気づけば、私は何となく感じる違和感で目を覚ましていた。
瞳を開ければいつも見慣れたあの天井が目に入る。
けれど、何かが違う、と身体が反応していた。
背中がぞわぞわと落ち着きがない。どうしたのだろう。
私は思いきって上体を起こした。
ぐるりと部屋を見回す。
何か変化があるだろうと思っていた私は、首を傾げた。
何も、変わっていない…。
とするとこの不安のような気持ちはなんだろう。
眉を訝しげに寄せ、途方に暮れたように顔を俯かせる。
その瞬間、私は目を丸くし、思わず息を呑んだ。
「…っ、!」
なに、これ…。
左手の甲に刻まれている"印"に、私は絶句していた。
鮮やかに花弁を広げている薔薇。そしてその薔薇に絡みつくようにしている蛇。
蛇はチロチロと舌を出していて、あの粘るような動きで薔薇を這っていた。
私の頭の中は一瞬で真っ白になる。
これは一体なに。どうしてあるの。
頭がすごい速さで回転する。何も、わからない。
パニックになったかのように息が乱れた。
何も理解できず、自分の状態すらわからないまま、私は声を上げていた。
「ル、シ…ウス…、っルシウス…!
ルシウスっ!!」
何度も、無意識に彼の名前を呼んでいた。
悲鳴にも近い、泣き叫ぶかのような声で。
わからない、わからない、わからない。
どうして、こんな"印"があるのだろう。
そんなことをずっと考えながら、私は何度も名前を呼んでいた。
しばらくするとすぐに扉が開かれる。
彼は戸惑ったような、緊張したような顔で部屋に飛び込んできた。
いつものような落ち着いた様子も、丁寧なノックも何もなかった。
「アリス、どうしたんだい…ッ!?」
ルシウスは大きな声で、はっきりと私に呼びかけた。
けれど私は何も答えることができず、ずっと荒い息を繰り返していた。
頭の中が掻き回されたかのように混乱する。
この印は、なに。
駆け寄ってきたルシウスの服を、私は縋るように震える手で掴んだ。
「これ、は…なに…っ。」
口からこぼれたそれだけの言葉。
たったそれだけで、ルシウスは身を固くした。
その視線の先は私の左手の甲。
言葉につまったルシウスに、私は急かすかのように言葉を紡いでいた。
「ルシウスっ、答えて…!」
そう言う私に、ルシウスは戸惑ったようだった。
薄い灰色の瞳が、揺れていた。
混乱して焦っている私をただ見つめていた。
ルシウスなら何か知ってる。ルシウスなら、教えてくれる。
そんな期待を抱きながら、私もルシウスを見つめ返していた。
ルシウスは緊張したように表情を固くし、そしてふっと緩めた。
諭すかのような瞳。私を真っ直ぐと見て、優しく囁いてくる。
「アリス…昨日のことは覚えているかい…?」
「っ、…。」
昨日は"彼"に魔法を教わっていた。
日が登りはじめた頃から、太陽が落ちるまで。
そう、そこで私は、確かそのまま疲れて眠ってしまった。
そして、目が覚めると部屋にいて、今にいたる。
もしも、何かあったとするのなら…。
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