部屋は何も変わっておらず、あの邸の部屋がグリフィンドールカラーに染まっているかのようだった。

ただ、机の上には以前用意された教材があの日のまま並べてあり、新たに一年生の教材が積んで置かれていた。

部屋にはぽつぽつとろうそくがあり、それは温かなオレンジ色の光を部屋中にあてていた。

私はベッドに近づき、ナギニをそこに下ろす。

ナギニはしばらく下りて落ち着いていなかったので喜んでいるようだった。

しかし部屋を見回しながら、ぽつと一言呟いた。



『気持ち悪いね。』



その言葉に、私は堪らず笑ってしまった。

確かに、あの部屋のデザインを"彼"がしたのであれば、瓜二つのこの部屋はおかしく見える。

よりによってスリザリンカラーの緑と銀ではなくグリフィンドールカラーの真紅と黄金だというところがさらにそれを増していた。

誰もいないこの部屋は私とナギニにとって唯一気が抜ける場所だと言っていいだろう。

私はナギニの隣に腰かけながら、ローブから杖を取り出した。



『ナギニ、ホグワーツはどうですか?』

『どうもこうも…小僧と小娘ばかりでうるさくて仕方がないよ。』

『そう、ですよね。
でも…来てくれて、ありがとうございます。
ナギニがいてくれるだけで、心強い…。』



杖を枕元に置きながら言えば、ナギニは大きなため息を吐いた。

それに関しては否めない。あの邸にいた時のような静かな暮らしとはほど遠いからだ。

けれどナギニはそれでも着いてきてくれた。私はそれが嬉しくて堪らない。

微かに微笑みながら呟くと、ナギニはズルと這い寄ってきた。



『まったく…頼まれたことをすべてやろうとするんじゃないよ。
そんなことは不可能に近いさ。人間だからね。』

『……でも、私はハリーを…。』

『それで自分を捨ててしまっては意味がないじゃないか。』

『…。』



ナギニの静かな言葉に、私は何も言えなくなった。

私はそれでも構わない。

そう言いたいが、心のどこかで言いたくないという気持ちが叫んでいた。

怖い。自分が壊れていくのは、怖い。

そう思って保身してしまうのは、私が愚かだからだろうか。

私は自然と顔を俯かせていた。

それでも、わかっている。そんなことではハリーを守りきれないと。

やるせない思いに唇を噛めば、ナギニが私の身体を包むように這ってきた。



『そういうことは一人で簡単にできるようなものじゃない。
アリス…あんたがあの小僧たちを守るのを、自己犠牲の上に成り立たせていいのかい?
自分を大事におし。たとえ何があろうと、アリスは私の可愛いアリスのままさ。』



ナギニの温かい声に、私は胸がふるえるのを感じた。

一人ではない。それだけでこんなにも気持ちが救われる。

私はナギニを撫でながら、微かな笑みをこぼした。

ナギニは安心したように私から離れ、私はローブから手紙を取り出した。

ドラコから渡された、ルシウスとシシーからの手紙だ。

なんとなく眠く頭がぼんやりとしているが、今日のうちに目を通しておこうと手紙に手をかけた。

封を開け中の手紙を出せば、ナギニがふとのぞき込んできた。



ーーーーーーーーーー

親愛なるアリス。


君がこれを読んでいるということは、本当にホグワーツに入学したんだね。

君が一体何をしようとしているのかはわからないけれど、無理はしないように。

ドラコにこの手紙を預けるから、この手紙が君の手元にあるのならもう会ったんだろうね。

あの子は世間知らずだから私とナルシッサはとても心配なんだ。

だからどうか様子を見ていてほしい。

よかったらそれを私たちに教えてくれないかな?

気が向いたときでいいから、よろしくね。


それと、どうか君が私の敵にならないように願うよ。

今までのことでもう、君は私とナルシッサの子供のように思えてしまったからね。

だから、戦いたくはないんだ。

けれど一番心配なのは君の身体のことだよ。

君はすぐに無理をするからね。

辛いと思ったら、その時にしっかりと休むんだよ。

本当はそう思わないことが一番だけれどね。

じゃあ、元気でいるんだよ。


P.S.クリスマス休暇は家に泊まりに来るといい。ナルシッサも待ってるよ。

ーーーーーーーーーー



手紙は流れるような文字でそう書いてあった。

私は読んでいるうちに口元に笑みをうかべていく。

心配されている、という事実に胸が温かくなるのを感じた。

ナギニは黄金に輝く瞳をこちらに向け、言い聞かせるように口を開いた。



『あんたは一人じゃないさ、アリス。』

『っ、ぅん…!』



ナギニは私の考えていること、ほしい言葉を何でも知っている。

私はそんなにもわかりやすいのだろうか、と思ったが長年一緒にいるからだろう。

私はベッドから立ち上がり、ローブを脱いでハンガーにかけておいた。

クローゼットを開ければ、普段着ていたようなブラウスとスカート、ワンピースがある。

その横にひっそりとネグリジェがあったので、私は制服を脱いでそれに着替えた。

ネグリジェはシシーが買ってきてくれたりしていたので着るのには慣れている。

左手の手袋を外すと、もとよりも幾らか薄く見える印が姿を現した。

私は印を見つめながら、ナギニのいるベッドへ足を向ける。



『ナギニ…卿は、ちゃんと、かえってきますよね…?』



未来を知っている。皆の未来、そして"彼"の未来を。

彼はハリーが四年生の時に身体を得る。

それはわかっている。知っている。

けれど何となく不安になり、私はナギニに聞いていた。

ゆっくりとベッドに座り足をかけると、ナギニは優しく諭すかのように言った。



『あぁ。主人はかえってくるよ。
だからアリス、信じていておくれ。』

『…ん。』



ナギニの言葉に、私はしっかりと頷いた。

そしてベッド横になり、布団を身体にかける。

布団の上に這い寄ってきたナギニの頭に、私は小さくキスを落とした。

ナギニはそれに応えるように顔を私の頬にすり寄せる。

私はくすと笑いながら、ナギニに囁いた。



『おやすみなさい。』

『おやすみ、アリス。いい夢を。』



私達はそう交わし、静かに瞳を閉じた。

明日からは授業が始まる。しっかりと気を引き締めなければ。

私は深く息を吐いて心地いい眠りに身を預けた。

部屋のろうそくが消える頃には、私はすっかりと眠りの中に落ちてしまっていた。





賢者の覚悟

(ずっと誰かに頼りきりではいけないと)

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