パコンパコンというボールを打ち合う軽快な音。
丸井の、妙技の後に言ういつもの台詞。
芥川の気分が高揚していることを表す言葉。
ベンチからの歓声。
最後の試合となっているこの試合に、皆は盛り上がっていた。
俺の隣には、静かにまどろんでいるリナリアの姿がある。
先程までの俺の中にあった焦燥感はすっかりと消え、落ち着いた気持ちに包まれる。
俺の手は、リナリアの手と繋がれている。
安心した、とても心地いい気持ちだ。
リナリアが隣にいるだけで、こんなにも違う。
リナリアは俺にとって、精神安定剤のようなものなのか。
そう思い、俺は静かに笑った。
静かに瞳を閉じているリナリアに瞳を移す。
それでもリナリアとは、言葉を交わしていなかった。
俺もリナリアも、何も言わない。
気まずいという感情はなぜかわいてこなかった。
気まずくはない。ただ、今は話すべきではないだけだ。
「なぁ、リナリア。
あの人たちに何もされてないよな?」
赤也がすぐ後ろから、リナリアに話しかけた。
瞳を閉じていたリナリアは赤也の方を向き、眠そうに瞬きをしていた。
そして、きょとんと首を傾げる。
眠気と戦いながら、どういう意味だろうと考えているのだろう。
警戒したような赤也は、言いづらそうに口を開いた。
「えっと、あれだよ…あー。
触られたり、だとか…。」
「…にゃ。」
赤也の声を聞いたリナリアは、ぼんやりとした瞳のまま頷いた。
けれど恐らく、赤也の言った意味も理解していないだろう。
リナリアが頷くと、赤也はピリピリとした警戒を解く。
ほっとしたように表情を緩めながら、軽い声で言った。
「そうだよな!何かされてたんなら潰そうかと思ってたけど。
何もなかったならいいや。」
へへっと笑った赤也に、リナリアは眠そうな顔のままつられるように微笑んだ。
その笑顔に、赤也は更に嬉しそうに笑う。
俺はその様子を横目で見ながら、口元に弧を描いていた。
ふと視線をコートの方へ移すと、ちょうど丸井が一ゲームを取ったところだった。
今は、5-0。俺達立海側が勝っている。
それでも相手の芥川は、悔しそうにしていたが楽しんでいるようだった。
なぜそんなにも楽しんでいられるのだろう。
敗北して得られるものなんて、いいものは何一つないだろうに。
ぼんやりと、冷静にそう考えていた。
負けるわけにはいかない。
俺達は、常勝しなければならない。
そう…何に対しても。
「…。」
俺は軽くリナリアの手を握る力を強める。
リナリアはピクと反応し、閉じた瞳をゆっくりと開いた。
そして俺の顔を仰ぎ見る。少し不安の色がうかんだ瞳。
そんなリナリアに対し、俺は優しく笑いかけた。
認めるまでには時間がかかった。
けれど認めてしまえば、心には余裕ができる。
リナリアを思いやることができる。
リナリアは微笑んだ俺に、少し驚いたようだった。
ぱちりとした瞳から、不安そうな色が消えていく。
そのかわりに、安心の色が広がっていった。
あの綺麗なブルーの瞳が明るく輝いていく。
あぁ…そうだ。俺はリナリアにこの表情をさせたかった。
一点の雲もない、輝いた淡い空色のブルー。
その瞳がよく映える、表情の明るさ。
喜びが俺の心の中で広がる。安堵と幸福感。
リナリアの表情一つで、俺の感情が左右される。
不思議な感覚だ。むず痒いような、ほっと安心したような。
ふふっと軽く笑い声がもれる。
その俺達の柔らかな雰囲気に、近くにいた皆が肩の力を抜いたのを感じた。
「幸村、今日も全勝じゃよ。」
赤也の近くにいた仁王が、口元を緩めて言った。
コートに視線を移すと、丸井がまたボレーを決めているのが目に入る。
確かにそろそろ終わりそうだ。もちろん、俺達立海の勝利で。
「無論だ。我が立海に敗北はない。」
「あぁ。そうだね。」
弦一郎の言葉に、俺は落ち着いた調子で頷いた。
ふと氷帝のベンチが目につく。
向こうは、やはり悔しそうな雰囲気が漂っていた。
けれど芥川のテニスを見守る温かい瞳。信じられなかった。
その瞳に、懸念がわき上がる。
どうしてそんな落ち着いていられるのだろう。そんな温かい瞳で見られるのだろう。
与えられるのは、勝利ではないのに。
モヤとした何かを胸に感じたとき、氷帝の審判の声が高々と響いた。
「ゲームセット!
ウォンバイ立海大付属、丸井。ゲームカウント6-0。」
[ Prev ] [ Next ]