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――…。



「なぁ跡部、次はシングルスだよな。」



首にフェイスタオルをかけながら、宍戸が呟いた。

先程までは悔しさに顔を歪めていたが、もう落ち着いたらしい。

今コートに入っているのは岳人。そして若。

立海は三年のジャッカル桑原と二年の切原赤也だ。

このゲームも、立海の圧勝か。息を切らしている岳人と若を見た。

シングルスに向いている切原をジャッカルがうまくサポートしている。

立海側の大きなミスがない限り、勝つことは難しいだろう。

こちら側のペアはどちらもプレイスタイルの違いが大きすぎる。

俺はため息を吐きながら、コートから視線を外した。



「アーン?それがどうした。」

「いや…ジローがいねぇと思ってよ。」



その宍戸の言葉で、初めて気づいた。

確かに、ジローの姿が見あたらない。

あいつ、またどっかで寝てんのか?

内心ため息を吐き、眉間を指で押さえていた。



「そろそろ終わりやないか?」

「そうですね…日吉も、向日先輩も疲れてきているようですし…。」



鳳の言うとおり、二人ともやけになっている気がした。

それぞれのプレイスタイル自体も、乱れてきてやがる。

俺は自然と舌打ちしていた。

相手の二人は全く乱れがない。

それどころか、調子をよくしているような気がした。

そこのところは、さすが立海というところか。

向こう側のベンチに視線を移す。

すると、ベンチにいる頭数が少なくなっていることに気づく。

一人は、あいつだ。リナリアと呼ばれている、あいつらが連れてきた不思議な雰囲気をもつ女。

晴れ渡った遙かな空を思わせるような、純粋で綺麗な瞳をもつ女だ。

そして、幸村。ともう一人…あぁ、丸井ブン太だ。

おそらく、あいつと幸村は一緒にいるのだろう。

そう思うと、なぜか苛ついた。気に入らねぇ。

どうしようもない、自分でもわからない気持ち。

耐えきれなくなり、俺はベンチを離れようと立ち上がった。



「跡部、どこ行くんや?」



立ち上がるとすぐ、忍足が口を開いてきた。

苛ついた俺の心情をわかっているかのような声だ。

チッ。やはり、こいつは扱いづらい。



「あいつを探しに行くんだ。」

「ジローか?」

「あぁ。」

「…しゃーないなぁ。俺も行くわ。」



そう言って、忍足は静かに立ち上がった。

別に頼んでもいないだろうと思いつつ、俺は息を吐いた。

そして何も言わず、足を歩ませる。

忍足も何も言わないままついてきた。

宍戸と鳳が呆れたようにため息を吐いたのを確かに聞き、ぼんやりと考えていた。

ジローのやつ、これで何回目だ?

毎日毎日懲りずにベンチから姿を消し、陽の当たる芝の近くの木陰で寝てやがる。

だが、何度も探しに行ったおかげであいつの眠る場所は大体は把握できた。

最近は探すのにも時間はかからない。

今日も、同じような所にいるのだろう。

そんなことを考えながら、コートから離れた並木道に着いた。

すると、後ろにいた忍足が横まで来て、ふっと笑った。



「ジローも、毎日飽きひんなぁ。
探すこっちの身にもなってほしいわ。」



疲れたように、わざとらしく言った忍足に軽く笑ってしまった。

そんなこと、本気で思ってねぇくせに。

そう思ったのが伝わったのか、忍足はさらに口元を緩める。



「なぁ、跡部。
向こうはどうしてあのお嬢ちゃんを連れてるんやろな。」

「…アーン?
そんなこと知るかよ。」



忍足の口から出た言葉に、内心ドキリとしていた。

向こうの――幸村の――考えていることなんざ理解できねぇ。

けれど、それでも幸村があいつに気があることだけは理解していた。

そして、俺に対する挑発も。

俺は静かに笑い、忍足は何となく楽しんでいるようだった。



「ええなぁ。あのお嬢ちゃんかわええし。
見るかぎり、脚もキレイそうや。」

「ハッ。相変わらず…お前も飽きねぇな。」

「いや、これは男のロマンやで。」

「気持ちわりぃこと言ってんじゃねぇよ。」



俺がそう言うと、忍足は驚いたように肩を竦めてみせた。

そして「手厳しいなぁ。」とおどけた調子で言う。

まったく、どういう目であいつを見てたんだか。

ため息を吐くように俺は深く息を吐いた。

身体の力が抜けると、心に余裕が持てる。そのためか、ふと考えていた。

あの女は、幸村の何なのだろう。

甘えるようにすり寄る仕草を見せるあいつ。

幸村が好意を持っていることは確かだが、そういう関係ではないだろう。

二人の世界が違いすぎる気がした。

お互いの気持ちのすれ違い。まさしく、その言葉通りだろう。

堪らず、ふっと笑ってしまう。

忍足は静かにこちらを向いて眼鏡の奥の瞳を細めた。



「なんや、ご機嫌やな。」

「あぁ…まぁな。」



俺にも、その隙間を乱すことはできるということか。

あの淡いブルーの瞳に見つめられた瞬間、俺の中にうまれた興味。

こんな気持ちは初めてだ。

強い電流が迸ったような興奮。

相手には譲りたくないという対抗。

複雑に絡み合う感情。あぁ…気がおかしくなりそうだ。

けれど、何よりも意識が集中してしまう。

目が後を追う。

今の自分の状況がおかしく感じて、笑い出しそうになった。

それでも、忍足の前だ。なんとかその気持ちを抑える。

ふと景色を見てみると、そろそろジローが寝ている場所に近い。

クックッと笑いを噛み殺しながら、俺はただ歩いていた。

横を歩いている忍足は俺の様子をうかがいながら、口に弧を描く。



「ジロー、いつもの場所におるとええなぁ。」



独り言のように、忍足は呟いた。

俺はそれに何も答えず、聞いていた。

すると、ちょうどあの目印が見えた。

ジローがよく寝ている木。周りより少し幹の太い木が。

俺と忍足はその木の元へ行き、ジローがいるかいないか確認しようとした。

そして、木がつくっている影をのぞき、根本を見た瞬間、俺達は同時に動きを止めた。



「おい…。」

「なんでお嬢ちゃんが、ここにおるん?」



そう。その木の根元には、あの幸村と一緒にいるはずの女がいた。

木陰の中で、気持ちよさそうに身体を丸めて。

その女は、すやすやと、ジローの傍で眠っていた。

どうしてだ。

どうしてこの女がここにいやがる。

幸村はどうしたんだ。

そう思いながらも、整った寝顔から目を離せないでいた。

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