「リナリア…。」



リナリアを抱きしめてから、感じる。

腕にすっぽりと収まる柔らかい身体。

優しく首元から香る匂い。

繊細で、綺麗な髪。

それらが、リナリアは"女の子"であることを、俺に思い知らせた。

引き寄せられるように、思わず腕の力を強めてしまう。

リナリアの耳が、驚いたようにピクッと反応した。



「っん、にゃ…せ、いち…?」

「ッ!」



リナリアの、小さく呼び掛けるその声が俺の意識を戻させる。

我に返った俺は、思わず飛び退くようにリナリアから離れた。



「えっ、あ…!
ご、ごめん…ッ!」



一体俺は何をしてしまったんだ!

自分のしたことに、顔が上げられない。

リナリアと目を合わせられない。

きっと、今の俺の顔は赤くなっていることだろう。

それを痛いほど感じていると、クスッとリナリアが笑った気がした。



「せ、いち…っ、へんなの…!」



顔を上げると、面白そうにリナリアは笑っていた。

俺の先程の行為なんて、少しも気にしていないように。

けれど、それを否定するのは…リナリアの仄かに赤く色づいた頬。

それを見て、俺は自然と口元を緩めていた。

自分では気づかぬうちに、口を開く。



「また、連れてってあげるよ…学校。」

「!ほ、ほんと…?」

「あぁ。」



俺がそう答えると、リナリアは表情を輝かせた。

ぱぁっと明るくなり、綺麗で可愛い華が咲く。

平日は無理だとしても…休日なら、大丈夫だろう。

耳も、尾も隠せばいい。

嬉しそうに、幸せそうに笑うリナリアに微笑み返してから、俺は日課である観葉植物に水遣りをした。

リナリアはそれを少し不思議そうな瞳で見つめてきたので、思わず笑ってしまった。

水遣りが終わると、朝食にすることにした。

けれど、しっかりとしたものを作っている時間はないので、簡単にトーストだ。

これも初めて食べるらしいリナリアは、ジャムを何にしようかとかなり悩んでいた。

そして朝食を済ませた後、洗面所に行って顔を洗って歯を磨く。

後ろから付いてきたリナリアはきょとんと首を傾げていたので、簡単にだが歯磨きなどを教えてあげた。

二階に上がって自分の部屋にある制服を手に取る。



「…な、何かな…?」

「にゃ?」



着替えようと着ているパジャマに手をかけたのだが、それをずっとリナリアが見ていた。

きょとんとした表情で首を傾げるリナリアは、きっと着替えに対して何も思っていないに違いない。

けれどずっと見られながら着替えるなんて、流石の俺でも恥ずかしいというものだ。



「…リナリア。俺、今から着替えるから…下にいてもらえないかい?」



目を合わせると、じっと見つめられた。

リナリアはピクッと一度耳が動いて、ぱちぱちと瞬きをする。

少し間をあけて、リナリアは頷いた。



「?うん、わかった。」

「ありがとう。」



まだ首を傾げているので、なぜ出なければいけないのか分かっていないようだ。

けれど、頷いてくれたのはありがたい。

部屋を出ていくリナリアを見送った後、俺はパジャマを脱いで制服に腕を通した。

制服を着た後、学校の鞄とテニスバッグを持ってリビングに行った。

そろそろ、家を出る時間だ。

中に顔を覗かせると、リナリアはソファーの上で丸まっていた。

流石は猫、と言いたくなるようなその姿に、思わず軽く笑ってしまった。

クスリと漏れた笑いに、リナリアが顔を上げる。



「!せーいち!
…?」



俺の名前を呼んだ後、リナリアは首を傾げた。

格好を見てから首を傾げたので、制服がどうかしたのだろうか、とつい思ってしまう。

リナリアはゆっくり近づいてくると、制服をちょんと摘んだ。



「せーいち…どこか、行っちゃうの…?」

「ッ!」



上目で目を合わせられ、思わずドキリとする。

不安そうに揺れているその瞳は、泣いてしまいそうに少し潤んでいた。

ペタン、と垂れた耳と尾に、まるで俺が何か悪いことでもしたかのように思えてくる。

何となく緊張してしまい、無意識に学校の鞄とテニスバッグを持つ手に力を入れていた。



「今から、学校なんだ。」

「っ、…。」



俺は確かめるように言う。

先程も何となくリナリアに言ったが、今は言い聞かせるように言葉を放った。

それを聞いたリナリアは、しゅん、と視線を落とした。

また、あの悲しそうな顔…。

思わず言った言葉を後悔してしまう。

けれど俺には部活もあるので、休むわけにもいかない。

静かに足を動かすと、リナリアは何も言わないまま付いてきた。

玄関まで行き、俺は靴を履く。

相変わらず寂しそうに、悲しそうに目を伏せているリナリアを見て胸が少し締め付けられた。



「…、それじゃあ、行ってくるよ…。」



俺が静かにそう言うと、リナリアはパッと顔を上げた。

あの寂しそうな淡いブルーの瞳が、ゆらゆらと揺れている。

迷ったように口を開いたかと思うと、すぐに閉じてしまった。



「…、っ。」

「…。」



何も言わないリナリアに、罪悪感すら感じてくる。

辛そうな眉が一層寄ったかと思ったら、リナリアは小さく呟いた。



「…ら、っしゃい。」

「…ぇ?」

「いって、らっしゃい…せ、いち。」

「ッ!」



寂しそうに、上目で、リナリアはそれだけを言った。

驚いたと同時に何故か嬉しく感じてしまう。

自然と口元に浮かぶ笑みが、抑えられない。

気がつくと俺は、リナリアの頭を撫でていた。



「…っ、!」

「リナリア…。」



びっくりしたようにリナリアは目を丸くする。

その表情にすら愛しさを感じて…。

俺は静かに、リナリアの頭を抱き寄せ、そこにキスを落としていた。



「せ、いち…?」



きょとんとしたように、リナリアは顔を上げる。

その頬は仄かに赤くて…、俺は口元に弧を描いた。

頭にキスされるなんて、リナリアは思ってもいなかったことだろう。

…もちろん、俺も思ってもいなかった。

けれどなぜか体が勝手に動いていて…。

気づいたら、リナリアの髪にキスを落としていた。

名残惜しく感じるが、リナリアを離す。

丸く見開かれた瞳に思わず笑みが零れた。

そして玄関の扉に手を掛ける。



「リナリア…、行ってきます。」



俺はリナリアに微笑んで、玄関を開けた。

外は晴れていて、リナリアのあの吸い込まれそうに綺麗な淡いブルーが…空一面に広がっていた。

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