たったの一晩でグリフィンドール寮の得点が二百点も減点されたことは学校中の噂になった。
グリフィンドール寮生はその大きな減点に驚愕し、他の――とりわけスリザリン――寮生は大喜びした。
そしてどこからか、瞬く間にある噂がひろがりはじめた。
"ハリー・ポッターが、あの有名なハリー・ポッターが、クィディッチの試合で二回も続けてヒーローになったハリーが、寮の点をこんなに減らしてしまったらしい。何人かのばかな一年生と一緒に"
それだけでわからない生徒はいなかった。ハリーといつも一緒にいる私とロンとハーマイオニーがその疑いの目を向けられ睨まれるようになった。
ハリーに対しての皆の態度は特に酷かった。良くも悪くも有名人で学校中の人気者であったハリーへの対応はガラリと一変し、皆からの非難が集中した。
ふと通りかかっただけで後ろ指をさされ、悪口を言われ、スリザリン寮生からは態とらしい拍手や言葉で囃したてられていた。私達はハリーほどのものはなかったが、誰も話しかけようとしなくなった。
そんな惨めな生活の中でも、ハリーは諦めずに頑張っていた。嫌になっても仕方がないであろうに、ハリーには自暴自棄になっている様子はない。
ハリーのその姿を見ているだけで、勇気づけられた。ハリーに言葉をかけたのは私だが、こんなにも頑張っているハリーを見ていると、私があげた以上の勇気をもらえた。
私達は、試験が近づいてきているための勉強で気を紛らわせながら、なんとか生活していた。
そんなある日、大広間で朝食をとっていると、あの夜居合わせた全員に手紙が届いた。
ハリー、ロン、ハーマイオニーと内容を見比べてみたが同じことが書いてあった。今夜十一時に処罰を行うため、時間になったら玄関ホールに集まるようにということであった。
十二分というほどに罰を受けた気持ちであり、すっかりと処罰のことを忘れていた私達は顔を見合わせて口を噤んだ。しかし誰も文句を口には出さなかった。
いつもと変わらぬように一日を過ごした。試験勉強に励み、いつものように四人でいた。それでもふと時間を見るたびに、夜の十一時まであと何時間あるかを無意識にでも計算して緊張する。
どんなに気にしても時間の流れは変わらず、処罰を行う時間となってしまった。
私達はなるべく皆の注目を集めないように寮から抜け出し、玄関ホールに向かった。冷たく感じる空気の中、アーガス・フィルチとドラコが待っていた。
フィルチは生徒が全員揃ったのを確認して、先導して歩き始めた。真っ暗な空にポツポツと輝く星達を見上げ、ぼんやりと語り出す。
「昔はもっと厳しい罰があったぞ。両手の親指をヒモで括って地下牢に吊したもんだ…あの叫び声が聞きたいねぇ!」
フィルチは態とらしい笑みを浮かべていた。
その話に、皆は怯えたように顔を強ばらせる。
それがとても愉快なようで、フィルチはまたニヤッと笑った。
「今夜の処罰はハグリッドと一緒だ。ひと仕事してもらうよ、暗ぁ〜い森でね。」
フィルチが連れてきたのは確かにハグリッドの小屋だった。
小屋の先には木が生い茂り、暗闇をさらに深くさせている。先の見えない闇はとても不気味で吹いてもいない風がひゅうっと吹き抜ける感覚を覚えた。
処罰とは一体何であるのか。思い出せず、また、心当たりもないため私は眉根を寄せた。
それが何であれ私のすることは変わらないが。それでも良い気はとてもしなかった。
「憐れな生徒たちだ。」
フィルチは小屋の外で石弓をいじっているハグリッドに呼びかけた。
ハグリッドは薄く反応し少し顔を上げただけで、また顔を俯かせてしまった。
はぁ、とフィルチは呆れたようなため息を吐いた。
「なんじゃい、まだあんなドラゴンのことでメソメソしとんのか。」
その言葉で今まで頭から離れていたあの赤ちゃんドラゴンが思い出された。最近は勉強に夢中であったため、ハグリッドに会いに行くこともなかった。
ノーバートがどうしたのであろうか。顔を見合わせて首を傾げた私達に、ハグリッドは微かに顔を上げて低い声を出した。
ハグリッドはひどく落ち込んだ様子で、なんて声をかけたらと悩んでしまうほどだ。
「ノーバートはもういねぇ…ダンブルドアがルーマニアに送った。仲間のとこに…。」
「…その方が幸せじゃない。仲間といられて。」
ハグリッドの言葉を聞いて、ハーマイオニーが元気づけるように声をかけた。
その言葉に、ハリーとロンは頷いた。ドラゴンを飼うなんて無茶でしかないだろうが、ハグリッドにとってはやっと実現した夢でもあるのだ。
ハグリッドは割り切れないようで、次いで口を開く。
「ほんでも、ルーマニアが嫌だったら?他のドラゴンに虐められたらどうする!
まだほんの赤ん坊なのに…。」
「いい加減にシャキッとすることだな。これから森に入るんだぞ、覚悟して行かないと…、」
じっと俯いてばかりのハグリッドに、フィルチは苛ついているようだった。
だがそのフィルチの注意の言葉に一番反応したのはドラコだった。
元より青白い顔をさらに白くさせて、ドラコははっと息を呑んだ。
「ッ森へ!?冗談じゃない、森へ行くなんて…!
生徒は入っちゃいけないはずだよ!だって森には…狼男がっ…、ぅわあ!アリス、いきなり何してっ…!」
「ドラコ。大丈夫、怖くないよ。
私が守ってあげる。安心して。」
「なっ…!」
私は怯えた様子のドラコに手を伸ばして、その身体を包み込んだ。
ドラコは驚きもがくが、私が甘く囁くと身を固くして大人しくなる。
森に対しての恐怖心はもっともだ。ドラコは特に臆病であるが、ここに来た皆がおぞましい森へ入りたくないと思っているのは確かだろう。
しかしこれは学校からの処罰であるから入らなければならない。逃げることなんて出来はしないのだ。
ドラコをぎゅっと抱きしめながら、ハリー、ロン、ハーマイオニーに視線を移す。三人は驚いたように目を丸くしていたが、この気味の悪い空気に落ち着きなさげにしていた。
私は口元を緩め声は出さずとも囁くように、私が守るから、と口を動かした。
するとドラコははっとしたように身体を引いて私の腕から離れた。
「ち、違う!アリスは僕が守っ…!」
「…ん?」
「なッ…!」
思わず出たとでもいうような言葉に、私は目をきょとんとさせた。
ドラコはこれ以上ないようなくらい真っ赤で、自分の口から出た言葉にすら驚いているようだ。それと同じくらいにハリーもロンも驚いており、ハーマイオニーが歯軋りをしているかの如く憤慨しているようだった。
ドラコの言葉を呑み込んでいくと、胸が温かくなったような気持ちがした。そうか。私を、守ろうと思ってくれているのか。
その気持ちだけで、この暗い周りにぽっと灯りがともったかのような心情になる。そう思われるだけで、こんなにも救われたような気になるのだろうか。
私は自然と口元に笑みを浮かべてドラコの髪を梳くように撫でていた。照れ隠しか、むすっとしたようなドラコが微笑ましい。
くすっと笑みを含ませた後、周りを見てみると、フィルチはもうおらず、いつの間にか戻ってしまったようだった。
「よし…、行こう。」
ハグリッドはノーバートのことに自分で区切りを付けられたようで、覚悟を決めたように言った。
その言葉で、私達の気持ちはぎゅっと引き締まったように感じる。これからこの不気味な森に入るのだという事実を、ひしひしと感じる他なかった。
私達はハグリッドに先導されながら森の果てしないような暗闇の中へと足を進めていった。
[ Prev ] [ Next ]