リゾの休日
ある週末の早朝。
普段は休みである喫茶店「リーフ」が珍しくオープンしており、その店内で会話をする三人の姿があった。
「…で、今日はアナタに依頼をしたいワケ」
「このガキんちょの子守り〜!?」
「が、ガキんちょじゃないですリゾです!今日は遠くまでスケッチしに行きたいんです〜」
早朝故に不機嫌なのか、むしゃりむしゃりとパンや肉にかじりつきながら面倒臭そうに片眉をつり上げるヴォルフに、ロナンシェがカウンター越しに苦笑いしながらお願いをする。その後ろからリゾが様子を伺っていた。
「お願いよぉ〜今日は大事なお客様が見えるからアタシ店を離れられないの、頼んだわよ! 帰ってきたら美味しいお肉用意しておくから」
「……あーもう仕方ねえなぁ、とびきりウマいヤツだぞ!! …しかし遠出くらいひとりでさせれねーのか?」
肉という言葉に反応して渋々依頼を受けるが、このリゾだって聞けばもう18歳になるという。なのになぜわざわざ見守り役がいるのかとヴォルフは疑問を口にした。
するとやはりというか、想定内の言葉が返ってくる。
「だって心配じゃない」
「おまえはお母さんか」
やれやれ、とひとつ大きな溜め息がヴォルフの口から溢れる、ロナンシェはただ苦笑しながら「悪かったわね」としか返せなかった。
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「えへへ!風が気持ちいいですね〜ヴォルフさん♪」
「おーそうだなぁ」
そよそよと心地よい風が吹き二人の頬を撫でていく。
二人は町の外の道をゆっくりと歩いていた。陽射しは強すぎる訳でもなく、ただただ柔らかで気持ちがいい。
「今日はどこまで行くんだ?」
「えっとですね、湖に森に洞窟に古城に…」
行きたい所は沢山ある、なんといっても週に一度しかない貴重な休みの日。リゾはここぞとばかりに今行きたい場所を連ねて言っていく。
暫くしてヴォルフの顔をちらりと見ると驚いたように目を丸くさせており、リゾは首を傾げた。
「あれ?……無理、ですかねぇ?」
「いや、一日でそれは無理だろ!…せめて今日は洞窟に行くくらいにしとこうぜ?」
「う〜…そうですね、分かりました……あ!そういえば店長さんにお弁当を作って貰ったので、到着したら食べましょうね〜!」
しょんぼりとしていたリゾだが、ふと自分が手にしていたランチバスケットの存在を思い出せばそれを高らかに掲げながらヴォルフに笑いかけた。つられてヴォルフも微笑みを返す。
「お、それはいいな! …じゃあ早く食いたいし洞窟まで競争でもするかー!」
「む、負けませんよー!ウチだってかけっこは大得意です〜!!」
くすくすケラケラ。二人は笑い声を上げながら洞窟に向かって走っていった。
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かなり走っただろうか。漸く目的の洞窟の前に到着すれば二人はその場にどっと座り込んだ、まだ呼吸が整わずはぁはぁと息が荒い。
その洞窟は中の暗闇と外からの日光の輝きが混じり、中に入るのを拒んでいるのか誘っているのか…なんともいえない不思議な雰囲気を放っていた。
「はぁ〜やっと着いたぜ!なあリゾ、弁当食べようぜ」
「…………あ…あの、お弁当はヴォルフさん食べてて下さい!ウチはスケッチしてます!!」
その不思議な雰囲気にリゾの心が強く震えた。
「うおぉっ!?」
持っていたランチバスケットをヴォルフに押し渡せば、リゾは背負っていたリュックサックからスケッチブックを取りだしその光景を描いていく。
苔の蒸す岩、光を浴びる草花、飲み込まれてしまいそうな暗い暗い闇。リゾの手は、踊るような胸の高鳴りは止まることを知らなかった。
「…………」
その様子を横目に見ながら、ヴォルフは弁当を綺麗に食べて行く。
気がつけばもう日は落ち、星が輝いていた。
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「全く参ったぜ…なんでおれまで叱られなきゃなんねーんだ!」
「あわわ…本当にごめんなさいです〜!!」
結局店に戻ってこれたのはほぼ深夜に近く、店先で仁王立ちで待っていたロナンシェに二人ともこっぴどく説教をされた。
なんとかそれから約束の食事をすることは出来たが、ヴォルフとしては不服だろう。隣で原因の張本人であるリゾが頭にロナンシェ特製のたんこぶを拵えながら、何度も何度もヴォルフに頭を下げた。
「あ…で、でも!!とっても楽しかったです〜!ありがとうございました!」
「…やれやれ、まぁこれで依頼完了だ。おれは帰るぜ」
己の寝床に帰るのであろう、立ち去っていくヴォルフの背に向かってリゾは大きく手を振りながら感謝の言葉を叫んだ。
「とってもとっても素敵なお散歩でした!」
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一葉さん(@kazuhasosaku )宅ヴォルフさんお借りしました。
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