「こんばんは。久しぶり、ですね。」



穏やかな笑みをうかべながら、私は口を開いた。

アルバスは相変わらずあの透き通るような淡いブルーの瞳を輝かせている。

すべてを見透かすかのような瞳にドキリと心臓が跳ねたが、見透かされて困ることなんて今の私には存在しない。

静かに息を吐き、アルバスの隣に視線を移した。

ミネルバ・マクゴナガルは警戒したようにこちらを見つめていて、そういえばまともに話したことはなかったと気づく。

隠すように握られている杖に、思わず苦笑した。

アルバスと彼女の後ろにはひっそりとセブルスの姿があった。

セブルスは私を信じられないような瞳で見つめている。

私がこちら側の人間であったことは、すでにアルバスから聞いているだろう。

それでもおそらく、彼は半信半疑だったに違いない。

この邸に私はいないと。私であるはずがないと。

それに加え、あの頃に比べて多少大人びてはいるが過ぎゆく年月においていかれたように変わらない私の姿に戸惑っているのだろう。

私は視線を下げ、ふと心にうかんできた懐かしさに口元を緩めた。



「アリス、久しぶりじゃのぅ。」

「アルバス…卿は、この邸にはいませんよ。」

「あぁ、知っておるよ。」



優しく呼びかけるかのような声に、私は薄く微笑んだ。

その声は何も変わっていない。落ち着く響きも、含んだような深さも、様子を見るような慎重さも。

彼の変わったところといったら、その容姿だろう。豊かに蓄えられた髭も髪も、白に染まっている。

目元のしわも幾らか増えている気がした。

そのことがどこか寂しく感じる。

私はきゅっと縮んだような胸を感じながら、口を開いた。

本当に、彼らが卿を探しているとは思っていない。

ただこの苦しく締め付けられた胸の緊張を解したかった。

アルバスは優しくあの瞳を細めながら私の言葉に反応を返す。



「じゃあ…私を、魔法省に差し出しますか?」

「大丈夫じゃ。そのようなことはせん。」

「そう、ですか…。」



私が何を言っても、アルバスは穏やかに微笑んでいる。

まるで、ひとり震えて怯えている傷ついた獣を安心させようとしているかのように。

彼の横では注意深くこちらをうかがっているマクゴナガルがいた。

私は顔を俯かせ、アルバスの温かい視線から逃げようとする。

あの瞳がなぜか恐ろしかった。

すべてを見透かす瞳。あの瞳に映れば、すべて許されてしまうような気がして。

私にはそんな価値はない。許される権利なんてない。

掠れる声を絞り出し、私は呟いた。



「今は、何年ですか…?」



ぽつと呟かれた言葉に三人が驚いたのを感じた。

しかしこの言葉は真実だ。今が何年であるか、しっかりとした確信が持てない。

じっと待つ私に、ゆっくりとアルバスが言葉を紡いだ。



「今は、1991年じゃ。」

「1991年…。」



やはり、もうそんなにも経ってしまっていたのか。

卿が失踪して十年。そして彼らの息子、ハリー・ポッターが学校へ入学する年。

私の記憶が間違っていなければ、だが。

私は記憶と照らし合わせるように、おもむろに口を開いた。



「ハリーは、元気ですか…?
今年、入学ですよね。」

「ッ…!」

「ミネルバ、大丈夫じゃ。
…彼は元気じゃよ。今年入学する。」

「そぅ、ですか…よかった…っ。」



私がハリーの名を出した瞬間、この部屋に緊張が走った。

私がハリーを憎んでいると思っているのであろうマクゴナガルは、彼の名を出すと杖を構える。

しかしそれをアルバスが制し、マクゴナガルは杖を下げた。

アルバスの答えを聞き、私はほっと胸を撫で下ろした。

彼は、元気。ということはダーズリー家に預けられ虐げられながらも、しっかりと成長したということだ。

安心に涙腺まで緩み、涙があふれそうになった。

涙は何とか堪えるが、胸が熱くなり思わずしゃくりあげる。

けれど考えれば、彼が苦労したのは私の責任もあるだろう。

卿を止められなかった。ゴドリックの谷に行き彼の両親を殺害することを許し、彼を孤独に追い込んでしまう道をつくってしまった。

私は無意識に震える手を押さえ、視線をさ迷わせた。

その時、ふとアルバスの瞳と目が合ってしまう。

あの綺麗に輝く瞳が咎めるように細められ、私は肩を跳ねさせた。

夢中で私は弁解するように口を開く。



「ご、め…ごめん、なさい…。
私、彼を…卿を、止められなくて、行かせてしまって…っ。
こうなること、知ってたのに…ジェームズとリリーが、っ…ごめん、なさい…!」

「…。」



私は塞ぎこむように頭を抱えた。

この気持ちは、何度も味わってきた。毎晩というほど。

後悔。懺悔。悲壮。空虚。

ぶり返しのような感情に、私は胸を熱くさせた。

だめだ。おさまらない。よくなったと思っていたのに。

私は息を乱しながら、ごめんなさいと繰り返した。

そんな私の姿を見て、呆然と立ち竦んだ彼ら。

困惑した雰囲気の中、マクゴナガルの持っていた杖が手からすべり、からんと軽い音をたてた。

するとズルと何かが這う音が部屋の中で響く。

何の音かと彼らが視線を向ければ、ベッドの下からナギニが姿を現した。

彼らはナギニを見て驚いたように息を呑み、目を見開く。

その様子を気にもとめず、ナギニは私の身体に這い寄った。



『アリス、泣かないでおくれ。
アリスは悪くないさ。そんなに抱え込む必要はないよ。』



あやすような声、ナギニのひんやりと冷たい身体に私はひゅっと空回る息を落ち着かせた。

いつもこうだ。

私が暴走すると、ナギニは優しく諭してくれる。

身体に巻きつくナギニの身体を、返事をするように撫でる。息は落ち着いても、声がまだ出せない。

ふと視線を前に移せば、訝しそうに眉根を寄せたマクゴナガルとセブルス。

アルバスは複雑そうな表情をしていて、そういえば彼は蛇語(パーセルタング)を理解できたのだということを思い出した。

私は深く息を吐き、彼らを上目で見つめる。



「すみ、ません…取り乱しました。」

「…アリス。」



自嘲気味に笑みをこぼしながら言えば、アルバスが静かに呼びかけた。

その声の深さに、私は真剣な瞳を向ける。

心惹かれるほど綺麗な瞳がこちらを見ていて、それはゆっくりと細められた。



「それほど悔い、懺悔しておるのなら…彼を守ってはくれんか。」

「ハリー、を?
それは、私にホグワーツに入学しろということですか…?」

「そうじゃ。」



その言葉はまるで、許されたいのならそれなりのことを行えと言っているかのようだった。

いや、彼のことだからそれがその言葉に隠された真意で合っているだろう。

私は静かに苦笑をこぼし、呟いた。



「アルバス…あなたは本当に、ひどい人ですね。
…いいですよ。その話、受けます。」

「!」



これ以上、犠牲者を増やしたくはない。

卿は必ずハリーと接触を図ろうとする。

それならば、私はハリーの傍にいた方がいいだろう。

ジェームズとリリーの息子。

会ったことはないが、彼のことならよく知っている。

彼らを守れなかった分も、私はハリーを守る。

ハリーの友人達、ホグワーツの生徒・教員達、すべてを守ってみせる。

もちろん、私が世話になった人達もだ。共に日々を過ごした人達。

そして、愛おしい彼も。

私は、すべてを守ってみせる。

もう一度私は強く心の中で呟き、瞳を伏せた。

そんな私を、セブルスは心配げな瞳を向けて見つめていた。





賢者の決意

(それがたとえ、自分の身を滅ぼす結果に繋がっても)

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