それから俺は冷蔵庫にある有り合わせで晩ご飯を作った。

リナリアは、見たことはあるが食べたことのないそれに緊張したような顔をしていた。

俺自身、リナリアの口に合うのか不安だった。

もともと、頻繁に料理をしない俺は簡単なものしか作れない。

そんな俺が、万人に受ける料理が作れるか、と言ったら首を傾げるしかないからだ。

けれど何とかリナリアの口には合ったようで、美味しい、と何度も言いながら食べてくれた。

そして、それから俺は風呂に湯を張った。

リナリアは先程浸かるだけなら入ったが、洗ってはいないので大丈夫だろうか、と思っていた。

けれど、猫であったときに風呂には入れられたそうなので大体は分かるということだった。

下着の着方も、もう分かったということなので先に入ってもらうことにした。

ただ一つ注意したのは、タオルで身体を拭いてから出てくることだけだ。

猫はもともと綺麗好きだが、それは自分自身のことだけのようで自分が綺麗であるのなら周りは気にしないらしいからだ。

それは先程、何気なく蓮二に言われた。

そこを注意してから、リナリアに風呂に行かせた。

そして、もうリナリアが入って三十分程が経つ。

そろそろ出てくるだろうか、と思っていると、それは当たっていたようでリナリアはリビングに入ってきた。



「せーいち…。」



しっかり服も着て、髪をタオルで拭こうと悪戦苦闘していた。

声を掛けられたので手招きすると、リナリアは大人しくソファーに腰を降ろした。



「ちょっと貸してね。」

「にゃ。」



リナリアが持っているタオルを渡してもらい、彼女の濡れた髪を拭く。

リナリアの髪からは、いつもの慣れているシャンプーの香りがした。

自分の家なので、その風呂に入ったリナリアから香るのは当然のことだが、何となく気恥ずかしく感じてしまう。

大人しくしているリナリアの耳は、ピクッと拭こうと手を動かすごとに小さく動いていた。

そして、リナリアの髪の大体の水分が取れた。

それと反対に、持っているタオルは冷たく濡れている。



「リナリア、拭けたよ。」



俺がそう声を掛けると、リナリアは振り向いて、満面の華を咲かせる。

綺麗な声で告げられたお礼の言葉に、思わず胸が高鳴った。

それに何となく焦ってしまい、タオルを持って立ち上がる。



「そっ、それじゃあ俺も入ってくるよ。
部屋にいてもいいからね。」

「にゃっ…ぅ、ん。」



リナリアは驚いたように目を見開いていた。

きょとんとしたその表情に、顔が熱をもつ。

そして俺は、慌てるようにリビングから出た。

部屋に行って替えの服などを腕に抱える。

そして脱衣所に向かった。

脱衣所の扉を閉めて服を脱ぎ、風呂へ入る。

髪、身体、全てを洗った後、湯に身体を浸からせた。

芯から温まるように感じ、思わずほっと息を吐いた。

今日は何とも不思議な日であったと、つい考えてしまう。

リナリアと出会い、そして…一緒に住むことになった。

それは俺が言いだしたことだが、今考えると何とも恥ずかしい限りだ。

けれど…それで良かったとも思う。

独りを嫌がるリナリアが独りになってしまい、辛い思いをするのは堪えられない。

だからこの状況は納得している。

それに、あの笑顔が消えてしまうことは、絶対に避けたい。

あの華のような、優しく咲き誇る笑顔は…俺が守りたい。



「…ッ!」



はにかんだあの笑顔が浮かんできて、思わず湯に顔を沈めた。

水の立つ音、流れ、それらが耳に届く。

苦しくなるくらい、限界まで顔を上げなかった。



「ッ、は…!」



勢いよく顔を湯から出したので、バシャン、と音が鳴った。

浅く息を繰り返して、自分自身を落ち着ける。

…今俺の顔が熱いのは、湯の所為だ。

それを自分に言い聞かせた。

そして、身体が温まったのを確認して、湯から出た。

湯の跳ねる音が変に耳に響いたが、あまり気にしないことにした。

風呂から出て、身体を拭き、服を着る。

頭をタオルで拭きながらリビングへ行くと、電気はついていたがリナリアはいなかった。

俺の部屋へ行ったのだろうか、と思いリビングの電気は消す。

そして階段を上がった。

けれど、部屋の扉の隙間から電気の光は漏れていなかった。



「…?」



不思議に思いながらドアに手をかけて開く。

部屋は真っ暗だ。

リナリアはいるのだろうか、と思いながら電気をつけると、いつもの自分の部屋と違う場所を見つけた。



「リナリア…。」



リナリアはベッドで眠っていた。

丸くなって寝ている姿は、確かに猫を思い出させた。

しかし、いつも俺は起きた後布団を畳んでしまうのでリナリアに布団は掛かっていない。

見ているこっちは、寒いのではないかと心配になってしまう。

声を掛けようかとも思ったが、折角気持ちよさそうに寝ているのに起こすのは可哀想だ。

静かに、足下の方に折り畳まれた布団をリナリアに掛けた。



「ん…にゃ…。」

「ッ、」



リナリアが小さく身じろぎして声を出すので、起こしてしまったのではないかとどぎまぎした。

けれど耳がピクッと動いただけで、そのまま眠り続けていた。

思わずほっと安堵の息を吐く。



「…よかった。」



なるべく音を立てないように歩いて、勉強するために椅子に座った。

明日も学校があるので課題をやってしまわないといけない。

学校用の鞄の中から必要なものを出して、机に広げた。

リナリアが起きないように静かに…。

けれどリナリアは寝ているので、騒がしくて集中できない、ということはなかった。

そしてあっという間に時間は過ぎてしまい、課題も終えることができた。

時計を見てみると、もう十一時三十分近い。

そろそろ寝なければ朝の練習に響いてしまうかもしれない。

俺はゆっくりと明日の学校の用具を揃え、鞄にしまった。

そして椅子から立ち上がり、ベッドに歩み寄る。



「…。」



その状態を見て、無意識に小さなため息を零した。

呆れているなどではないが、何となく吐いてしまった。

けれど、不幸中の幸いとでも言うのか、リナリアは俺のベッドの隅の方で丸まって寝ていた。

これは別に自慢ではないが、ベッドはセミダブルくらいある。

俺が大の字になっても余裕なくらいだ。

なのでリナリアが隅の方にいるのは運が良かった、と言っていい。

電気を消してから、静かにベッドに腰掛けた。

ベッドはゆっくりと沈み、形を変えていく。

リナリアはぐっすり寝ていたが、俺が動く度、耳は反応しているようだった。

俺は、なるべく音を立てないようにリナリアとは反対の隅の方に横になる。

布団が少し体に掛からなかったが、寒いとは思わなかった。

むしろ、暑いくらいだ。

それは室温などの影響ではないのが自分で分かった。

身を固くしているのが、俺自身分かる。



「…ッ。」



緊張しているのだ、この状況に。

それを意識してしまい、寝ようとしているのに逆に目が冴えてしまった。

けれど、寝ないわけにはいかない。

俺は無理矢理目を閉じて、眠くなるのを待つことにした。

それから暫くすると、眠くなかったことが嘘のように、俺は自然と意識を手放していた。





君と過ごした。

―気づけば、もうそれが当たり前になっていた―

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