crybaby




緩やかな時が、止まった気がした。

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「…………俺も街を出ようかな、ヴィンフリートみたいに。」


キューレの口から不意に呟かれた言葉に、思わず全ての思考が停止してしまった。



ガシャン、と持っていたグラスが緩んだ手から落ち、作業台の上で音を立ててバラバラになる。その音にざわりと他の客がどよめいた事で漸くロナンシェははっと意識を取り戻し、「ごめんなさいね、ちょっと手が滑っちゃった」といつもの調子で周囲に軽く謝った後割れたグラスに視線を戻した。否、本当はキューレの顔を見たいのだが、怖くて視線を向ける事が出来ない。


街を、出る?

キューレが?


冗談かもしれない。
本当に出るとしても、それこそ以前のヴィンフリートのように数日なのかもしれない。
…いや、これは自分が思っている願望なだけだ。一番怖い想像を無意識に避けている。
彼は向上心の強い男だ。ひたむきで真っ直ぐで努力をしていて、それをけして表に出すことはないが傍にいて感じるものはいくつもある。
だから、もし彼が本当に、本気で何かを求め旅立つとなると。


「…………っ」

ぎゅっと手元の割れたグラスの破片を握り締める。ぷつりと手が切れて血が流れたがそんな事今はどうでもいい。恐怖を、今にも不安で泣きだしてしまいそうな気持ちを痛みで紛らわせたかった。

そう、自分の頭の中だけで考えたって仕方がない。目の前にいる彼に本意を聞かなくてはならない。

ぐっと一度手のひらに力を込めた後、ゆっくり、ゆっくりと顔を上げキューレに問い掛ける。


「……冗談、言わないで頂戴?」


むしろ冗談であれと心の底から願いながら口元を無理矢理緩めて笑う、わなわなと唇が震えて仕方がない。




歪みそうになる視界の先で彼が呟く言葉は。一体。




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るるさん宅、キューレさん(@lelexmif)
猫夢さん宅、ヴィンフリートさん(@nekomif_s)
お借りしました。

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