B




大学の友達が言ってたの。絶対に恋人にしちゃいけない職業の人。美容師とバーテンダーとベーシストとバンドマン。なんだって。
あの人を見かける度に私は思い出す。教訓として。





私の視線の先には机に突っ伏してぐうぐう寝ている彼。
頬杖していたのか曲げられたままの腕がでろんと投げ出され、開いたままの本が枕代わりに下敷きになっていた。なにを読んでたのかしら、とその本を見る。カボチャの育てかた…?

彼の周りに積み上げられた漫画やら医学書やら哲学書やら雑多な本は、少しでも揺らしたら倒れてしまいそうなほど不安定。




私の行きつけの図書館にたまに来るこの人はバンドマンでベーシスト。絶対に好きになっちゃいけない人。

飄々としてて、いつもヒッヒッヒ、なんて変な笑い方をしている。よくわからない人。

そんな彼が真面目な顔をするのは、図書館の隅のスペースで一人静かに本を読んでるとき。

その横顔を見かけてから…なんだか気になる存在になった。でもそれは、恋愛対象としてじゃないわ。

私、恋愛に関しては保守的な女だって自分でもわかってるつもりよ。男の人で失敗するのなんて嫌よ。だから優しくてそこそこの容姿で安定した収入の凡庸な人が一番いいの。バンドマンやベーシストなんて絶対ダメ。
いかにも遊び人で女好きじゃない。そんなの苦労するに決まってるわ。だから。

ダメよ。寝顔が思いの外可愛いからって。

恋人にしちゃいけない。頭ではよーくわかっているの。自分勝手で気分屋で自分が一番可愛い、きっと恋人は二の次な彼。



だから、ね?
図書館に通うたび、彼の笑い声がしないか、耳を澄ませているのも。わざわざ小説コーナーから遠いこの場所を通るのも。
寝ている彼の横顔を眺めているうちに胸にゆるりと広がる熱だって。

気づかないふりをしなくちゃ。彼は、好きになっちゃいけないんだから。



「…あ!」


彼の側に積み上げられた本が、彼が身動ぎしたせいでバランスを崩した。

落ちないように慌てて駆け寄ったけれど、時は既に遅かった。
私の手でキャッチできたのはたった一冊だけ。他は床に落ちてしまった。

バサバサ、と派手に落ちた本の音が一帯に響き渡る。


どうしよう。彼が起きてしまう。
このまま逃げる?でも彼との距離は数センチ。逃げる前に起きてしまうかも。葛藤しているうちに彼が起きていた事なんて気づかなかった。

「…あれ?」

寝起きですこし掠れた声が響いた。
反射的に声の方に顔を向けてしまった。そこには、眠そうに欠伸をする彼…スマイルがいた。


「うーわ、すごいことになってるねぇ。」


スマイルは床の本を見て、緩く笑ったあと、私の方に顔を向けた。

「あ…本、拾ってくれたの?ありがと。…キミは?」

はじめて正面から見た顔は、遠くから見るよりも優しい瞳をしていた。

身体の体温が上昇するのがわかる。心臓がうるさい。

どうしよう。気づかないふりをしなくちゃ。

でも。でも!

「…ベル、です…。」


きっと私、はじめから落ちていた。
本を手渡しながら、返ってくる笑顔にトドメを刺された私は、その時から彼の虜になった。

End


prev next

 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -