不安定な視界


空気が澄んで星がとても良く見える夜、ロナンシェはメインストリートを歩いていた。
二月に入ったとはいえ外はまだまだ冷える。むしろ今年は例年以上に寒いように感じて、頬を突き刺すような冷たい風にロナンシェは思わず顔をしかめた。口元をマフラーに埋めて隠し、手袋に包まれた手はそれを更に暖めるようにコートのポケットの中へと運ばれる。

「ご機嫌ナナメだね、ローナ。」
「だっていくらなんでも寒すぎよぉ……これなら家で飲んだ方が良かったわ。」
「ふふっ、なら引き返す?それこそここまで来たのが無駄になるけれど。」
「……意地悪言うんじゃないわよ。」

ロナンシェはぶるぶると身体を震わせながら隣を歩くキューレにそうぼやく。これではまた風邪を引いてしまいそうだ、頭の触角も思わず縮こまる。
だらだらとそんな下らない話をしながら行きつけの酒場に足を運べば、そこのカウンターの端の席にひとり見慣れた姿があった。

「あらぁ!ヴィンフリートじゃない!」
「ん?やぁロナンシェさんにキューレさん。こんばんは。ふふっ、なんだか以前と逆だね。」

今までの寒さの事も忘れたかのように笑顔を浮かべ飛びつくように声を掛ければ、ヴィンフリートも柔らかな笑顔でそれに答えてくれた。そのままロナンシェが隣の席に座り、そのまた隣にキューレが座り酒の注文をする。

「ヴィンフリートはひとり?」
「うん、今日はなんだかよく冷えるからね。ちょっと一杯飲んで帰ろうと思って。」

そうヴィンフリートが手元の蜂蜜酒の入ったグラスを軽く掲げながら微笑んだ。ふわりと香る蜂蜜に心が安らぐ。暫くしてロナンシェとキューレの分のグラスも運ばれてくれば、三人でそれらを合わせ「乾杯。」と微笑んだ。
グラスを傾け甘い果実酒が喉を通れば、そのアルコールにじわりと身体が暖かくなるのを感じた。気分もふわりと心地良くなる。

(クレハちゃんともいつか一緒にこうしてお酒、飲んでみたいなぁ)
そう一瞬思った後、ロナンシェはぷるぷると小さく首を横に振った。




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「そういえばこの前はヴィンフリートの素敵な初恋話を聞いたわねぇ。」
「ははっ、まだ覚えてたのかい?」
「当たり前じゃないの!……ふふっ、だからお返しって訳じゃないけど今夜はアタシの初恋話をしてあげる。まだ誰にも言った事ないのよ?」

キューレちゃんからもこの前昔の奥さんの話、聞いたしね。とこっそりヴィンフリートには聞こえないように耳打ちした後、ロナンシェはほろ酔う唇から過去の思い出を呟き始めた。

「アタシね、実は昔はかなりやんちゃしてたのよ。15の頃には家を飛び出して……そこら辺のガラの悪い奴らと喧嘩なんてしょっちゅう。愛想も悪くて、小さなバーで住み込みで働いてたの。」
「へぇ……ロナンシェさんが……。」
「で、そこにたまたま来た旅芸人の歌姫さんがアタシの働いてた店に来てね?凄く美人で明るい笑顔で、とっても気さくで……まぁ惚れちゃったのよね。」


うふふ、と陽気に笑い声を零しながらくいっとグラスを傾ける。空になったそれをカウンターのバーテンダーに押し付け新たに別の酒を注文しながらロナンシェは話を進めた。

「それから少しずつ話していって、お付き合いして…彼女の暖かさ、優しさにとってもアタシ救われたのよ。女性の素晴らしさも全て教わったわ。今アタシがこうして明るく楽しく過ごしていられるのも彼女のお蔭といってもいい。……だけどまぁ彼女は旅芸人。結局はお別れしちゃったけどね。」

元気かなぁ、と呟きながらロナンシェはグラスをひとつ、またひとつと空にする。いつも以上に早いペースにキューレが少々違和感を覚えた。そういえば先程から注がれている酒はいつもロナンシェが飲む物よりかなりキツい酒だ。

「……ローナ?」
「………貰ってばかりのアタシが…誰かを幸せになんてできるのかなぁ……」

そう誰にも聞こえないような声で囁いた後、ロナンシェはテーブルに突っ伏して動かなくなった。ちらりとヴィンフリートが顔を覗けば、頬を真っ赤にさせながら唸り声を上げている。

「これは……完全に潰れているね。」
「……今日はもう引き上げよう。ローナ、立てるかい?」

軽く肩を揺さぶりながら問い掛けるキューレの声にロナンシェが「だいじょうぶ、ごめんね」と小さな声で返事をした後ゆっくりと体を起こした。会計をすませた後二人が肩を貸しながらロナンシェを家まで連れて帰ることにした。


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「ごめんね、ごめんね。」
「いいから、ほら口まで回ってない。」
「そうだよ。ロナンシェさん無理しないで。」

ぽてぽてと不安定な足取りなのを二人が両脇で支える。ロナンシェはもう完全にアルコールに逆に飲まれたのか、普段なら酔えば笑い声を上げる筈なのにぽろぽろと泣いている。

「アタシね、ほんとはキューレちゃんにすっごく憧れてた。真っ直ぐで、皆を微笑ませることが出来るキューレちゃんが。ヴィンフリートのその暖かい優しさも、すごく、すごく。」

めそめそと、普段なら絶対に晒さない弱音を零しながらロナンシェはまた泣く。最早自分で何を言っているのかも理解してないのだろう。無意識に本心が駄々漏れていた。

「アタシは、おれは、自信がないんだ。口調だってなんだってあの彼女からの借り物で。ホントはからっぽで、汚いんだ。でも、でも綺麗なクレハちゃんに恋しちゃって。好きで、でも。」
「……落ち着いて、ロナンシェさん。」


そう、普段の口調も明るさも、優しさだって以前の彼女から教わったものばかり。
これら全ては彼女から貰ったロナンシェの誇りであって、でもそこにはロナンシェ自身がまるでないような気がして。
そこにロナンシェは自信をいつも密かに持てていなかった。



「本気で好きになっちゃって、でも、自信がなくて怖いんだ。」


それなら、いっそこのままでいた方が良いのか。それとも進んでも良いのか。




「……飲みすぎだよ。今日はもう、ゆっくりとお休み。」


「……ありがと、キューレちゃん…ヴィンフリート…」

ロナンシェの喫茶店がすぐそこまでという所で、そうキューレが呟く。
涙で滲む視界をゆるりと閉じた瞬間、愛しいあの姿が見えたような気がした。







(ロナンシェ!)









嗚呼、それでもアタシの心はもう引けない程、既にあの子に囚われている。





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るるさん宅、キューレさん(@lelexmif)
猫夢さん宅、ヴィンフリートさん(@nekomif_s)
ワラビーさん宅、クレハさん(@kuemi9623)
お借りしました。

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