rainy dey



何でもない日の、何でもない話。

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夕立が酷い。
ざあざあと降り続くそれが止む気配は一切無さそうで、現在客もいない薄暗い店の中でロナンシェは皿を拭く手を止め眉間に皺を寄せ窓の外を眺めた。
振り続ける雨は店の前に植えている木の葉を強く打ち、ばたばたと音を立てている。

雨の日は嫌いだ。頭が痛い。

「気分が滅入っちゃうわね……ねぇ、クレハちゃん」
「……」
「……あら?」

先程雨宿りに来てカウンターの奥に座っている筈のクレハから返事がなく不思議に思い視線を移せば、クレハは腕を枕にして静かに寝息を立てていた。

「……ふふっ、可愛い顔しちゃって」

拭いていた皿を食器棚に収め、布巾を流しに置きロナンシェはそっとカウンターを移動してクレハの傍に行く。まだ少し湿っている髪を起こさないように優しくそっと撫で、そのまま店の出入り口に向かい看板を「open」から「clause」にひっくり返す。もう日も落ちるしこの様子なら客も来ないだろう。リゾも後少し経てばデリバリーから帰って来るはずだ、きっとずぶ濡れだろうからタオルを用意しておかなくては。

「ふう、これだけあれば大丈夫よね」

キッチンの更に奥の洗面所からタオルを何枚か持って来て店の入り口すぐのカウンターの上に置いておく。それからサロンを取り首元のスカーフを解いてそれらを適当に近くの椅子の上に投げた後、クレハの様子を窺う。まだ目が覚めないようだ。首元できらりと自分がプレゼントしたネックレスが外からの僅かな光を受けて輝いているのを見て微笑む。ふと思えばもう雨雲の上に隠れている太陽が山の向こうへと沈んでいるのだろう、外も薄暗い。ロナンシェは店内が完全に夜の闇に包まれる前にいくつかランプに明かりを灯した。辺りが薄らと暖かなオレンジ色に包まれる。それらをカウンターの中央とテーブルの上、入口の横にと置いていく。これでリゾが帰ってきても暗さで困ることは無いだろう。

「あっ、そういえばもう少しで月が替わるわね」

ふと思い出したように窓際に足を向ければ、そこにはジュゼッペの人形が。今は小さなマフラーとセーターを着せている。来月になればもう少し暖かになるだろうから、その時はベストを着せても可愛いかもしれない。リゾが帰ってきたらちょっと考えてみようと微笑みながら人形の頭をひと撫ですると、かちゃりと小さく首が頷くように揺れた。

人形の様子を暫く見た後雨で鈍る身体を解すようにぐっと大きく背伸びをしてから、クレハの隣のカウンター席に腰を下ろし同じように腕を枕にしながらその寝顔を見詰める。その眠る顔に掛かる紫の髪をそっと指先でかき上げると、くすぐったいのか少し身じろいだ。
可愛らしい。

「……クレハちゃん」

伸ばしていた指先でそのまま起こさないように頬を優しく撫でる。柔らかで、暖かい。


この前のレターズフェスでまさかクレハに、あんな風に告白をされるなんて思ってもいなくてつい喜びと勢いで返事をしてしまった。勿論クレハに告白されたのが嫌な訳ではない。思い人に逆に告白されるなんて、そんな幸せがあるだろうか。
それにクレハは暴力的で優しさもないあの一面を見ても、怖がる事なく受け入れてくれた。あれからがきっかけで少しずつではあるが、友人にも隠さず本音を零していけるようになって来ている気がする。
だけれども自分は、どうにも自分が嫌いだ。周りの人が皆素敵で大好きで愛しくて仕方がない。だけど、だからこそ自分の何も取柄の無さや醜い部分が嫌になる。
そんな自己嫌悪してしまう部分を含め、いつかクレハが自分の事を嫌いになってしまわないだろうかと思うと不安で仕方がない。


つい昨日の事でもそうだ、ヴィンフリートが実家に帰る時の事。実際はただ数日帰省するだけとの話だったが、その話をジュゼッペから聞いた時は正直目の前が真っ暗になったような心地だった。もし本当に実家に帰り二度と街に戻ってこないとなると、今なら泣いて引き止めていたかもしれない。
このまま、また昔のように一人ぼっちになってしまうのかもしれないと怖くて体が震えた。

今、リゾがこっそり地図や地方の国の本を集めているのも知っている。彼女が世界中を旅してみたいという夢を持っているのも知っているし、それで実際に旅に出たいと言ったならばその時は全力で応援してあげたい。
だけれども、その時自分は果たして笑顔で送れるのかと考えたらそれは不可能でしかなかった。

自分はどうにも人が好きすぎるのだ。人の優しさに、楽しさに、熱意に触れてその人柄が愛しくなって、暖かくて居心地が良くて。だから自分の元から人が去る事がどうにも受け入れ難くて、ただただ辛い。
ああ、なんて弱くて醜いのだろう。

以前は自分を誤魔化して平気なフリも出来た。旅立つ人を笑顔で見送ることも出来た。

だけれども今は。愛する人に少しずつ解されていっているこの弱い心では、きっと無理だろう。
だから時折ふと、もしクレハがこんな自分を置いてどこかへ行ってしまったらと考えると怖くて仕方がない。



頬を撫でていた指先をそのまま相手の肩に回し、今ここにいる事を確かめるようにぎゅっと抱き寄せる。すると流石に目が覚めたのか、クレハが微睡む瞳でロナンシェを見上げていた。

「ん……?あぁ、ロナンシェ……ふふふ、どうしたんだ?そんな泣きそうな顔して」
「……あらやだ、アタシったらそんな顔してた?」

ふふっ、と口では笑って見せても目までは笑う事が出来ず眉尻は下がったままで、代わりにクレハがくすくすと微笑んだ。

「ああ、してるぞ。何か嫌な事でもあったのか?私で良ければ相談に乗るぞ!」
「……ううん、大丈夫。クレハちゃんが傍にいてくれるだけでアタシ元気になれるわ」

目の前の恋人の愛しさに思わず視界が歪みそうなのを誤魔化すように、ちゅっと軽く触れるだけのキスをする。すると最近は少し治って来ていた赤面症もじわりとその姿を見せ和ませてくれる。

「う、うぅ……そ、そうか?でも私もロナンシェが一緒にいてくれるだけで楽しいぞ!」

顔を赤らめながらも、そう笑って返してくれる真っ直ぐな言葉にどれだけ救われているだろうか。


思わず再度重ねようとした口付けは、びしょ濡れで飛び込むように帰ってきたリゾによって未遂に終わった。



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ずぶ濡れのリゾをタオルで拭いたり風呂場に押し込んだりと、ドタバタとしている間にいつの間にか雨が止んでいた。それからクレハが寝床に帰って行くのを少々名残惜しく見送った後それぞれの自室へと戻る。

「あー……今日は何だか変に疲れちゃったわ」

きっと雨のせいね、と呟きながらベッドへと倒れ込む。そのまま暫く何をするでもなくゴロゴロとしていたが、ふとベッドサイドの上に置いていた柔らかな物に手が触れればゆっくりと起き上がった。そこにあった物は暖かな友人がレターズフェスの時にプレゼントしてくれた、緑色のセーター。ヴィンフリートの見送りの時に着て行こうか悩んで、結局そのまま出しっぱなしにしていたのを思い出した。ランプを点け、そのまま改めて手に取りじっくりと眺める。

「ホント、とっても丁寧に編んでくれてるわよねぇ」

自分も編み物をたまにするからこそ分かる。網目の丁寧さ、規則正しさ、模様のずれもないそれは本当に素敵で暖かい。柔らかなセーターをぎゅっと抱きしめながら、大好きな友人からこんなにも手の込んだ贈り物を貰って改めて自分は幸せ者だと感じる。

ヴィンフリートだけじゃない。いつもふざけ合ってくれるキューレも、笑顔で店に来てくれるジュゼッペも、一緒にお茶を飲みに行ってくれるトゥーヴェリテも。

クレハだって。

他にも言い出したらキリがない程に素敵で暖かな人達に囲まれている。

皆が、本当に好きだ。


「……アタシは、もっと変われるかしら」


再びベッドに仰向けに沈めば、ぼんやりとを眺めながらそう呟いた。
強いフリじゃなくて、本当に強くなれたら。
暖かな優しさを与えれるようになれたら。


その時は自分を好きになれるのだろうか。
誰かに自慢してもらえるような、そんな素敵な人にこんな自分もなれるだろうか。

自分の自慢の恋人や友人達のように。




外ではぐずついた空が、夜空を隠してまた雨を降らしている。





ああ、雨の日はどうにも頭が痛い。

これ以上余計な事を考えてしまう前に、ランプの火を吹き消した。





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今は大好きな人の傍に立てて、一緒に手を取り合えている。
それでいいじゃないか。



きっと考えすぎだ。






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ワラビーさん宅、クレハさん(@kuemi9623)
猫夢さん宅、ヴィンフリートさん(@nekomif_s)
冴凪さん宅、ジュゼッペさん(@sana_mif)
るるさん宅、キューレさん(@lelexmif)
みそさん宅、トゥーヴェリテさん(@misokikaku)
お借りしました。

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