C‐BD【Live Love Laugh】B
慌ただしくもなんとか準備が終わった所で、丁度シャンが馬を連れ屋敷に戻ってきたのを持ち前の遠視でベルホルトが窓越しに確認した。
「よし……なんとか間に合った。二人とも、準備はいいな?」
振り返り悪戯に笑みを浮かべながら、後ろに控えるガロットと料理長に目配せする。二人もゆっくりと頷き返した。
今日は熱心で明るくムードメーカーな、どんな時でも全力で主に尽くしている、大切な彼へのお祝いだ。
皆で、心からの祝福を。
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息を潜めながら今回の主役を待っていると、暫くして忙しない足音が玄関の方から次第に近付いてくる。静かにしているとはいえ気配を察しているのか。迷うことなくダイニングへと向かってくるその音の持ち主の、これからの事を考えると思わず笑みが零れた。
そしていつもの彼らしく、元気よく扉が開かれる。
「主様ー!ただいま戻りまし……あれ?」
仕事をやりきった笑顔で部屋に飛び込んできたシャンだったが、いつものダイニングとは全く違うその様子に驚いたように大きく瞬きをした。
そして部屋を眺めながらぼかんと立ち尽くしているシャンを皆で両側から挟み、追撃と言わんばかりにベルホルトが声を上げた。
「シャン、誕生日おめでとう!」
続けるようにガロットと料理長が「おめでとうございます」と言いながらクラッカーを盛大に鳴らす。はらはらと舞い落ちるクラッカーの紙吹雪を数枚頭に乗せたと同時に、それまで驚きで固まっていたシャンが跳ねまわるように動きながら声を上げた。
「は、へ!?えっ!?ちょ、俺の!?え、でも俺の誕生日は……」
「うん、勿論明日なのは知っているよ。でも君もその日は家族や恋人と過ごしたいだろうと思って、前日に繰り越したんだ」
慌てているシャンの様子にベルホルトがくすりと笑いながら、いつぞや見た気がしないでもない三角コーンの帽子をシャンの頭の上に乗せる。驚愕していたシャンの表情が次第に満面の笑顔に変わっていった。
「主様――っ!」
「……っ、シャン!」
「先輩も!ありがとうございますー!料理長も!俺めっちゃ嬉しいっす!」
「うっ……その……えぇ、喜んで頂けたのでしたら……」
喜びのあまりかそのままベルホルトに飛びついたシャンに思わず反射的にナイフを投げそうになるのを抑えながら、ガロットが宥める様に二人に近付くと全力投球な笑顔をシャンから返される。その純粋でストレートな感情に、思わず生まれた怒りや小さな嫉妬心も鎮火され、ガロットも釣られるように微かに笑顔を浮かべた。
その間もみくちゃにされていたベルホルトは「苦しい」といいながら苦笑していた。
「これはケーキっすよね……!?大きい!」
暫くしてベルホルトを解放した後にシャンの目が向けられたのは、テーブルの真ん中に置かれた大きなケーキだった。ケーキに刺さった数字の形をしたロウソクは本来のシャンの誕生日の日付が記されている。クッキーやホイップで飾られたそれは可愛らしい物だ。
「そちらのケーキは主様が仕上げをなされたのですよ」
「うおおぉマジっすか!有難うございます主様ー!」
部屋の灯りを消しながらそう告げたガロットの言葉に、再度歓喜の声を上げる。そんなシャンにベルホルトもクスクスと声を出して笑った。
そして部屋が暗くなった所で、ロウソクに火が灯される。
「さ、ロウソクの火を消してくれシャン」
「はい!まかせて下さい!!」
勢いよくロウソクの火が吹き消された所でベルホルトと料理長が拍手と、再度祝いの言葉を送る。ガロットも部屋の灯りを点けた所で続くように拍手をする。
シャンは照れくさいのかくすぐったい心地なのか、頬を掻きながらへらりと笑った。
「たははっ、有難うございますっ!」
皆が漸くして落ち着いたところで、それぞれ席に着いた。ベルホルトがテーブルの上を手で指し示しながらシャンに視線を向ける。
「食事も、君が普段食べているような物や親しみのあるものにしてみたんだ」
「わー!有難うございます!あっ、これとか可愛いっすね!色んな形!」
シャンがひょい、と目の前に並べられていた、可愛らしい動物の形にカットされた野菜を手に取って興味深そうに眺めている。そしてその片隅で、あれだけ言ったのにテーブルに密かに残っていた下世話な形のキュウリを、二人の視界に入る前に料理長に鋭い視線を向けながらガロットが思い切り噛み砕いていた。
料理長はそ知らぬ顔で「ほげ……」と料理をぷるぷるしながらよそっている。
何だかんだと賑やかな時間も過ぎ、食事も粗方食べ終えさあメインのケーキへ。といったところでベルホルトとガロットが目配せをする。
シャンがシャンパンを飲んでいる隙にガロットが席を立つと、テーブルの下に隠しておいたプレゼントを取り出した。淡い桃色の包装紙に赤いリボンでラッピングされた、20cm程の大きさである。
それを抱えながらガロットがシャンの側に立つと、そのままその包みをそっと差し出した。
「シャン、その……私からの誕生日プレゼントです。おめでとうございます」
「えっ!?先輩からっすか!?うおぉ有難うございます!なんだろ」
思わず立ち上がりながらそれを受け取ると、シャンはまるで子供のように瞳を輝かせながらリボンを解いていく。
個人的に人に物を送るという事に未だに慣れていないガロットは、前回のベルホルトの誕生日の時よろしく、今回のシャンへのプレゼントも例外ではない。悩みに悩んで、そして悩み抜いて考えたものだ。
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それは今から数週間前、何かいいプレゼントの案はないかと考えながら中心街に買い出しに向かっている時の事だった。
偶然ばったり街中で出会ったルオに、昼食も兼ねて喫茶店で相談を持ち掛けたのだ。シャンと友人として交流がある彼なら、何か自分とは別の角度から見えるものがあるのではないかと思ったからだ。
「うーん、シャンとはそういった話をしたことはないなぁ……あっ!でも弟のリヤンさんは部屋に沢山可愛いひよこのぬいぐるみを置いてますし、妹のムーランさんも可愛いものが好きだって聞いた事があるから……もしかしたらシャンも可愛いものが好きかもしれないでありますね!」
「か、可愛いもの……ですか?」
目の前ではむはむとオムライスを食べているルオが放った言葉にやや困惑したような様子のガロットだったが、そういえば彼がベルホルトに以前渡していたプレゼントも可愛らしい物だったと思いだした。そう考えると案外可笑しくはないのか……?とガロットは思案をし始める。
それから食事を終えてルオと別れ、本来の用事を済ませたガロットが帰路に向かおうとした時の事だった。
「ん?あれはシャン、と……彼女の方、ですかね……?」
少し離れた所でシャンの背を見かけた。その隣には小柄の獣人の女性が立っていた。遠目から見ても仲睦まじそうな様子にガロットは穏やかな笑みを浮かべ、声を掛けぬままその場を後にしたのだがふとした考えが浮かんだ。
これだと。
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「せ、先輩……?」
あの時は確かに「これだ」と思ったのだ。
……あの時は。
「いえ……その、私なりに考えたのですが……」
今ではそれは見当違いだったのかもしれないと、ガロットはしどろもどろになりながら冷汗を掻いている。
驚いた様子のシャンの手元の包みからひょこりと覗いているのは、ハンドメイドの可愛らしいリスのぬいぐるみ。あれから生地を集め、時間を見つけては少しずつガロットが手作りしたものだった。
売ってある物をそのまま買うのも良かったかもしれないが、せっかくならば皆と同じように手作りをして渡したかった。
「……以前、ルオからシャンのご兄弟が可愛いものがお好きだと聞いて……それと以前主様に渡されたものも可愛らしかったのでもしやと思い……」
ぽかんとした顔のままのシャンに、どうにも気まずい心地でガロットが視線をそらしながらぼやいた。暫く沈黙が続いた後、シャンの肩がふるりと小刻みに震えている。
「しゃ、シャン……?」
そんなにも気に入らなかったのだろうかと、ガロットが不安げに顔を覗き込もうとすると。
「……〜っ!たっはー!!せ、先輩が!これ、こ、こんな可愛いの……手作りしたんすか!?ははっ!可愛いっす!!有難うございます!!」
「…………………」
返ってきたのは腹を抱えての爆笑だった。
あまりにも趣味に合わないで気に障ったのかと思ったが、まさかこんなにも笑われてしまうとは。(笑って受け取ってくれただけでも良しとするべきなのだろうが)
暫くそんなシャンの様子を真顔かつ沈黙で見詰めていたからだろうか、流石に笑いすぎたかもしれないと思ったのか慌ててシャンが取り繕い始めた。
「あ、いや違うんすよ!?ただ先輩が可愛いの作るってイメージがなかったからでそんな」
「……シャン」
「はいいいぃっ!!さーせんしたああああぁっ!!!!」
低いトーンで名を呼ばれ思わず目を閉じ身構えたシャンの頭に向かって、ガロットの手が振り上げられた。
「……センパーーイ!!!!」
「ちょっ……シャン!分かりましたから!少し落ち着きなさい……!!」
感極まりタックルの如く飛びついてきたシャンをなんとか押しつぶされる事なく受け止めると、ガロットは苦しそうな声を出しながらその大きな背を宥める様に叩いた。
「品は、私だけではないのです……、……主様……っ!」
ガロットはそう言いながら半ば助けを求めるように、そして促すようにベルホルトへと視線を投げかけた。
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