「ッ、リナリア…。」
どうして、跡部達といるんだい?
そう聞きたかったけれど、うまく言葉が口から出てこなかった。
ただ出てきたのは、リナリアと呼ぶ俺の情けない声。
その声を聞いた瞬間、リナリアはビクリと肩を跳ねさせた。
そして恐る恐る、リナリアは顔を上げる。
恐怖を感じている瞳がこちらを見た。
もう、だめだ。その瞳を見て、瞬間的に思う。
元には戻れない。確かに、そう感じていた。
そのとき、リナリアが小さく口を動かした。
「…せ、…いち……。」
「ゲームセット!
ウォンバイ立海大付属、切原・桑原。ゲームカウント6-0。」
リナリアの声は、試合終了の声によってかき消された。
悲しそうに眉を下げた、リナリアの表情。
それでも、俺を呼んだ…。
そのことに、俺の心の中には何とも言えない感情が渦を巻いた。
俺が…俺達が動けないでいると、すぐ後ろから明るい声がかけられた。
「リナリアーっ!
なぁ、見てたか?俺勝ったぜ!って…、」
その声は、赤也のものだった。
一直線にリナリアに向かって駆けてきた赤也の足は、跡部と一緒にいるリナリアを見て止まる。
一瞬で赤也は警戒したように、跡部を睨みつけた。
「なんで、氷帝の部長さんが一緒にいるんスか。」
「アーン?
そんなこと、お前には関係ねぇな。」
「ぁあ?」
「…赤也、やめんか。」
少し頭にきたらしい赤也に、弦一郎が制止の声を上げた。
その声を聞き、赤也は眉根を寄せるけれど一歩引く。
リナリアに目を移しながら、俺は静かに声を出した。
「丸井。次は試合だろう?」
「え?あ、あぁ…。」
次の試合はシングルス。丸井の試合だ。
ここで流れを止めるわけにはいかない。
俺達の私情が原因では、特に。
頷いた丸井を見て、向こうにいる芥川がぱっと表情を輝かせた。
この雰囲気にはそぐわない明るい声で、芥川は口を開く。
「えーっ!
次、丸井君なの?うれCー!
丸井君、よろしく!頑張ろうねー!」
芥川はそう言うとすぐさま駆けだし、氷帝のベンチへ向かっていった。
丸井も新しいガムを口に含み、ラケットを持ってコートへ向かっていく。
けれど、それでも俺達の状況は変わらなかった。
じっと見つめ合い、何も言えない俺とリナリア。
不機嫌そうな赤也。
様子を見ているような跡部、忍足。蓮二、弦一郎、仁王、柳生、ジャッカル。
誰も何も言わず、少しも動かなかった。
そして、試合が始まる声がかかる。
リナリア。君は、俺といるよりそっちにいた方がいいのかい?
リナリアを見つめながら、俺は漠然と考えていた。
俺では、決められない。リナリアがどちらに行くかなんて。
リナリアには、俺の隣にいてほしい。ずっと、変わらず。
けれどそれをリナリアが望まないのなら…。
「リナリア……。」
もう一度、俺はリナリアの名を呟いた。
あの大きな瞳がぱっとこちらをとらえる。
戸惑ったような、そんな瞳。
リナリア、ごめん…すまない。
俺はこれが最後だと、心の中で謝罪の言葉を呟いた。
そして、肩に羽織っているジャージを右手で押さえながら、ベンチへ戻ろうと背中を向ける。
赤也の、驚いたような息を呑む音が聞こえた。
いいのか、と言いたいに違いない。
いい、とは言えない。そうだ。よくない。
でもそれ以上に選択するのはリナリアだ。
俺が勝手に決めることではないし、決めてはいけない。
胸がズキと痛む。
けれど、俺は振り返らないと自分に言い聞かせた。
だめだ。選ぶのは、リナリアだ。
ゆっくりと足を歩ませれば、後ろから複数の足音が聞こえてきた。
皆だ、とほっと息を吐く。とても、心強く感じた。
そしてもう少しでベンチにつく、というところまで来た。
その瞬間、あのずっと聞きたいと思っていた声が、俺の名を呼んだ。
あの澄んだ、高くて綺麗で、惹きつけられる声が。
「…せー、いちっ!」
あぁ…もう、俺は戻れない。
あの、気持ちを抑えながら君を見守り、君と一緒にいる頃には。
好きだ。好きなんだ。
駆け寄ってきたリナリアに対して、強く感じる。
これほどまで、俺はリナリアを好きになっていたのか。
それでも俺は振り返らない。選ぶのは、リナリアなのだから。
腕に、何かが触れた。
それはゆっくりと下がってきて、俺の指に絡まる。
心地いい温かさ。この手は、リナリアだ。
控えめにだけれど、しっかりと力の入れられた手。
そして俺は初めて、横を向いた。
あのリナリアの透きとおる薄いブルーの瞳を見るために。
「リナリア。」
ありがとう。自分勝手な俺を選んでくれて。
もう、君を独りにはさせない。
リナリアによって繋がれた手に優しく力を込めながら、俺は微笑んだ。
こんなに穏やかな気持ちになったのはいつ以来だろうか。
そう思っていると、かすかに後ろから舌打ちが聞こえてきた。
それでも、もう気にはならない。
この温かい存在が俺の隣にいてくれるのならば。
あぁ…これから、どんな日々を重ねていくのだろう。
未来への期待。希望。
それらを胸一杯に感じている俺は、ただ幸せだと感じていた。
君に恋した。
―認めるまでに、時間がかかった―
[ Prev ] [ Next ]