"リナリアがいなくなった"

丸井の口から告げられたその言葉をうまく理解することができなかった。

それなりのことは覚悟していたが、突然のことに頭が働かない。

リナリアがいなくなった?何度も、心の中で繰り返す。

だめだ。頭が追いつかない。

理解できない。イメージできない。

けれどガンガンと痛む頭。

周りを見回してみても、どこにもリナリアの姿は見えない。

その状況が、その言葉が真実であると告げていた。



「ほ、本当にごめん…。
リナリアが水飲みたいって言ったから、連れてったら…途中いなくなって。
今までも探してたんだけど、見つかんねぇんだ。ごめん…。」



丸井はまるで弁解するように口を開いた。

他の皆も、顔を青くしたまま口をつぐんでいる。

俺は何も考えずただ無意識にコート内を見つめていた。

どうすれば、いいのだろう。

俺がベンチを離れて、三十分程度。

リナリアと丸井がベンチを離れた時間はそれよりも後だ。

ということは、おそらく十分は経っているに違いない。

何も言わず、氷帝のベンチへ目を移していた。

けれど、そこに跡部と忍足の姿が見えないことに気づく。

ドクン、と嫌な予感がした気がした。



「…まだ、向こうには言ってないかい?」

「あぁ。お前が来るまではと近くを探していただけだ。」

「そう…なら、いいんだ。」



跡部と忍足はどこへ行ったのだろう。

なぜか二人の行方を気にしてしまう。何のために、どこへ…。

はっと我に返った俺は、こんな状況であるのにと自分を叱りつけた。

リナリアの行方を心配しなければ。

リナリアと氷帝レギュラー陣は、何も関係ないはずだ。

俺は深く息を吸って、酸素を脳へ行き渡らせた。

落ち着け。考えるんだ。今は焦っている場合ではない。

リナリアのことを考えろ。

リナリアならどこへ行く?リナリアはなぜ丸井と離れた?

ぐるぐると同じことを考える。正答は出ないとわかっていても。

そのとき、ズキと胸の奥が痛んだ。

俺がリナリアに辛く当たらなければ…距離を置こうとしなければ。

こんなことにはならなかった。

何かを考えるたび、何度も思ってしまう。

こんなことになるのなら、俺の全てを許しておけばよかった。

"こうすればよかった""ああすればよかった"

思っていたってどうにもならない事実。

懺悔するように、繰り返し祈っていた。

お願いだ。

どこにも行かないでくれ、リナリア。



「…。」



そう思った瞬間にはもう、俺の足はコートの方向とは離れていた。

しっかりと地面を踏みしめながら、俺は足を歩ませる。

リナリアを探しに行こう。

今の俺なら、それができる。



「幸村、どこへ行くんだ。」

「リナリアを探しに行くんだよ。」



反射的に声を出した弦一郎に、俺は早口で答えた。

どこへ探しに行けばいいかわからない。

俺の今の選択があっているのかさえわからない。

けれど、それでいいじゃないか。

俺は俺なりに、リナリアを探し、求めるだけだ。

俺なりにリナリアを大切にするだけだ。

何よりも愛しい、リナリアを。

少し歩き出すと、後ろから複数の足音が聞こえてくる。



「俺も、行くぞ。」

「あぁ。1人よりも効率がいい。」

「っお、俺も行くぜぃ!」

「私たちは待ってます。」

「リナリアが戻ってきたときは、教えるぜよ。」



口々に言葉を放つ皆。

俺は目を見開き、じんと温かくなる胸を感じていた。

あぁ。そうだ。

皆にとっても、リナリアは大切なんだ。

確かにそれを感じながら、緩む口元を動かした。



「あぁ…みんな、よろしく頼むよ。」



そう言うと、皆はふっと笑う。

リナリアを見つけたら、まずごめんと謝ろう。

そして冷たくしてしまった分を取り戻すんだ。

力一杯抱きしめて、もう独りにはさせない。

そう思い、俺は止めた足を動かし始めた。

けれど、その足もすぐに止まる。

驚きの衝撃によって。今自分の見ているものの驚愕によって。



「マジかよ…。」



丸井が後ろで呟いた。

他のメンバーの息を呑む音がかすかに聞こえる。

信じられなかった。どうして。

どうしてリナリアが跡部達といるんだ。

すぐ目の前の植木から姿を現したリナリア。そして跡部と忍足、芥川。

リナリアは顔を俯かせていて、跡部のウェアの裾を握っていた。

ズキ、と胸が痛む。

跡部はふと顔を上げ、俺達をその瞳に映した。

冷たい色をした跡部の瞳。その瞳は一瞬驚きで見開かれた。

そして、ただ立ち尽くしている俺達を見る。何も言えず、動けない俺達を。

その瞳に勝ち誇ったような色がうかんだのを、俺は確かに見た。

どうして。

どうしてリナリアは跡部達と一緒にいるんだ。

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