隠せなかったもの
太陽も昇りきった昼下がり、ロナンシェは外の喧騒にゆるりと目を覚ました。
昨日はどうも寝付けなくて遅くまで一人でぶらぶらと飲み歩いていたからか二日酔いが酷い。今日は定休日なんだもう少し寝たい静かにしてくれ。
重い頭を抱えそんな事を思いつつ窓からそっと街並みを覗けば、幸せそうにプレゼントを贈り合う人々の姿。
嗚呼、そうだ思い出した。昨日寝付けなかった原因。
今日からもうletters fes.
普段お世話になっている人に、家族や友人に感謝を伝える日。
そして、愛する人に思いを。
「…アタシも出かけなきゃ。」
まだとろりと閉じそうになる瞼をなんとか開きながら、ロナンシェはひとつ小さな欠伸をした。
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「ふふっ。今日は思ったより寒くないわねぇ、良い事だわ。」
黒いタートルネックにボトルグリーンのコートを羽織って、人で賑わうメインストリートを荷物の入った紙袋を抱え歩きながらロナンシェは小さく微笑んだ。風は冷たいが日差しは暖かくて少し機嫌が良くなる。二日酔いもなんのその。
「さて、オグロちゃんには勿論お酒でしょ?ルミちゃんには手作りの果実酒、キューレちゃんにはシルバーのピアス、ヴィンフリートには良い蜂蜜が手に入ったから…」
ぶつぶつと呟きながら紙袋の中をチェックする。野菜を取り扱うオグロや、果樹園を営むルミには仕事柄いつも世話になっているのでその改めてお礼に。キューレとヴィンフリートには友人としても勿論だが、この前の飲みで早々に潰れてしまった上に家まで連れ帰って貰ったらしく(記憶はあまりないが後からリゾに聞いて目を回してしまった)罪悪感もあるのでその時の謝罪も兼ねて直接手渡ししたい。他にもまだまだ渡したい相手は沢山いる。
その中にふわりと翻る紫色の髪。
「クレハちゃん…。」
この前のクレハによる突然の「仕返し」は大いにロナンシェに効果抜群で、何度も不意に思い出しては赤面をしてしまう。ついつい蝶の翅まで飛び出してしまいそうだ。
(パーティーで、いっぱいドキドキさせられたから)
(しかえ、し…です…)
「あれは…うぬぼれて…良いのよね?」
年甲斐もなく赤くなってしまった顔を隠すように手で覆いながら口元を緩ませる。
クレハのあまりの純粋さに最近は何だか酷く引け目を感じていたが、それでもやはり彼女の事が好きだ。この気持ちに嘘はつけない。
以前トゥーヴェリテがジュゼッペと共に喫茶店に来た時の事を思い出す。そう、自分ももっと若い頃はあんな風に一直線に向かっていたはずだ。歳を重ねて変に臆病になっていたのかもしれない、と自分に言い聞かせる。トゥーヴェリテの驚くような強い行動力を間近に見てロナンシェは少なからず勇気を貰ったのだ。
口元にやっていた手を懐に忍ばせ細長いケースとそれに添えた手紙の感触を確かめる、彼女は喜んでくれるだろうか。
「あっ!ロナンシェ―!!」
「あら、ファインちゃんじゃない!」
そうぼんやりと立ち止っていた所で上空の方から聞き慣れた声が聞こえた。つられるように視線を上に向ければファインが大きく手を振りながら飛んでおり、そのままこちらに向かって来たかと思えば上手く体を翻しふわりとロナンシェの隣に降り立った。
「うふふっ丁度良かったわ♪はいコレ、いつも有難うね。」
にこりと微笑みを浮かべれば、紙袋の中を探りファインに渡そうと思っていたラッピングを施したクッキーの詰め合わせを差し出す。ファインが中身に気が付けばすぐさま瞳を輝かしつつ受け取り、中のクッキーをひとつ摘まんで口にぽいっと放り込んだ。
「…美味しい!ちょうど配達帰りでお腹空いてたんだー!えへへ、ありがとロナンシェ。」
「あら配達帰り?やっぱりこの時期は忙しいのねぇ…お疲れ様。」
ぽんぽんとファインの頭を帽子越しに軽く撫でながら暫く談笑を続けていると、遠くの方にちらりとクレハの姿が見えた。
思わず胸を密かに高鳴らせながらよく見ると、隣で知らない男の姿がクレハの手を引っ張っている。クレハはというと困ったように笑っていて、これは。
これは。よくない。
「…ファインちゃんごめん!コレ、アタシの店まで届けといてお願い!」
「えっ!?う、うん分かった!」
持っていた荷物をファインに渡しロナンシェはクレハの元まで全力で走った。向こうが歩いていたのが幸いし、暫くして人気のない曲がり角で追いつけばなりふり構わずクレハの肩を抱き寄せ男の手を無理矢理引き剥がした。
「え?ろ、ロナンシェ!?」
「…あぁ!?なんだお前!」
「…悪いわね、アタシこの子に用があるの。」
そのままクレハを隠すように己の後ろに行かせればなんともガラの悪そうな男が当人からしてみれば邪魔をしてきたロナンシェを睨み付けて来たが、ロナンシェが声を出すなり下品に噴き出した。
「たっはっは!なんだぁ!?気持ちの悪い喋り方しやがって!オレぁそのネーチャンと楽しい事する所なんだよ失せやがれブッ飛ばすぞ!」
「………は?」
「あぁ?耳が遠いのか!?喋り方が気持ち悪いっつてんだよ失せやがれ!」
ぷつり、頭の中で何かが切れる音がした。
ああ、駄目だ駄目だ。でも、これは。こればかりは。
我慢が出来ない。
「…おい、今その汚い口でなんて言った?」
「はぁ?何なんだお前、喋れんなら最初からマトモにしゃ…ぎ、…ああああぁぁっ!!!!」
下品な男の脛を思い切り蹴り飛ばす。突然の痛みに驚き悲鳴を上げながら男がしゃがみ込めば、それを狙ったかのようにそのまま顔面を膝で蹴り上げる。
「…なんだ?俺をブッ飛ばすんじゃなかったのかよ、おい。」
「ひ、ひっ…!?」
「俺はな、あの口調を馬鹿にされるのと女性を大切にしない奴が大嫌いなんだよ。どうだ、気を失うまで殴られてみるか?」
歯が折れ壁際で痛みに蹲る男の髪の毛を掴み上げ、ロナンシェが冷めた目で男を見下ろし淡々と喋る。勝てないと悟ったのだろうか、男は振り払うようにしながら足を引きずり大慌てで逃げて行った。それを姿が見えなくなるまで目で追いながらも、暫くしてはっと我に返る。
「ろ、ロナンシェ…大丈夫か?」
そう、後ろにはクレハが。
「……く、クレハちゃん大丈夫?クレハちゃんは優しいからきっと気が付かなかったのかもしれないけれど、ああいう男についていっちゃ駄目よ?」
なんとか取り繕うように普段の口調で苦笑を浮かべながら振り返るが、クレハの顔を見ることが出来なくて視線が下にいく。
「う、うん…それよりロナンシェはその、怪我してないか!?」
「あ、アタシは大丈夫よ…ありがと。」
こんな時でもそんな優しい言葉を言うクレハに胸がじくりと焼けるような感覚を覚えながら、ロナンシェは懐に入れていたケースを取り出しクレハに押し付けるように渡した。
「く、クレハちゃんそれ、いつものお礼ね?気に入って貰えたら嬉しいわ?それじゃ!」
「えっ!?ちょ、ロナンシェ!?」
そのまま振り返らずに逃げ出すようにその場を後にする。ああ、これじゃさっきの男と一緒じゃないと眉間に皺を寄せるがそれでも足を止めることは出来なかった。
一番見られたくない自分を、一番見られたくない人に見られてしまった。
はぁ、とロナンシェはひとり、深いため息を零す。
思いを形で届けることは出来たけど、言葉で伝えることは出来なかった。
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細いシルバーチェーンに小さな一粒だけの水晶のネックレス。
無色透明なそれはまるで純粋なあなたのようで。
クレハちゃん
あなたの笑顔も、明るいとこも。悪戯好きなところも全部、大好きよ。
ロナンシェ
そっと、小さな手紙を添えて送ります。
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企画内企画、レターズフェスでのお話。
ファインさん(@910sousaku)
クレハさん(@kuemi9623)
ルミさん(@KingfisherPixiv)
キューレさん(@lelexmif)
ヴィンフリートさん(@nekomif_s)
ジュゼッペさん(@sana_mif)
トゥーヴェリテさん(@misokikaku)
お借りしました。
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