だんだんと意識が上っていく。

深い眠りから起きていく感覚を、私はじっと待っていた。

まぶたに目隠しされた世界は暗く、自分がどこを見ているのかすら曖昧にしてしまう。

私は一度まぶたをぎゅっと閉じ、身体が意思通り動くかを確かめた。

私の命令に身体は従い、私のまぶたには力が入る。

私はほっと息を吐き、ゆっくりとまぶたを開いていった。

薄暗い部屋の中はものが見えにくく、はっきりと見えるまでにしばらく時間が必要だった。

それでも私は周りを見回そうとした。

なぜそれをしようとしたのかは自分でもわからない。

ただ、無意識に目を天井以外に向けていた。

ふとその行動をして、私は絶句した。



「ぇ…?」



自分が何を見ているのか、信じられなかった。

これは、夢だろうか。

勢いよく上体を起こし、荒く息を吐いた。

うまく受け入れることができず、私は目を何度もこすった。

この部屋に私がいるわけがない。なぜなら今までいなかったのだから。

私は、卿からもらった部屋にいたはず。

それなのになぜ、私は"自分"の部屋にいるのだろう。



「…ちょっと、待って……。」



私は呆然と呟き、頭を抱えた。

信じられない。信じられるわけがない。

もとの世界に、戻ってきているなんて。

縋るように周りを見回せば、そんな私を嗤うかのような本達。

自分の枕元には大好きな小説、ハリー・ポッター。

分厚いその本に手をのばし、その表紙をゆっくりと撫でる。

ふと自分の身体を見てみれば、幼さの感じられない年相応の姿をしている。

いつもより髪が長く、背も高く、胸も膨らみをもっている。

私の身体だ。私が十八年間を共に過ごした身体。

頭の方に置いてあるデジタルの目覚まし時計を見てみれば、一時十七分。

その日付に目を走らせ、私は息を呑んだ。

一日しか経っていない。いや、一時ということは実際にはほんの数時間経っただけということだ。

私は呆然と座ったまま、途方に暮れていた。

夢、だったとでもいうのだろうか。

あの日々がほんの数時間、ほんの数十分でおさまるものであったと。

納得できない。あれが、ただの夢?

私は自分の中で激しく巡る怒りを感じていた。

そんなこと、あるはずない。私が、認めない。

彼らは確かに存在していた。私の夢だけでは表せないくらいしっかりとした意志を持って。

私は無意識のうちに布団をぎゅっと握っていた。

ふつふつとわき上がる怒り。それは言い換えれば私の悲しみでもあった。

彼らの未来を変えることは、やはり私ではできないのだろうか。

本当に、夢のように楽しかった日々。

それが定められた通りに壊れ、崩れてしまうのだろうか。

それを思うと、どうしようもない焦燥感に襲われた。



「……っ、そんなの…。」



あんまりではないか。

希望を持たせ、そしてそれが叶うこてはないという現実を突きつけるなんて。

私はおもむろに顔を俯かせ、ぽつと呟いた。



「…………ちが、う。」



それだけではない。それだけでこんなにも悲しいのではない。

それだけで、こんなにも喪失感を感じているのではない。

ただ、彼らと過ごしたあの楽しい時間が夢であることが受け入れられないだけ。

ただ、彼らの傍で過ごしていた日々が恋しく思えるだけ。

ただ、もっと一緒にいられると信じていただけ。

ただ、彼らの傍にいたいと思っているだけ…。

ただ、それだけなのだ。



「…っ、きょ、ぅ…。」



無意識にあふれる涙に、私は唇を震わせた。

そう。結局は、ただ彼の傍にいたいだけ。

あの鋭い輝きを持つ紅の双眸の彼の傍が恋しいだけ。

どんなに着飾った言葉を並べても、私の中に自然と入り込んでくるのはその言葉だ。

止めどなくあふれる涙。そして、彼への気持ち。

いつも夢見ていた。彼に会いたいと。

それが叶って、かと思えば突然奪われる。

そのやるせなさに、涙は止まることを知らない。

ぼんやりと見える薄暗い視界の中、私は夢中で涙を手で拭った。

ふとその手を見て、私は目を見開く。



「ぅ、そ……。」



呆然と呟き、私はその手を食い入るように見つめた。

印が、ある。卿につけられたあの薔薇と蛇の印が。

疼くように蛇が動いてるように見え、私は目を瞬いた。

夢、ではない?

咄嗟に私は首に手をのばし、それを確認して目を見張った。

首輪がある。その存在に、冷たく凍えたものが溶けていくのを感じた。

夢ではない。疑問が確信に変わり、堪らず熱く息を吐いた。



「…っ、ふ……ぁ、うっ。」



胸が熱くなり私は何度もしゃくりあげ、嗚咽をもらす。

我慢できないほどの大きな感情が私の中で渦を巻き、私は流れに身を任せた。

止められない感情が獣のようだ。

とても感じることのできないほどの喜び。そしていつにもなく増した愛おしさに身体が震える。

本人には決して言えない想い。きっと彼はわかっているだろうが、言えば全てが終わるだろう。

口に出すことの許されない想いが、自然とこぼれ出していた。



「卿……す、き…好き、ですっ。」



熱い気持ちに身を任せたまま私は泣き崩れた。

できることなら、許されるのであればもう一度あなたに会いたい。

卿のあの姿を思いうかべながら、私は涙を流し続けた。

やがてそれも枯れ果てる頃、私の体力も尽きて沈むように眠りについてしまった。





ずっと探してた

(あなたに会えるのなら、私は何に縋ってもいい)

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