違う視線がちらちら送られてくる。

私は苦笑するしかなかった。

マクゴナガル教授の表情は消え、着いてきなさいという言葉だけがかけられた。だんだんと暖かくなってきたはずだが、このときばかりは冷たい空気に包まれたように思えた。

逃げ出したいほどの雰囲気だがそれは許されず、マクゴナガル教授の先導で変身学の教室に着いてしまった。

私達には何の会話もなく、教卓の前に立たされた。ドラコは威張った様子であいた場所に座りながらマクゴナガル教授の言葉をわくわくと待っていた。



「いいですか。どんな理由があろうと、夜中に抜け出して学校を歩き回ってはなりません。」



マクゴナガル教授は鋭い瞳で射抜くようにしながら、厳しい声を出す。

無意識にでも、隣で立っている三人がゴクリと唾を呑み込んだのがわかった。

厳格なマクゴナガル教授は私達の目をじっと捉えながら、言葉を続ける。



「今回の規則違反の罰として…、50点減点します。」

「ッ、50点!?」

「ひとり、50点です。」



その厳しい声にハリー、ロン、ハーマイオニーははっと息を呑んで顔を真っ青にした。

ひとり五十点もの減点となると、グリフィンドール寮は今夜二百点を失ってしまうことになる。そんな失点はあまりにも大きく衝撃的だ。

特にハリーにとっては、クィディッチで死に物狂いで得た寮対抗の大切な点数だ。今はそのおかげでグリフィンドールがリードしていたはず。

思わず声を上げたハリーに、マクゴナガル教授は鋭い視線を向けた。



「2度と同じことを起こさぬように、5人には処罰を与えます。」



マクゴナガル教授の厳しく重い声は、静まりかえったこの場所にはよく響いた。

するとガタンと音をさせて、訝しげな表情をしたドラコがたまらないように立ち上がった。

耳を疑っているようにマクゴナガル教授を見る。



「すみません先生、聞き違いでしょうね?いま"5人"って仰いました?」

「その通りです、ミスター・マルフォイ。事情はどうであれ、あなたも消灯時間を過ぎても出歩いていたのですから。
あなたも一緒に罰を受けるべきです。」



ドラコにとってそれはとても衝撃的な言葉であったに違いない。眉根を寄せて口を開けたまま固まっている。

その様子で、密告するということがどういうことであるのか微塵も考えなかったということが手に取るようにわかった。マクゴナガル教授はそれを見逃すほどの人ではない。

伝えた相手が悪かったのか、それはどうであれ隣にいるハリーとロンに視線を移してみれば、青白いドラコの顔を見ながらニヤニヤと笑っていた。ざまを見ろとその目が語っている。

私は苦笑しかできず、マクゴナガル教授の厳しい視線にも肩を竦めることしかできなかった。

罰則として減点と処罰。それがどんな処罰であれ、私も一緒であるのならと息を吐いた。ハリー、ロン、ハーマイオニー、ドラコと共にいてその身を守ろう。

私たちはマクゴナガル教授に、処罰はまた後日伝えることと寄り道をしないようにと言われて教室を出された。

ドラコはすぐに駆けだしてスリザリン寮へ戻っていった。

私達はグリフィンドール寮へ続く廊下をとぼとぼと歩いていた。



「ひとり50点だなんて…。」

「…最悪だよ。」



ハーマイオニーとロンはうなだれながら言葉を小さくもらした。

ハリーは先ほどはドラコを見て笑っていたものの、その衝撃を忘れられないようで押し黙っていた。

リードしていたグリフィンドール寮は今夜だけで最下位にまで落ちてしまった。ずんと重い空気に私は苦笑をこぼした。



「大丈夫だよ。確かに点は減っちゃったけど、これから増やすことはできるよ。」

「ッ増やすって…200点も減点されたんだよ!」



私の言葉に、今まで顔を俯かせていたハリーが弾けるように顔を上げた。

その顔は咎めるような、不安に満ちているような苦いものだった。

キッと睨まれ、私は口元に描いた笑みを消した。



「そうだね、200点減点されたよ。
でも、だから?だから、どうしたの?」



私は足を止め、ハリーに向き直って首を傾げた。

ハリーはその私の言葉に苛ついているようだった。

噛みつくように続く言葉に、私はため息を吐く。諦めきったハリーの様子に、口を結ぶ。



「増やすだなんて、無理だって言ってるんだよ…!」

「無理って決めつけるなんて、ひどいね。
ハリーは誰も信じてない。私たちのことも、自分のことも。」



ロンとハーマイオニーは顔を見合わせて不安げに私達を見ていた。

無理、というのははじめから諦めている言葉だ。そんなことできるはずがないと、諦めている言葉だ。

それは自信がないのか、はたまた途方もないことに逃げているのか。それを言う理由はわからないけれど、自分と周りを否定している言葉であるのではないだろうか。



「可能性がないって決めるなんて、誰にもできないよ。
これからなにがあるのか、ハリーにはわかるの?ハリーには、全てがわかるの?」



それならなにも言わないよ、私はそう言いながら目を伏せた。

本来なら私にこんなことを言う資格なんてないのかもしれない。"わかる"ことから逃げた私になんて。

しかし諦めきったハリーを見てなんていられなかった。

私の言葉にハリーはうっと言葉を詰まらせた。瞳は不安げに揺れ、自信のなさを表すように顔が俯く。



「でも、200点だなんて…、大きすぎる……。」

「私は全てを戻そうとは言ってないよ。
ただ、少しでもできることがあれば、一緒にやろうって、言ってるの。」



私は穏やかに微笑みながら、俯くハリーの両頬を手で包んだ。

ハリーは驚いたように肩を跳ねさせる。優しく顔を上げさせると、ハリーは微かに頬を赤くした。

キラリと輝くグリーンの瞳はしっかりと私を捉えている。その視線に応えるように、甘い声を出した。



「ハリーだけが責任を感じなくてもいいんだよ。そんなに自分を責めなくていいの。
辛くてつらくて、誰かを責めたいのだったら、私を責めてよ。ハリーの気持ちは私が聞くから。」

「…でもっ…、」

「でもはなし。ハリーには私も、ロンも、ハーマイオニーもいる。」



私は、黙って見守るようにこちらを見ているロンとハーマイオニーに視線を向け、くすりと笑いながら首を傾げた。

ロンとハーマイオニーははにかんだように笑い、頷く。

ハリーの瞳が、先ほどよりも明るく輝いたような気がした。

私はハリーの額に自分の額を寄せ、瞳をとじる。



「だから、もう少し信じて。ハリーなら、できるって。
少しでいいの、少しだけでいい…全部とは言わないから、頑張ろう?」

「……うん。ごめん。」



無理って言ってごめん、とハリーは言葉を続けた。

くすくすと笑いながら瞳をあけると、いくらか明るくなった顔のハリーが落ち着いたように目をとじていた。

ロンとハーマイオニーも、つられたように微笑む。

冷たい空気は消え、暖かい気温に戻ったような気がした。

ふとハリーが目を開けたと思うと、その顔はぼっと火がついたかのように赤くなった。

額と額をつけているので、じっと見つめ合えばお互いの顔が瞳に映ってしまいそうなほどに近い。



「あっ、えっと、アリスっ……ぼ、僕もう大丈夫だから…!」



ハリーは真っ赤になりながらそう言って、頬を包んでいる私の手を掴んで顔を離した。

焦ったような様子に思わず笑ってしまう。けれどその様子に安堵の言葉をもらした。

温かい心に自然と笑みがこぼれだす。

いきなり後ろから身体を引かれたかと思うと、ハリーが掴んでいた手を違う手がぎゅっと包んだ。

ハーマイオニーが怒ったように注意深げに私の目をじっと見ていた。



「もうっ!アリスからは、迂闊に目を離せないわね。」

「私は、みんなが元気なら、いいの。」

「…そんなところが、アリスらしいけれど。」



そう言いながらも、ハーマイオニーは微笑んでいた。私は返事のかわりににこりと笑いかける。

真っ暗なはずだが、ぼうっと温かく、ほのかに視界は明るいような気持ちがしていた。

私とハリー、ロン、ハーマイオニーはグリフィンドール寮までの道を、今までとは違う足取りで戻っていった。





賢者の激励

(壁に当たったというのなら、導き、助け、見守り、見届けよう)

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