「五条悟と接触したようです」
 
「そうか」
 
 ここから離れていなくなる。
 
 その事実に心を痛めてはいけない。高専を離れた時、初めて猿を殺した時、その時に一緒に後悔も殺したはずだ。だから、元良が元の巣に戻ろうとどうだっていい。
 どうだっていいはずなのだ。
 あの屈託のない笑顔で、とぼけた物言いで、寄り添おうとしてくれることを期待してはいけない。
 そんなものたちは全て菜々子と美々子の手を掴んだ時に諦めて置いてきたもののはずだ。
 今更になって都合よく手元に置いておこうなんてそんな虫のいい話許されるわけがない。
 
 :
 
 菜々子も美々子も元良に懐いていたようで、焦っていた反面、実を言うと嬉しくもあった。
 二人を受け入れてくれているという事実と二人が懐いているという現実が、純粋に喜ばしかった。同性だからこそ相談できることもあるだろう。歳が近いからこそ親近感も湧きやすかっただろう。夏油と接点があったから近づこうと思ったのだろう。
 双子のどんな思惑があったにせよ、彼女たちの教育に一歩買って出てくれたのはありがたかった。
 しかし、感謝することもあったにせよ、元良には元いた場所に戻ってもらわなくてはならない。
 そうでなければ、困る。
 そばにいることに対して目を瞑り続けてしまうから。
 
 元良から親愛以上の気持ちを持たれていることは知っていた。
 共通点が他の高専の同学年よりも多かったから夏油も少しばかり多めに気にかけていた節もあった。
 
 だけど、元良のこれからの人生を棒に振るようなことをしてまで追いかけてきて欲しいわけではない。
 夏油についてきて身を滅ぼすようなことになって欲しくはない。
 どれだけ本人が呪詛師になると主張しても、認めてはいけなかった。呪術師でいる方が胸を張って生きれる。呪詛師のように日陰で暮らさなくていい。
 それに夏油は元良の憧れでもあった。だから、今の夏油を間近にみて苦しくなるに違いない。思い出は美しいままでいい。わざわざ醜悪な現実を見にこなくていい。
 
 非呪術師を猿と呼び、それらは金か呪いを集めるための有象無象としか思っておらず、都合が悪くなれば殺す。
 良心は咎めない。彼らは人間ではなく、猿だから。
 そんな学生の頃に掲げていた正義とは真反対を持ち合わせているようになった。
 
 祓う、取り込む、その繰り返し。
 祓う、取り込む、また繰り返し。
 祓う、取り込む、大義のために。
 
 大変な作業だ。成し得たい大義のためには一刻も無駄にしてはいられない。
 食事は最低限のエネルギー補給。睡眠も最低限。ストレスの元である猿の不幸もしくは不運であるという与太話を聞き流し、祓ったり、殺したり。術師の最適化を目標に邁進している。
 
 こんな様子を見て元良はきっと幻滅して高専に戻るはずだと思っていたのに。ここにいるのが、そばにいるのが辛くなるように、とても耐えられないようにきつくあたっていたのに。
 それなのに、めげない元良に絆されてしまった。
 そんなことをあってはならないのに。
 
 猿を手にかけるのに良心は痛まない。少しも。そんな様子をみて幻滅して離れてくれればよかったのに。元良の方が耐えられなくなって、見限りをつけてくれればよかったのに。それなのに。
 
 五条と接触したと聞いて、安堵したのに。
 まともな道に戻ってくれると。
 
 でもまた戻ってくるなんて。
 これ以上気を許す場面を与えないでくれ。
 もうこれ以上絆される機会は無くなってくれ。
 胸の奥に沈ませた、淡くて大切だったものを思い出させないでくれ。
 もう、この身を業火の中に投げ捨ててくれ。
 心の安らぎを求める自分自身を殺してくれ。
 
 いっぱいいっぱいなんだ。
 許されてはいけない存在なんだ。
 なのに、いつも変わらない笑顔を向けるのはやめてくれ。
 いつもと変わらない様子で話しかけるのはやめてくれ。
 愛おしいという気持ちを滲ませるのはやめてくれ。
 険しい道を共に歩もうとしないでくれ。



 
 満はまだやり直せる。
 一緒に泥中に身を沈める覚悟を決めないでくれ。
 
 悟の方が私より強い。
 悟に満のことを頼んだから、呪詛師になるより致死率は低くなるはずだ。
 硝子と仲が良かっただろ。
 七海とも仲はよかっただろ。呪術師を続ける上での愚痴を聞いてもらえ。
 夜蛾先生は満のこと唯一まだマシだと言っていたから、これ以上胃に穴が開くようなことをするんじゃない。
 
 私は、私は大丈夫だから。
 今の状況は私が選んで、身の回りを全て捨てたから。
 それに、志を同じくする仲間もいるから。
 だから満、私の元から去ってくれ。
 
 ……今から君の元へ行く。これが最後だ。



 
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