心残る陸を離れ







「……はぁ」

 真夜中の海軍艦艇の上、俺は独り静かに溜息を吐いた。
 罪悪感で一杯で、申し訳なさばかりが胸に降り積もる。



 それは、遡る事半日以上前。

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 日が昇って少し経った、朝の時間。
 宿泊している何人かがご飯を食べに一階の酒場に降りてきていた。そして俺とカルロッテさんももれなくその中の人数に含まれるわけで。
 階段を下りると俺達に気が付いたアールヴさんが、キッチンからひょこりと顔を出していつもの笑顔で「おはよ」と言ってくれた。それに返事をしながらいつもの定位置へ向かう。
 キッチンからは何か肉の焼ける匂いが漂っていた。
 美味しそうな匂いに釣られ声を上げる腹を撫でながら席に座ると、隣からぐいっと体重を掛けられる。目を向けるとカルロッテさんが悪戯な笑みを浮かべていた。

「ね〜ルオ、もう夏も終わっちゃうわよ? 一緒にバカンス行きましょうよ〜!」
「あ、」

 バカンスに行きたいという話は前から出ていて、けれどもなんやかんや行けぬまま。こうして気が付けば季節の変わり目になっていた。カルロッテさんとしてもそろそろはっきり決めたい所なんだろう。しかしけれども、これは非常にまずい事態だ。
 アールヴさんから出された出来立ての朝食を受け取りながら、俺は困ったように笑う。今日の朝ご飯は夏野菜のスープにパン、ベーコンエッグだ。美味しそう、なんて少々現実逃避する。

「もうそろそろ休みでしょ? それに合わせて休暇取ったら少しくらい遠出しても大丈夫じゃない」
「その、カルロッテさん」
「楽しみにしてたのよ〜! まぁこの時期なら逆に空いてて良いかもしれないわね。ルオ、ちゃんと今日伝えて――」
「あの!」

 楽しそうに話している所を遮るのはとても居た堪れないけれど、少し声を張ってカルロッテさんの話を止める。どうしたの? と言わんばかりに目をぱちりと瞬かせ、こちらを見詰めてくる瞳に罪悪感が圧し掛かる。
 膝の上に手を置き、カルロッテさんの方へ身体を向けながら俺は腹を括って口を開いた。……気まずさ一杯で視線は向けにくいけれども。

「じ、実はその……今日から自分、一ヶ月程遠征の任務がありまして……」
「は?」

 僅かに低くなった声と共に、ずいっとカルロッテさんが詰め寄って来た。ここで漸く顔にちらりと視線を向けると目が据わっている。
 あ。これは、駄目だ。当然だけど凄く怒っているのが俺でも分かる。

「ル〜オ〜……どういう事かきちんと説明しなさいっ!!」

 今にも飛び掛かって来そうな勢いと共に怒鳴りつけられ、俺はただただ「はい」と返事する事しか出来なかった。









「――つまり、他国に向かう貿易船を護衛する任務な訳ね?」
「そ……そうであります」
「で、その事を私には出発日である今日の今日までひとつも伝えてなかったと」
「に、肉親以外の身内にはこの話は情報漏洩を防ぐため当日まで他言無用、行先も一切教えては駄目だと上の者に言われておりまして……!」
「ルオの上って言ったら私の身内だっているじゃない聞いてないわよ! しかも期間が一ヶ月だなんて、何なのよ皆して!」

 皆が食事を終え(俺達も勿論平らげた)各々部屋に戻っていき、俺とカルロッテさん以外がいなくなった一階では言い合いが終わる気配がない。アールヴさんも先程「喧嘩もほどほどにしときなよ〜?」と言いながら他の仕事に取り掛かりに行ってしまった。正直俺が悪いのかもしれないけど胃が痛くて仕方ない。
 そんな俺を余所にカルロッテさんは腕を組みながら鋭い眼差しで俺を見据える。

「私も行くわよ」
「……へ?」

 あまりにも予想外な発言に思わず間抜けな声が出た。

「え、いや当然ながら駄目でありますよっ!?」
「誰がそんな事決めたのよ! お爺様やお父様ほどの力がある訳じゃないけれど私だって聖魚の加護を受けたメイブリー家のひとりよ!?」
「そ、それはそうでありますが……でも、駄目なものは駄目であります!」
「嫌よ! 絶対に忍び込んででも乗船してやるんだから!」
「〜だからっ! 駄目だって言ってるだろ!?」

 思わずバンッ! と机を強く叩きながら怒鳴りつけてしまった。
 それに驚いたのか目を見開きびくりと肩を跳ねさせたカルロッテさんを見て、怖がらせてしまっただろうかと少々胸が痛む。
 けれどもこればかりは俺だって譲れない。

「……その、本当にもしも何かあった時、貴女を守り切れるか不安なんだ」

 そう、ただの船旅じゃない。貿易品を狙った海賊だって出るかもしれない、急な嵐に巻き込まれるかもしれない。その他にだってまだなにかあるか分からない危険な任務だ。

「だから、帰ってきたら埋め合わせをするから。カルロッテさんはここで帰りを――」
「……なによ、」

 俯いてわなわなと震えていたかと思うと、今度はカルロッテさんが机を強く叩きながら立ち上がった。怒り剥き出しの剣幕で俺を見下ろしながら更に口を開く。

「私一人守れる自信が無いクセに、何が護衛よ! もう知らないんだから!!」

 そう言い切ると同時にカルロッテさんは階段を駆け上がっていってしまった。慌てて後を追いかけるけど、入ったのであろう、いつも二人で使っている部屋にはしっかりと内側から鍵が掛けられてしまっていた。ノックをすると「うるさいわよ!」という声と共に何かがドアに強くぶつけられた音が返ってきた。
 これではもう部屋に入るどころか話もできない。剣は装備していたけれども、衣類やその他は諦めて向こうで配給して貰うか……と考えた所で、俺はこんな時でももう任務の事を考えてしまっているのかと我ながら虚しくなって溜息を吐いた。

「……カルロッテさん」

 まさか船出の直前でここまで盛大な喧嘩をしてしまうとは思わなかった。扉にそっと手を添えて、呟く。

「ごめん、帰ったら必ず埋め合わせをするから……行ってきます」

 窓から差し込む太陽は上に昇っている。




 もう、予定の時間だ。





 俺は後ろ髪を引かれるような思いを抱えたまま、宿を後にした。



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「はぁ……」

 そして、現在に至る。
 真夜中の今は見張りと最低限のメンバー以外は就寝中で、昼間の賑やかな時が嘘のように静かだ。ちゃぷり、ちゃぷりと船体に当たる波の音は心地よく、空をちらりと見上げれば雲一つない綺麗な星空が見て取れる。

「……カルロッテさん」

 彼女がいたら、どんな反応をするだろうか。静か過ぎて退屈だとか言ったり、海の上で舞って見せてくれたり、一緒に星を見上げてくれるだろうか。

(……会いたいなぁ)

 来るなと言ったのは俺なのに、会いたいと思ってしまうのは矛盾しているだろうか。
 そんな事を思いながらも、船は止まらず目的地に向かって進んで行く。見張りをする目を止める事は許されない。
 季節が移り変わろうとしている夜の空気は海の上では更に澄んでいて、ひやりとした風が時折吹いては俺の身体を冷やしていく。
 それがなんだか昨年以上に冷たく感じて、思わず身震いをする。

 もう、夏が終わるんだなと感じた。



「……おい、どうしたルオ。何かあったか?」
「あ、いや大丈夫。異常無しだ」

 一緒に見張りをしている同僚に声を掛けられ、慌てて返事をする。
 そう、目の前に広がる一面の海はこの船以外に何もなく、奥に行くにつれ空との境目がなくなり黒く混じりあっている。波はただただ穏やかで、寂しさを覚えてしまうほどに全くもって異常無し。
 俺はふぅ、と胸の内に溜まった物を吐き出すように溜息を零すと、同僚に向けて笑みを浮かべてみせた。

「この任務、頑張ろうな」





 君に会えるまで、残り二十九日。




 帰ったらもう一度ちゃんと謝ろう。
 君は、許してくれるだろうか。








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るるさん宅(@lelexmif)カルロッテさん
みそさん宅(@misokikaku)アールヴさん

お借りしました!

2016/08/30


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