パチリと清々しいほどに目が覚めた。

けれど、何となく身体が重い。

引きずるように上体を起こせば、自然とこぼれるため息に苦笑をもらした。

数日前あった出来事が頭に刻み込まれたようにのし掛かってくる。

私の、記憶が…。

認めてしまいたくない。いっそ、気づくことさえできなくなっていたらと思ってしまう。

ナギニにも諭されたが、それでも沈む気持ちに、またため息を落とした。

どんよりと心に覆いかぶさる黒い雲。私は自然と窓の外に目を向けていた。

外は私の心とは正反対に晴れ渡っており、綺麗な澄んだ空がキラキラと輝いている。

心惹かれたように、私は頭を振った。気持ちを落ち込ませることをわざわざ考えるのはやめよう。

私はそれを心にしまい込み、両腕を上げて軽くのびをした。

そういえば、今日はクィディッチの練習があるとハリーが言っていた気がする。

あの出来事から、彼らとハーマイオニーとの仲は険悪なものになってしまっていた。

時折話すことがあるが、ハーマイオニーは不機嫌そうな顔を隠すこともしない。

今のように心を閉ざす時期が確か原作の方にもあったはずだ。

いつ心を開くのか少し気になったけれど、詳しいことがすんなりと出てこないので、私は逃げるように考えるのをやめた。

ふと視線をさまよわせれば、まだ眠っている様子のナギニに気づく。

ここ最近はさらに寒くなってきて、ナギニは朝起きるのが苦痛になってきているようだ。

この部屋には防寒魔法が掛けられているが、外へ出たときの寒さに身体が本能的に季節を感じ取っているのだろう。

起きる様子のないナギニに、無理をさせてしまったのではないかと少し眉を寄せた。

これからは、もっと注意して行動しなければ。彼女に迷惑をかけないように。

じっと動かないナギニに微笑みを向け、私はベッドから足を下ろす。

休日の今日くらいは、少し気晴らしをしよう。

ハリーはクィディッチの練習ということであるし、おそらくハーマイオニーは勉強をしていてロンはまだごろごろと眠っているはずだ。

気持ちを入れ替えるための気分転換。

私は自分自身にそう告げ、服を着替えてからグリフィンドール寮の部屋から出ていった。



「ん…どこ、行こうかな。」



寮から出たものの、特に行く先を決めていなかったのでふらふらと歩き続けていた。

目的もなく、広く壮大なホグワーツ城を巡る。

それは気晴らしにはちょうどよかったのかもしれないが、さすがに限度というものがあった。

迷わせたいのではないかと疑ってしまうほど、この城は果てがない。

このまま歩き続けていても、何時間かは暇をつぶせるだろう。

けれど、その前に私の足がつぶれてしまいそうだ。

何かと運動不足ではないかという疑惑を抱くきっかけになることが多い。

自然と口からため息をこぼし、私はぴたりと足を止めた。

もっと体力をつけなけれないけないだろうか。いや、それは考えるまでもなく当たり前なのだろう。

人を守るためには、それなりに強くならなければならない。精神的にも、もちろん肉体的にも。

私の場合――自分で言うのもなんだけれど――、魔力はある方だ。それを感じ取れる皆のおすみつきもある。

精神的には、足りないところもあることは重々承知だが、理性を利かせて考えているつもりだ。

しかし肉体的には、ずっと邸に籠もりきりであったり、定期的な運動もしていなかったので衰えているのは当然のこと。

それを目の前に突きつけられ、私はまた重いため息を吐き出した。

すると、後ろから冷たい廊下を歩く靴音が響いてきた。

確かに近づいているその音に私はふと顔を上げ、後ろを振り返る。

その人物を見て目を見開くのとともに、胸の鼓動が静かに深みを増したのを感じた。



「セ、ブ…ルス…。」

「…っ、」



立ち竦んでいるのが私だと気づいたのか、それとも私の声が耳に届いたのか、彼はおもむろに目を見張っていった。

彼が声も出さずに私の名前を呟くのを見て、私は薄く微笑みをうかべた。

そういえば、セブルスとは顔は合わせていたが話していなかったことを思い出す。

あの時――アルバスが私をホグワーツへ誘いに来た時――にもセブルスはいた。

ひっそりと、何の言葉も発さずにただ部屋の片隅に空気のように存在していた。

けれどその表情は、何かを考えているような、思い詰めているような様子だった。

じっと向けられていた瞳に、ズキンと胸が痛んでいたのを、今でもよく覚えている。

また、それとよく似た痛みが胸に走った。



「…久しぶりですね、セブルス。」



正直、セブルスとどんな顔をして話せばいいのかよくわからない。

それでも微かに微笑みをうかべて言葉を発すれば、セブルスは瞠目した。

セブルスは戸惑ったような様子だったが、だんだんと落ち着いていった。

ふとその視線が横にそらされたのでそちらに顔を向ければ、ちょうど地下室に続く階段の前にいた。

いつの間にか、こんなところまで来てしまったのかと内心舌を巻く。

教室に行こうとするセブルスの邪魔はしていられないと思い、私は一、二歩下がった。

今はまだ、セブルスとちゃんと話せる自信がない。

まだ、なんとなく、恐ろしい。

それは時間が解決してくれるようなものでもないことをわかっていたが、それを信じることしかできなかった。

セブルスがゆっくりと階段へ近づいていくのを感じ、私は逃げるように身を翻した。



「アリス…茶でも、飲んでいったらどうだ。」



呼び止めるようにかけられた言葉に、私は無意識に生唾を呑み込んでいた。

それは、話をしようという誘いだろうか。

私は時間に縋り話すことから逃げたが、セブルスはそれをしようとしなかった。

おもむろにセブルスの方へ身体を向けたが、セブルスは行く先を見ていたのでその表情は詳しくわからない。

けれどその言葉が様々な覚悟の上で成り立っているということに気づかないほど、私は鈍感ではなかった。

静かに瞳を伏せ、心を決める。

微かに微笑みをうかべて、私は頷いた。

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