「…ぅ、ッ…。」



カーテンの隙間から覗く朝日は、容赦なく俺の目を突き刺してきた。

これはいつものこと。

あと少しで目覚まし時計が鳴ることだろう。

目を閉じたままでも分かる。

これは俺のいつもの、日常。

すると思った通り。

ジリリリリ、と煩いほどのその音が部屋に響いた。

俺はまだ少し怠く感じる身体を動かして、頭の上で鳴っている目覚まし時計を止めた。



「にゃ、ん…っ?」

「…ッ。」



もぞり、と俺の丁度腹のところで何かが動いた。

今まで気づかなかったが、腰に何かが絡みついている。

それに気づくと、昨日の記憶がフラッシュバックのように蘇ってきた。

寝惚けたようにぼーっとする頭も、一気に冴える。



「リナリア…ッ!?」



バッと、掛けてある布団を剥ぎ取ると、確かに俺の腰にはリナリアが腕を回して絡みついていた。

しかも、丸くなって寝ることを忘れていない。

俺は驚きのあまり、それ以外の声が出なかった。

リナリアは、耳がピクリと動いたかと思うと、ゆっくりと目を開ける。

俺の顔をその瞳に映して二、三度瞬きをすると、ぱぁっと笑顔が広がった。



「せーいち!おはようっ。」



朝から、あの眩しい笑顔が俺に笑いかけてきた。

昨日俺がベッドに入ったとき、リナリアは正反対の場所にいたのに。

俺の寝ている場所だけそのままで、まるでリナリアがここまでやってきたかのような…。

そんな状況に、思わずあんぐりと口を開けてしまった。

けれどリナリアのきょとんと見つめてくる綺麗な瞳にはっとする。



「あ、あぁ…おはよう、リナリア。」



微笑んでそう返せば、リナリアは嬉しそうにえへへっと笑った。

そしてまた体を丸めて、俺の腰にぎゅうと腕を回す。

リナリアがまた寝ようとしているのが、自然と分かった。



「ッ!リナリア、待って。」

「?」

「俺、今日は学校があるから…そろそろ起きなくちゃいけないんだ。」

「がっこう?」



俺の言葉にリナリアは首を傾げた。

腰に巻きついている腕の力が弱まったので、俺はすかさず上体を起こす。

そして布団をいつものように折ると、リナリアも体を起こした。



「がっこうって、なぁに?」



リナリアはベッドにちょこんと座ったまま聞いてきた。

俺を見つめるその瞳は、いつものようにキラキラしていて思わずドキリとする。

リナリアの顔も、瞳と同じようだったので“学校”に興味を持ったのが分かった。

自然と、口元が緩むのが自分でも分かる。

子供のように好奇心を持っているリナリアが、とても可愛らしく感じた。



「勉強をするところだよ。」

「べんきょ?」

「うん。」



それでも首を傾げているリナリアが可愛くて、ベッドの上に座っているリナリアの頭を撫でた。

耳がピクリと動き、リナリアは驚いたように目を見張る。

けれどその目はすぐに気持ちよさそうに細められた。

えへへ、と笑うリナリアに微笑みかけ、おいで、と誘う。

リナリアは嬉しそうに頷くと、俺の後に付いてきた。



「せーいち、がっこって…楽しい?」

「うん、楽しいよ。
部活動とかもあるからね。」

「ぶかつ?」

「あぁ。俺はテニス部の部長だよ。」



部屋を出て階段を降りながらそんな会話を交わした。

興味津々なリナリアが可愛くて、思わず口元が弧を描いてしまう。

リナリアは俺の言葉に考えたような仕草を見せると、あっと口を開いた。



「りっかい!」

「?…、何がだい?」



いきなりどうしたのだろうか。

確かに俺の通っている中学は、立海大附属中学校だ。

けれど、なぜそれをリナリアが知っているのだろう。

リビングの扉を開く手を止めて自問すると、すぐに答えが出た。

そう、リナリアは俺達の名前を知っていた。

なら学校の名前も知っていておかしくない。

俺はリビングのドアを開けて、中に入った。

リナリアも俺の後に続く。

すると、着ているパジャマの裾をリナリアが控えめにだが、つんと引っ張った。



「どうかした?」



顔を向けて優しく聞くと、リナリアはちょっと恥ずかしそうに目を伏せた。

仄かに色づいた頬に、思わずドキリとする。

そんな俺に、リナリアは上目に視線をよこした。



「…わたしも、いける…?」

「…?」



おずおず、といったようにリナリアは呟きに近い声を出した。

けれどその意味がよく理解できず、首を傾げてしまう。

するとまたリナリアが小さく言葉を零した。



「にゃ…、…りっかい。」



…立海?

少し思考の止まっていた俺は、前の会話とその言葉を繋げるのに時間がかかってしまった。

けれど理解すると、思わず目を見張ってしまう。

リナリアは、自分も立海に行けるか、と聞きたいのだ。

小さく動く彼女の耳は、少し期待しているかのよう。

けれど現実的に考えると…無理だ。

リナリアの容姿は、普通ではない。

学校の生徒達にそれを見られてしまったら…どうなってしまうだろうか。

それを考えてしまった俺は、答えに間を置いてしまった。



「…ッ、」



何と言えばいいのだろう。

言葉によっては、リナリアを傷つけてしまうかもしれない。

期待したような、そんな眼差しで見てくるリナリアに、何となく目が合わせられなかった。



「…ご、めん…リナリアは、無理だ…。」

「っ、」



リナリアの目が見開かれた。

そして、悲しそうに伏せられる。

ペタンと垂れた耳に、俺は一瞬にして罪悪感に襲われた。



「…ぅ、ん…。」



リナリアは小さく頷く。

か細いその声は、あと少しで消えてしまいそうだった。

俺のパジャマを掴んでいた手も、ゆっくりと離される。

罪悪感が体中を駆け巡った。

違う、俺はこんな顔をリナリアにさせたかったんじゃない。

そもそも…何故、リナリアの興味を誘うようなことを言ってしまったのだろう。

弱々しく、小さく見えるリナリアの身体。

俺は思わず、その身体を抱きしめてしまった。

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