彼女とふたりきりの空間の中で、私は居心地悪そうに視線を泳がせていた。
彼女には、とりあえず椅子に座ってもらった。立ったままでは気になって仕方がなかった。
彼女は回りを見回し、特別何もないことにつまらなそうな様子をしている。
彼女が敬語をやめて接してくれると言ってくれたのは嬉しかったが、何を話せばいいのかわからなかった。
そもそも、彼女は私をどう思っているのだろう。
それが気になり、私はちらと彼女に視線を走らせることを続けていた。
ふと、手に持った杖に視線を移す。
杖を持ったのはいいが、特に使う理由もない。
枕元に戻そうかとも思ったが、杖を出すと私が変に警戒していたと思われてしまうだろう。
杖を指先で遊ばせながら考えていると、彼女が視線だけをこちらに向けて言った。
「杖を持ったことなんて最初から知ってるよ。
今さらどうしようという気なんて起きないさ。」
「っ!」
「アンタは隠すのがヘタだね。」
クックッと笑われ、私は顔が真っ赤になるのを感じた。
彼女の、艶っぽい声にあてられたようにぼうっとする。
同性の私にでも、彼女の魅力が痛いくらいにわかる。
艶のある黒髪。陶器のように白い肌。鋭い灰色の瞳。
豊かな胸。誘うかのようなしっかりとしたくびれ。
腰から太ももまでのぴったりとしているドレスのラインが、魅力的な女性の身体というものを表していた。
彼女に比べて、私は…。
幼くなったとはいえ未発達の自分の身体を見て、私は顔を俯かせた。
おもむろに杖を枕元に置き、重いため息を吐く。
成長しても、彼女ほど曲線の出た身体にはならなかったはずだ。
女性としての身体的な嫉妬。
それを感じながらも、彼女から目が離せなかった。
彼女はそんな私の視線に気づいたようで、ククッと笑いを噛み殺した。
「やっぱり、隠すのがヘタだ。」
「へっ?ぇっ…ぁ。」
彼女の声にはっとして、目をぱちくりと瞬いた。
彼女の言葉からするに、私の考えていたことは筒抜けだということだ。
私は恥ずかしさで熱くなる顔を感じながら、顔を俯かせた。
けれど彼女が笑っていることに私は内心驚いていた。
絶対と言っていいほど、私は彼女に嫌われていると思っていた。
深い愛情を注いでいる卿の近くにいるのだから。
ドクンドクンと跳ねる心臓を感じながら、彼女の様子をうかがう。
艶やかな空気を纏い、椅子に腰掛けて足を組んでいる彼女。
灰色の瞳は細められ、こちらを興味深げに見ていた。
「ん?なんだい?」
「ぁ、いえ…。
ベラトリックスさん、は…。」
「ベラでいいよ。」
「は、はいっ。
ベラ、は…死喰い人、なんですよね。」
何を聞いているのだ、と私は自分に叱声を浴びせる。
この邸にいるのに、死喰い人でないはずがない。
しかも、彼女はベラトリックス・レストレンジだ。死喰い人の主な人物のうちのひとり。
それはよくわかっている。けれど、口が勝手に動いていた。
彼女――ベラ――に見つめられると、自分が何を言っているのかがよくわからなくなってしまう。
ぐるぐると巡る頭に混乱していると、ベラは堪らない様子で笑い出した。
甲高いベラの笑い声が響き、私はビクリと肩を跳ねさせる。
笑い声を上げたまま、ベラは私に向かって口を開いた。
「じゃなかったら何に見えるんだい?」
「あ、ぅ…そう、ですよね。」
「ほら、印だってあるさ。」
ベラはそう言い、ドレスの緩くなっているつくりの袖口を捲った。
左手首。そこには髑髏に絡みつく蛇の姿。闇の印があった。
黒く疼いているような印に、ぞくっと悪寒が走る。
無意識に、私は左手の甲にある印を押さえていた。
ベラはクックッと笑いながら袖を戻し、椅子に深く腰掛け直した。
「本当に、おかしな子だねぇ。
初めは何も知らないただの小娘かと思ったけど、そうじゃないようだし。」
「ぇ?」
「あのお方の言うとおりだ。」
「…。」
ベラは愛おしそうに袖の上から闇の印を撫でる。
それだけで、ベラがどれだけ卿を想っているのかを理解することができた。
私はベラを静かに見つめ、その言葉に小さく首を傾げる。
卿が私をなんて言っていたのだろう。
気になったけれど、それはベラの声にかき消された。
「それで、アリス…アタシみたいな身体になりたいって?」
「へっ?」
突然雰囲気が変わったと思ったら、ベラは不敵な笑みを顔にはり付けていた。
何気なく名前が呼ばれたので、思わずドキリとしたがそれどころではない。
少し前に考えていたことを繰り返され、私は羞恥に顔を赤く染めた。
嫌な予感がする。いや、もっと言えば嫌な予感しかしない。
スッと立ち上がったベラに、私は戸惑いの視線を向けた。
「ベ、ベラ…えっと、それは…。」
「大丈夫さ、アンタはまだこれからなんだから。」
想像できないほどにっこりと微笑まれ、私は冷や汗をたらした。
何をするつもりなのだろう。
じりじりと追いつめられるかのようにベラが近づいてくる。
ひくっと息が空回るたび、ベラは楽しそうに含んだ笑いをこぼした。
ベッドにベラの足がかかり、私の逃げ道はなくなった。
「でも、一番の成長は…触ってもらうことだね!」
「ふぇっ、ちょ…ベラ!まっ…あぅ、はっ…あはは!っ、くすぐったぃ…!」
ベッドに飛び込んできたベラにのし掛かられ、私は身動きが取れなくなった。
そのまま、ベラの綺麗に整った指が私の身体にのびてくる。
なぞるように脇腹をくすぐられ、私は涙を瞳にうかべた。
こういうのは、昔から苦手だった。
けれど相手がベラで、じゃれ合うようなこんな温かい行為なら、いいかもしれない。
私はどこかでそう思いながら、笑い声を上げていた。
こんなに楽しい時間が次々にやってくる。次は、何があるのだろう。
この世界に来てから新しいものばかり。
楽しくて、時間すら忘れてしまう。
一時間後は、半日後は、一日後は、一週間後は…。
そう考えても、私はずっと楽しい時間が続くのだと信じて疑わなかった。
ルシウス、ベラ、ナギニ、そして卿。ふれ合ったたくさんの人達。
皆がいる。皆がいてずっと、こんな幸せな日々が続くと思っていた。
いつも盲信していた
(与えられたものが限りないものであると)
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