明日もまた、風が吹く





じりじりと石畳を太陽の日が焦がす。薄らと陽炎すら見えてしまうような真夏日。ロナンシェはひとり街の通りを歩いていた。今日は店の定休日で、クレハは友人と遊びに出ていて、リゾは図書館に行っている。つまりひとりの自由時間な訳で。


「もーあっつい…ヤになっちゃうわねぇ……」


ロナンシェは普段とは違う白いシャツを二の腕まで捲り上げた格好で、強い日差しにうんざりとした顔をしていた。大通りまできたものの特にすることは無くぶらぶらと適当に足を進めた。
ルミのいる果実園にでも行こうか、それともヴィンフリートとおしゃべりでもしようか。
休憩がてら丁度木陰になっている広場のベンチに腰掛け、噴水前で踊っているアリアをぼんやり遠目に眺めつつそんな事を考えていると背後から良く通る声が聞こえた。


「こんなところで何をしてるんだい?ローナ」
「……あら、キューレちゃんじゃない」


振り向くとどうやらそちらもオフなのか、ラフに服を着崩し煙草を片手ににこやかに笑みを浮かべているキューレが立っていた。見上げながら「やることなくてブラブラしてるのよ」と手を軽く振り苦笑してロナンシェが答えると、ふぅんと目を細めながら顎を撫でた。



「それならカフェにでも行かないかい?アイスティーでも飲んで涼もうじゃないか」



キューレの提案に乗るとロナンシェは立ち上がり、ここから一番近くのケーキの美味しいカフェに向かう事にした。



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からん、とグラスの途中で中途半端に引っかかっていた氷が溶け涼やかな音を立てながら底に落ちた。アイスティーと一緒に頼んだミルクレープは既にロナンシェの胃の中に収められている。
中身がなくなったグラスと皿をテーブルの隅に寄せ、ロナンシェは頬杖をつきながらぼぅっと窓から外を眺めているキューレの顔を見詰める。
街並みを眺めるその瞳は、どこか少しだけ寂しそうにみえた。


「……ん?どうしたのローナ、小生に見惚れちゃった?」
「………おバカね、違うわよ」
「おやおや、それは失礼」


普段のような、どうでもいいようなやりとり。だけどどこか纏わりつく違和感にロナンシェは眉間に皺を作りながらぽつりと口を開いた。
以前から薄々感づいていたもの。
それを知らんぷりして過ごしていた。けれどきっとこれは向き合わなくてはならない事だ。



「……ねぇキューレちゃん」
「ん?」


「どこか遠くに、いくの?」



一瞬だけ間が空く。キューレの唇が弧を描いた。



「うん、行くよ」



あっさりと告げられたそれに、身構えていたロナンシェも思わず肩の力が抜けぽかんと目を丸くした。そんなロナンシェをよそに、くるりとグラスの縁を綺麗な指先で撫でながらキューレは続ける。
見詰めてくる紫の瞳がにこやかに細められた。



「クレハと一緒になって君も男になったんだから、俺も男にならないといけないでしょ」
「……そう」



きっとキューレがそういうからには、かなり大きな仕事なのかもしれないし、自分が思っていたよりももっと以前から考えていた事なのかもしれない。ロナンシェは困ったように笑いながら小さく頷いた。



「……正直に言わなかったら意地でも止めてやろうってちょっぴり思っていたけど……ちゃんと言ってくれたから、アタシはキューレちゃんを応援しながら見送るわよ」



彼は彼で決めた道を歩もうとしている。それを引き止めるような権利は自分には勿論ない訳で、それそりもなによりその成功を願って笑顔で送りだす方がいい。
自分に縛り付けるのではなくて、ただただ無垢に相手を思いやる気持ち。


クレハが、自分に与えてくれたものだ。



「……ふふっ、有難うローナ。一回り大きくなって帰ってくるからよろしくね」
「あったりまえよ、しょぼくれて帰ってきたりでもしたらシバくわよ!」
「ははっ、まぁそれは怖い」



しんみりした空気もなく、ただただ穏やかに時間が流れる。
そんな中でロナンシェは己の片耳に手を伸ばす。しゃらりと金属の音が微かに鳴った。



「……そうだキューレちゃん。これ、お守りに持っていって?」



いつも身に着けている蝶をモチーフにしたアメジストのピアスを外すと、そのままキューレに差し出した。



「……おやおや、これは」
「ちゃんと正真正銘のアメジストよ?魔除けとか感情のコントロールとか……うん。そういう効果があるから、お供にどうかなと思って」



ピアスを受け取りそれを手先で弄っているキューレに穏やかな笑顔で伝える。
旅立つ君の、少しでも支えになればと。


「またそんなこといって、古いものは小生に押し付けてクレハと新しいペアのピアスでもつけようって魂胆なんデショ?」
「……キューレちゃあん?」
「冗談だよ、有難うローナ」


クスクスと笑いながらキューレは己の耳に、ロナンシェのピアスをつける。薄い赤紫色の石が耳の下できらりと輝いた。


「いや、でもクレハちゃんとペアのピアスはいいかもしれないわね」
「……ローナ」


ふふっ、と今度はロナンシェが笑う番だった。苦笑いするキューレの額に手を伸ばしそのまま軽く指を弾く。ぺちんと軽い音がした。キューレが思わず額を手で押さえる。


「あいたっ、なにをするんだい」
「ふふっ。 ……まぁ、次の場所でも頑張れよ。キューレ」
「…………おや?」


ひりひりとした痛みもそっちのけに、珍しいものを見たとキューレが目を僅かに丸くするが問い詰められる前にロナンシェが伝票を掴んで立ち上がった。店内を見渡すとどうやら店が混んでくる時間帯のようだ、キューレも深くは追求せず一緒に席を立つ。


会計を終わらせた後、キューレが悪戯な表情でロナンシェを見詰めた。



「……なぁに?」
「帰ってきたときには、子供の顔くらい見せてね」
「心配しなくても、きっとキューレちゃんが帰って来る頃にはたっくさんいるわよ」



扉を開き、店を出ながら冗談を言う。
けらけらと互いに笑い合った後、二人は別方向の道に分かれて足を進めた。





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その晩、リーフに戻り皆で食事をとった後ロナンシェはクレハと二人で部屋のベッドの上に寝転がっていた。真っ暗な部屋を小さなランプが照らしている。
涼しくなってきたとはいえすぐにシーツは熱を持ってしまい、少し汗ばんで寝心地が悪い。しかし開けている窓から入ってくる風は少しずつ近づいてきている秋を感じるほどにどこかひんやりとしており、うっすらと掻いた汗も冷えていく。
髪を解いたロナンシェは先程まで足下に追いやられていた大判のタオルケットを互いの身体に掛け、それから隣で横になっているクレハの頬を指先で突いた。


「ん?どうしたんだロナンシェ」
「……ねぇ明日のお昼、店が落ち着いたらデートしない?その間はリゾ達にちょっと店番お願いして」
「デート?……ふふっ、私は構わないぞ!どこかいきたい所があるのか?」


にぱっと笑顔を浮かべたクレハにつられるようにロナンシェも笑みを浮かべれば、頬に触れていた指をそのまま相手の耳元に持っていきそっと撫でながら目を細めた。



「ピアス、見に行きたいなって。前につけてたのキューレちゃんにあげちゃったから耳が寂しいのよ〜……折角だからクレハちゃんとお揃いで付けたいな、なーんて」
「そうなのか?んー……そうだな、明日一緒に探そう!いいのが見つかるといいな」
「付き合ってくれる?うふふっ、ありがとうクレハちゃん」



笑顔を絶やさないクレハに胸の内が暖かくなるのを感じながらロナンシェは軽く啄むようなキスをした。くすぐったそうに紫の瞳が細くなるのを眺めた後ぎゅっと抱き付き、細い首筋に顔を埋める。クレハがロナンシェの髪を指で梳きながら不思議そうに首を傾げた。


「ロナンシェ?」


「……クレハは、どこにも行かないでくれよな」


ぽそりと小さく微かに呟かれた言葉。
偽る事のない本心。


「ん?なんだって」
「……うふふっ、なんでもないわよ。明日が楽しみだわ〜って♪」


埋めていた顔を上げ、聞き取れなかったのであろうきょとんとしているクレハにそう笑顔で返すと、そのまま彼女の締まった腰に指を滑らせる。少しだけクレハの頬が赤く染まった。

鎖骨に所有印をひとつ落とすとロナンシェは穏やかに微笑んだ。





「大好きよ、クレハちゃん。愛してる」






これから沢山訪れるであろう寂しさは、

それ以上に沢山の貴女の愛で、どうか俺の心を埋めてくれ。





それから長い夜。
指と指を絡め、互いの愛を確認する。




時折吹き抜ける風が、熱くなった身体を冷ます。
秋の到来がもう直ぐだと告げていた。





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キューレさんを全力で応援したかったのと!!イチャイチャしてるロナクレが!!
書きたかった……のです……(吐血)


るるさん宅、キューレさん(@lelexmif)
ワラビーさん宅、クレハさん(@kuemi9623)

お名前のみ
猫夢さん宅、ヴィンフリートさん(@nekomif_s)
翡翠さん宅、ルミさん(@KingfisherPixiv)


お借りしました!
2015/08/22

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