紫煙




部屋の中でシャリンと、刃が鞘に収まる小気味良い音が響いた。それを瞼を閉じながら聞いたゲシュヴァルトはその心地良さに口端を吊り上げる。


「フン。良い仕事をしたなサフィーナ、思っていた以上の出来だ」
「ふふっ、とびっきり良いの作ったげるっていったじゃない」


手に持っていたサフィーナ作の短剣を机の上に置きながら、ゲシュヴァルトは目の前のソファに座っている彼女に視線をやる。サフィーナはそう得意げに肩を竦めてみせたが、どこか落ち着かないのかそわそわとした素振りを見せる。ゲシュヴァルトが短剣の代金として用意した金貨を入れた革袋を続けて机の上に置きながら首を傾げた。


「どうした」
「いやぁこんなご立派なお屋敷、中々落ち着けたもんじゃないよ……流石にちょっと緊張してしまうってもんさ」
「貴様……その屋敷の当主である俺にはそんな素振りを全くみせた事がないくせに、よくそんな事が言えるな」
「あはは、それもそうだ」


からからと愉快げに笑うサフィーナの様子にゲシュヴァルトは「否定をせんか」と溜息を吐き零しながら己もソファに腰を深く沈めた。その後ろではヨナタンが控えており、壁掛けの時計に視線をやっていた。時刻は夜の9時を過ぎる頃だった。ヨナタンが軽くゲシュヴァルトの後頭部を指先でトンと突く。


「……ヴァル」
「ん?ああもうこんな時間か。サフィーナ、貴様どうする。夕食でも食って帰るか?」
「あーいやいや、今日はお暇させてもらうよ。まだ他で頼まれた仕事が残っててね。ま、それが終わったらまた改めてご馳走になろうかね」


手を横に振りながら立ち上がったサフィーナを追うように見上げるとそこにあった彼女の悪戯な笑顔に思わずつられてクツリと喉奥で笑う。「忘れ物だ」と金貨の入った革袋をひょいと投げ渡すと、ヨナタンに見送りを任せてゲシュヴァルトは行儀悪くもソファに横になった。
部屋を出た二人の足音が遠のくのを聞きながら葉巻を取り出し、口から火を噴き点す。紫煙が揺らめきながら部屋に薄らと充満していくのをぼんやり眺めながらソファの肘掛けに足を組んで乗せた。

ゲシュヴァルトが愛する葉巻だが、吸うのを見かける度に周りの者は口うるさく注意をしてくる。
唾液をつけなければ葉巻は舌の上で苦くならない。
ワインと共にじっくりと時間を掛けて堪能するとまた風味と合わさって良い。
これらを幾ら言っても通じない事にゲシュヴァルトは少々苛立ちを覚えていた物だが、最近少し考えが変わった。
先日王宮に出向いた時に偶然出会った、昔貴族だったフィロメーナという騎士の女が言った言葉が脳裏を過る。


『……それより、いい加減その葉巻を辞めていただけないだろうか。体によろしくない。…そのヨーナ殿もあなたの体を心配して言っているのではないのでしょうか』


聞いた当初は笑い飛ばしたものだが、心配されているのかと思うと悪い気分ではなかった。
竜人である自分が葉巻の煙ごときで灼熱をも吸い込み耐える肺を蝕まれる筈がないのだがなと思いつつ、ふぅと紫煙を吹き喉奥で微かに笑った。


「……おいヴァル、また葉巻なんぞを……」
「ん?なんだ早かったなヨーナ」


首をゆるりと持ち上げ声のする方をみやれば、いつの間にか部屋の入り口で眉間に皺を寄せながら立っているヨナタンの姿があった。煙たいのだろう口元に手を当てながら窓を次々と開けていく。


「見送りに何時間も掛かる訳がないだろう。それよりもだな……」
「説教は聞かんぞ喧しい。それよりズィンゲンのアレはどうなった」
「……アレ、……夜会の招待の事か」


開始されそうなヨナタンの文句を止める為に、先日渡すように頼んだ夜会の招待状の事を話題にした。どうにもズィンゲン家のヴァリーリエとは馬が合わず顔を合わせるだけで喧嘩が勃発する。
このリベルタ国以外との繋がりもある家なだけに交流を持っていてもけして損は無いと分かっているのだが、どうにもあの男相手には猫を被りきれなくてイライラしていた。
今回の招待状も気まぐれに出したものだがさてどうなったものか。


「気晴らしにいってやる、だそうだ」
「ほぉー……気晴らし、なぁ」


換気が済み新鮮な空気が流れる部屋でヨナタンは軽く首を傾げながらそう言った。その言葉にゲシュヴァルトは一気に米神にピキリと青筋を立てながら不機嫌になるが、冷静になるように額に手を当てながら深くため息を吐いた。


「……まぁいい、次の夜会の時にどちらが上なのかハッキリ思い知らせてやる」
「ヴァル、夜会に思いを馳せるのもいいが明日は王宮で挨拶回りがあるぞ。さっさと食事を取って寝る支度をするんだな」


寝転がっているゲシュヴァルトの唇から葉巻を奪い取ると、火種を消しながらヨナタンは見下ろした。


「あー……そうだったな、ヨーナ。食事はもういらん、寝床だけ整えてくれ」


のそのそと起き上がると大きな欠伸をしながらゲシュヴァルトは服を脱ぎ始める。ヨナタンは口を開きかけたが何を言っても聞かないと判断したのか小さな溜息だけ吐いて準備を始めた。下着だけになったところでタイミング良くヨナタンからナイトガウンが投げ渡される。洗い立ての香りが更に眠気を誘った。


「ほらヴァル出来たぞ、さっさと寝ろ」
「………ん、……あぁ、明日は6時前には起こせヨーナ」


くあ、と大きな欠伸を再度しながらそうヨナタンに告げるとゲシュヴァルトはベッドに潜り込む。俯せに枕を抱えこんだ。


「構わんがそんな早起きして何をするんだ?王宮には9時に行けば十分だぞ、身支度があるにしろ……」


ヨナタンのその不思議そうな問い掛けに、微睡に瞼を伏せながらゲシュヴァルトは薄らと笑いながら呟いた。葉巻の嫌いな生真面目な女騎士の姿がふわりと思い浮かぶ。



「風呂だ、王宮内でシガーの香りを漂わせておく訳にはいかんだろ」



なんなら一緒に入るかという台詞はヨナタンの盛大なハリセンによるツッコミによって封じられた。




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ゲスリンのログイン話!

サフィーナさん(@kuemi9623)
ヨナタンさん(@tumiki_kikaku)
フィロメーナさん(@kingfisherLA)
ヴァリーリエさん(@nigihayami461)

お借りしました!


2015/07/17


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