無気力な日々が続いた。

彼がいない。卿が、近くにいない。

落ち着かない毎日。悲しくて我慢ならない毎日。

喪失感を抱きながら、私は毎日を過ごしていた。

そんな私の面倒を見てくれていたのが、マルフォイ夫妻。ルシウスとナルシッサだ。

彼が失踪してから、魔法省が今までの取り返しをするように躍起になって死喰い人(デスイーター)と疑われる人物を尋問し始めた。

彼の失踪の知らせを聞き居場所を探すためにロングボトム夫妻を拷問し、ベラと夫のロドルファス・レストレンジ、その弟のラバスタン・レストレンジ、バーテミウス・クラウチ・ジュニアがアズカバンでの終身刑を言い渡された。

尋問にあったのは彼女らだけではない。

疑わしい人物は根こそぎ魔法省に呼び出された。

ある者は彼への敬愛にその存在を主張し、ある者は吸魂鬼(ディメンター)が看守をしているアズカバンを恐れ、ヴォルデモート卿に服従の呪文で無理強いされていたと主張した。

もちろん、ルシウスとてそれは例外ではない。

彼がいなくなってすぐ、ルシウスも魔法省への出頭を命ぜられた。

ルシウスは決して自分の意志でしたことではないと言い張り、彼からの援助金もあってかその証言は重視された。

ルシウスには一歳になって間もない息子、ドラコがいる。

ルシウスとナルシッサはドラコを溺愛しており、それは私ですら呆れてしまうほど。

すっかりと父親の顔をしているルシウスは八年前よりも確かに大人になっていた。

二人からドラコに向けられる愛情。

その愛情はしっかりと感じられるほど、私にも向けられていた。

面倒見のいいルシウス。彼にはすっかり、娘のように扱われるようになってしまった。

ルシウスの妻のナルシッサ。彼女はおしとやかで、とても心配性で、いい母親だと感じさせる。

そんな彼女がベラの妹であると思うだけで、胸が温かくなる。

彼女も私によくしてくれ、私は彼女に感謝の意を込めてシシーという愛称で呼ぶことにしている。

ルシウスとシシーの息子のドラコは、母親譲りのプラチナブロンドの髪をしていて、その瞳は薄いグレー。

髪以外はルシウスに似ていると感じさせる。

彼は無邪気だがとても臆病で、何かあるたびよく泣いていた。

それをあやす役にはなぜかよく私が選ばれ、すっかり彼の世話に慣れてしまっていた。

幸せだった。不安など何一つない時代が訪れ、そこで夫婦円満な家庭に恵まれて。

けれど、私がそんな場所にいてもいいのだろうか。

なんの不安も感じることなどなく過ごすようになってもいいのだろうか。

そんなことを考え出したのは半年も経たないうちだった。

いつしか、こんな幸せな場所にいては彼を忘れてしまうのではと不安を抱くようになった。

不安で仕方がなくなり、私はその気持ちを二人に打ち明けた。

二人は優しく微笑みながら、ここにずっといてくれてもいいと言ってくれた。

それでも私は無理を押しきり、マルフォイ邸を出ることを決めた。

それは彼が失踪して一年が経とうとしている頃だった。

私が向かう先はただひとつ。彼の邸。

思い出のたくさんある、私の部屋のあるあの邸だ。

おそらく魔法省が何度か調査に入っただろうが、それほど乱れていないだろう。

そう思いながらあの邸に姿現わしで入り込む。

何らかの呪文がかけられていることを感じ、私は打ち消すように新しく保護呪文をかけた。

私が心を許す人以外が入れないように。この邸の存在すら感じさせないように。

その魔法はよく効いたようで、この邸に足を踏み入れたことのあるのはルシウスとシシーくらいだろう。

二人は私が邸を出てからも、何かと面倒を見に来てくれた。

話し相手になったり、ご飯を持ってきてくれたり。

旅行へ行こうと誘われることもあったが、この邸を離れたくはないので家族旅行にしたらどうだと提案したりした。

そんなある日、邸に何かが入り込んだ気配がした。

それでも入れるということは、私が何らかの接触をしてきた人物だということだ。

その人物と出会い、私は喜びをあふれさせた。

ナギニだった。今まで、嫌な気配に隠れて過ごしていたのだという。

この邸の中にたったひとりではなくなり、とても心強く感じた。

しかし、それも夜になると崩れ去る。

楽しげな空気は消え、私はひたすら塞ぎこむ。

そんな不安で仕方のない私をナギニは見放さず、隣に居続けてくれた。

それから何年たったのかはもうわからない。

ただ感じるのは、過ぎゆく季節だけ。

私の身体は変わることを知らず、時おりシシーが持ってくるドラコの写真に時の流れを感じていた。

その成長がとても嬉しく、そして何も変わらない自分が惨めでならなかった。

今は、何年なのだろうか。

昼間にシシーが持ってきたドラコの写真を見ながら、ぼんやりと考えた。

写真の中のドラコは小難しい顔をしていて、幼いながらのその様子に笑みを綻ばせた。

ドラコも成長し、大きくなった。ほんの少し前まで一歳、二歳だったのが信じられないくらいだ。

くすくすと笑えば、隣にいるナギニが静かに這い寄ってきた。



『なんだい、今日はずいぶんとご機嫌じゃないか。』

『そう、かな…ふふっ。』



そういえば少し前、シシーが珍しくルシウスと言い争いをしたと言っていた。

言い争いと言っても、あの二人は仲がいいのでそれほど激しいものではないだろう。

シシーの話によると、息子のドラコの学校のことだった。

普通なら母校であり信用も厚いホグワーツ魔法魔術学校に入学させるだろう。

しかし、それがルシウスの意見と合わなかったらしい。

ルシウスは、闇の魔術に力を入れているダームストラング専門学校に入学させたがっているとのことだった。

結局はルシウスが折れたらしいが、その話を思い出して私は考え耽った。

入学の話がでていた。ドラコも十一歳になり、入学許可が下りたということだ。

ということは、同年であるハリーも入学する可能性があるということになる。

黙りこんだ私を見てナギニは静かにこちらを見つめる。

そちらに気を向けた私は、くすとナギニに笑みをこぼした。



『はやい、ですね。』



時間が経ってしまうのは、信じられないくらい早い。

そう言った私に、ナギニはきゅっと瞳孔を細めた。

すると突然、部屋の中に弾けるかのような音が響きわたった。

バシッという独特な音。その正体が何であるのかは考える必要もなく理解できた。



「姿現わし…。」



何度も使ったことがある。

初めはあの巻き込まれるような感覚に慣れなかったが、今ではすっかり使いこなせる。

私は音のした方に顔を向け、ナギニをベッド下へと隠した。

扉近くの隅に、三人の姿が現れた。

アルバス・ダンブルドア、ミネルバ・マクゴナガル、セブルス・スネイプ。

彼らの姿に、私は静かに笑みをこぼした。

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