「一体何考えてんだよ!学校にあんな化け物、閉じ込めとくなんて!」
「どこに目をつけてるのよ!怪物の足元見なかった?」
「足なんて見てる暇ないよ!頭を見るので精一杯さ!
気がつかなかったの!?頭が3つ!」
寮に入った瞬間、ロンが声を荒げた。
その声にハーマイオニーがぴくりと反応し、ロンに負けじと大きな声を上げる。
その言い合いを聞きながら、私とハリーは暖炉の前にあるソファーに無意識に歩み寄っていく。
まだ、ハリーは私の手を離さないように握っていた。
ロンの言葉に、ハーマイオニーは呆れたように大きなため息を吐いた。
「…あの怪物の足の下に仕掛け扉があったわ。何かを守ってるのよ!」
「…っ、」
「何かを守ってる?」
やはり、観察力のあるハーマイオニーは気づいてしまった。
あの場所に三頭犬がいるということは、あそこが隠し場所になっていることに間違いない。
そしてハリーがそのハーマイオニーの言葉に反応したことも、私の心に重くのし掛かってきた。
やはり、あの部屋に入ってはいけなかった。
この三人は、何かあれば――もうあってしまったが――あのことに関わろうとするだろう。
しかし、それを思ってももう遅いのだろう。
私はただ立ち竦み、ハリーの手から加わっている力が強まったことにも気づけないでいた。
「その通りよ。じゃあ、失礼していいかしら?もう寝るわ。
あなたたちに付き合ってたら命を落としかねないもの!もっと悪くすれば、退学ね。」
ハーマイオニーはハリーとロンの顔を見比べ、早足に私に近づいてきた。
そしてハリーが私の手を掴んでいるのをみて顔を歪める。
結構な力を込めて、ハーマイオニーはハリーの手を叩いた。
「痛ッ…。」
叩かれたハリーは私の手を離し、その離された手を素早くハーマイオニーが掴む。
反射的に手を押さえたハリーを見て、ハーマイオニーはフンと鼻を鳴らした。
ハーマイオニーの心が今まで以上にこの二人から離れてしまったのは確信的だと言ってもいい。
「アリス、行きましょう。」
「っ、あ…ぅ、ん。
ハ、リー…ロン、おやすみ…っ。」
「…うん、おやすみ。」
「おやすみ、アリス…。」
この二人の心も、ハーマイオニーから遠ざかってしまったと私はひしひしと感じていた。
呆然としている二人に、私は無理にでも微笑みをうかべる。
二人の言葉を聞き終わらないうちにハーマイオニーは扉を開き、私の手を引いて引っ張り込んでしまった。
パタン、という乾いた音が響き、私とハーマイオニーは女子寮の中で深く息を吐いた。
怒りで興奮しているのか、頭に血が上っているのであろうハーマイオニーは私の肩を掴み、ぐらぐらと揺さぶり始める。
「アリス、もうあの2人と関わっちゃだめよ!
次はどんなことに巻き込まれるかわからないわ!」
「ん、む…っ、それは…約束できないよ。」
「どうして!今回、わたしたちはあの怪物に噛み殺されるところだったのよ!」
「それでも…私は、…。」
「…。」
彼らを見捨てることはできない。どんなに自分が危険な目にあっても、彼らを守り続けなければ。
静かに胸に刻み込めた言葉が雰囲気でもわかったのか、ハーマイオニーは私の肩から手を離した。
そして戸惑ったように視線を泳がせる。
そんなハーマイオニーに、私は穏やかに微笑んだ。
「でも…ハーマイオニーは、無理に私に付き合ってなくてもいいからね。」
ハーマイオニーは頭のいい魔女だ。
何が自分にとって安全で危険なのか、自分で判断がつく。
危険に飛び込んでいく私にいつまでも付き合っていなくてもいい。
そう言うと、ハーマイオニーは辛そうに眉を寄せた。
そして噤ませた口をゆっくりと一言一言言いきかせるかのように開く。
「…アリスを放っておけないわ。」
「でもっ、」
「いいのよ。わたしが自分で決めたことだから。」
今度は、私は言葉を失う番だった。
そんなことをハーマイオニーが言ってくれるなんて思ってもいなかった。
胸が温かくなり、心地いい鼓動に私は微笑む。
「ありがとう、ハーマイオニー。」
「そんなこと、当たり前じゃない。……だもの。」
「ぇ…?」
「な、なんでもないわ!」
ハーマイオニーは何かを言ったようだったが、その声が小さく聞き取ることができなかった。
首を傾げればハーマイオニーは頬を真っ赤に染めながら首を振る。
そして誤魔化すように顔に笑みをうかべた。
ハーマイオニーは後ずさりするように寝室の扉に近づいていきながら、私に向けて口を開く。
「アリス、もう夜も遅いし疲れてるでしょ?
は、早くベッドに入って寝た方がいいわよ!」
「っえ?ぁ…ぅ、うん。」
「じゃあ、おやすみなさいアリス!また明日。」
ハーマイオニーはそう言うや否や、駆け込むように寝室に入っていってしまった。
私はその場に取り残され、ハーマイオニーの寝室の扉を見つめながら首を傾げた。
ナギニが頭を上げこちらを見たので、混ざり合う感情に苦笑をこぼしながら私も寝室へ入っていった。
寝室は薄暗かったが私が入ると隅の方にあるろうそくがぽっと明かりを灯した。
その薄暗さ、火のオレンジの光に、先ほどのことが頭にうかび上がった。
三階の、入ってはいけない立ち入り禁止の廊下。
あの時入ってしまうことは簡単に予測できたはず。
なぜ、どうして。その時まで忘れていたのだろう。
私は自責の言葉をかけながら、ベッドに腰を下ろした。
ナギニがズルズルとその身体をベッドのシーツの上に沈ませる。
『ナ、ギニ…私、もう…っ。』
私は無意識のうちに、声を震わせていた。
心の中でぐちゃぐちゃと様々な感情が混ざり合っている。
自分でも、どうしたらいいのかわからない。
私の記憶は消えているのだろうか。
彼らを守れなくなってしまうのだろうか。
縋るように手をのばした私に、ナギニはあやすように言葉をかけてきた。
『アリス、落ち着くんだ。よく考えて。
一時の感情に身を任せるんじゃないよ。』
「ぁ、っく…ぅ。」
『いいかい、自分がしようとしていることをよく考えるんだ。
それは簡単にできることかい?』
ナギニの言いきかせるかのような言葉に、私は息を詰まらせた。
未来を変えること。彼らを守ること。
それは、口に出して言うことはとても簡単だ。自分の気持ちさえあれば言える。
けれど現実はどうだろう。自分の気持ちがあっても、思い描くとおりに全てが進むわけじゃない。
それはとても、とても難しいことだ。
私は静かに首を横に振った。
ナギニはそれを見て、優しく穏やかな声で囁く。
『思った通りだよ。急がなくていい、ゆっくりやるんだ。
自分の望むものを、しっかりと見据えてね。』
『っん、…ぅん。』
私はナギニの言葉に深く呼吸をし、頷いた。
ゆっくりと、急がずに。それを何度も心の中で繰り返す。
そうすれば詰まっていた息も楽になり、だいぶ余裕が持てる。
そうだ。まだ私は覚えている。これから起こることを。
忘れてなんかいない。大丈夫、薄れてるだけ。
十年も経っているから、それは当たり前だ。
私は、ちゃんと思い出せてる。
まるで催眠術をかけるように自分自身に言いきかせた。
何度もなんども、繰り返しながら。
やがて夜も更ける頃、私は眠ってしまっていた。
そんな私をナギニの冷静に輝く黄金の瞳が見つめ、それはゆっくりと細められる。
その部屋を薄明るくしていた光は自らを支えるものがなくなり、ジュッと一瞬音を立てて闇に消えた。
賢者の依存
(ただそれだけに、縋りすぎていた)
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