melancholy




穏やかな笑みが、目に焼き付いた。

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「……ちょ、ちょっと!キューレちゃん…っ!?」

店内に響いた声にはっと意識を取り戻しドアへ視線を向けたが、声の主は既に立ち去った後だった。キューレが置いて行った絆創膏を握り締めて後を追いかけるように店から飛び出す、奥のテーブルの方にリゾがいたから客の対応はしてくれる筈だ。

傘も差さずに走り出し、ぱしゃりと水溜まりを蹴り飛ばしながら店の前の通りにまで駆け出す。雨の中まばらにいる人影の中を探すが、そこにキューレの姿は見当たらなかった。もう家に帰ったのか、それとも別の店に行ったのか。


そもそも見つけ出した所で一体自分は何を聞こうとしているのだろう。

濡れた道の上でロナンシェは立ち尽くした、小さな街灯だけがちらちらと辺りを少しだけ照らしている。視線を手元に移せば握っていた絆創膏は赤みと湿気を含み、ぐずぐずにふやけてしまっていた。もう使えない。

「……絆創膏、これだけじゃ……足りないわよ」

薄らと悲しげな微笑みを浮かべながら呟いた。雨が身体を静かに打つ。
春が近づいているとはいえまだ雨は冷たい。髪が、服が雨に濡れて重たくなっていく、それらが肌に張り付いて気持ちが悪い。雨水が傷口に滲みてじわりと傷んだ。



まばらにあった人影も少しずつ消えていく。
視線を周囲の建物より少し上に向ければ、微かに城の姿が見えた。
ロナンシェはキューレが店から出る前に言った、わざとらしく張り上げられた言葉を思い出した。三日間の城への出張。

「三日間……その後、本当に帰って来てくれるのよね……?」

いつもと違うような態度に不安感を拭えずにいたが、彼がそう言うのだから今は信じなくては。
どちらにしろ、店がありどこにも動くことの出来ない自分は帰りを待つしかない。
だからせめて彼が落ち着いて安らげる場所を作り、暖かな笑顔で迎えなければ。


「お帰りって、いわなきゃ……」


きっと三日間ともなればクタクタに疲れて帰って来るはずだ、少しいつもより良いラムを仕入れておこう。喜んでくれるはずだ。
それからつまみは何が良いだろうか。小食の彼とはいえ何か腹に入れさせなくては。

それから、それから。


「…………まずは、アタシがこんなに暗かったら駄目よね」


彼はきっとまた、変わらぬあのすましたような顔で店に来てくれる筈だ。
今はそれを願っていよう。


ロナンシェはくるりと振り返ると、駆け足で自分の店へと戻っていった。
風邪を引いてしまう前に早く帰って、置いてきてしまったリゾと客に謝ろう。
そして、明日もまた元気に客を迎えねば。






雨はまだ、降り続いている。





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るるさん宅、キューレさん(@lelexmif)お借りしました。


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