"ありえないなんてありえない"という言葉をよく聞く。

けれど、…それは本当かもしれない。

彼、幸村精市はその言葉を信じていない。

いや…正確に言うと"信じていなかった"と言うのが正しいだろう。

そう、この状況では信じるしかないのだ。

さっき幸村は学校から帰ってきた。

そして家に着いて自分の部屋に入ると、自分のベッドで誰かが寝ていたのだ。



家には鍵を掛けていたのに…。

おかしい、ありえない。



そんな事を思い、警戒しながらその"人"をよく見る。

…女の子だった。

しかも、バケツいっぱいに入った水を被ったかのように濡れている。



…どうして俺の部屋に女の子が?



それから、その子をよく見てみると頭にふわふわしているものを見つけた。

頭に対象的に二つついている。

髪の色と違う"それ"はよく目立って見えた。



…耳?



それは確かに動物の耳だった。

しかも、床の軋む音にピクッと反応までする。

本物なのだろうか…?

訝しげに見つめていると視界の隅でゆらりと何かが揺れた。



「ッ!?」



尾、だった。

長い尾が、ゆらりゆらりと心地よさそうに揺れている。

幸村は動揺を押さえ込みながらその女の子に近づく。

…耳と尾なんて、あるはずがないじゃないか。

一瞬でも耳と尾が生えているのだと思った自分を嘲笑した。

だが、女の子の姿がはっきりと見えると…幸村は言葉を失った。



…ま、さか…。



本、物…?

開かない口で呟いた。

耳の根本は仄かに赤くて…、はっきりと血が通っているのが分かる。

尾も不規則に動いているし、何より服の中から出ているようだからだ。

ピクッと反応する耳、そしてゆらりと揺れている尾…。

どこからどう見ても本物だろう。

幸村は、震える手をのばした。

…本物の筈がない。

そうは思っていても、確信が持てない。

女の子の耳にのばした手が、寸前で止まった。



「…、ごめん。」



何だか少し今の状況が後ろめたくなり呟く。

彼女の耳が、またピクリと反応した。

指先が触れると…息を呑んだ。



「本、物だ…。」



信じられなくて、何度も触れる。

その度にピクリと動く耳が、生きている動物のそれそのもののようだった。

すると、彼女が小さく身じろぎした。



「…ぅ、んっ…。」

「!」



咄嗟に手を耳から離す。

けれどそれも遅く、彼女は目を開けた。

まだ少し眠いのか目はとろんとしている。

だが、しっかりと目の前にいる幸村を淡いブルーのその瞳に映していた。

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