梔子の上で綾取り






黒い漆塗りの針箱から色とりどりの絹糸が覗 く。 鴇色に鳶色鶯色。翡翠色の隣にほつれた赤い 絹糸が、針箱から弛みながら孤を描く。 その孤の先には死人のように白い腕。

その細い手首に巻きついた糸が じんわりと柔 肌に食い込んだ。 弛んだ孤を掴んでぎゅうと引っ張る男は、糸 の端を掴んでいた。

男、スマイルが少し力を入れただけですぐ折 れてしまいそうな細く白い手首。 紅い糸は血流を阻み、押し潰された青い血管 はぷっくりと浮き上がる。

障子の外では鈴虫が呑気に鳴いている。 夜の野や池を月の光が優しく照らしていた。 しかしそんな月光を遮断して、障子の中を照 らすのは僅かな蝋が残る一台の行灯。 その行灯が照らすのは2人の男女だけ。

柔らかい黄色の光は西洋の女、ベルの白い肌 を蜂蜜色に染めた。

針箱から伸びた赤い糸はベルの小指から手首 にかけて巻き付いて、その端はスマイルの小 指に結わえられた。

細い糸はベルを拘束する鎖に変わり、時折ス マイルによって絞められるそれはベルの肌を 赤く染める。

「ほら、僕達繋がってる。」

スマイルは針箱の傍で倒れた絎台を邪魔だと 払ってベルに被さった。 掠れた畳の上に潰れた梔子が目に止まる。 それはスマイルがベルの為に贈り、ベルを押 し倒した時に彼女に潰されてしまった梔子だ ったのだが、潰れてなお薫りを放つそれを彼 女の肌の匂いと共に肺に取り込んだ。 瞬間、恍惚とした表情でスマイルは笑った。

開けた着物の衿からスマイルが手を忍ばせる 。 帯を解いた綸子の着物が床に広がり、まるで 春の野のようにベルを包む。

鼈甲と白真珠貝の簪を引き抜けば乱れた髪の 間から覗く蕩けた碧の瞳が誘うようにスマイ ルを射った。かと思えば母のような慈愛の声 で囁く。

「恐いのなら、いらっしゃい」

縛られた両手でスマイルの衿を引き寄せる。 まるで縋っているかのような光景にスマイル は口角を上げた。

縋っているのはどちらか。

絹織の足袋に包まれた小さな足が着物の上を 這う、衣擦れの音が耳に心地良く響く。

「私はもう、逃げられないんだから」

一糸纏わぬ白い肌に赤い糸が絡みつく。

「ああ、君を――――」

繋ぎとめておけたら。スマイルはその言葉を ベルの唇に閉じ込めた。

僅かに残る蝋を、容赦なく火が舐める。 その身からたらたらと滴を垂らし小さくなり ながら熔けていく。 小さくなった灯は一瞬だけぽっと光って、煙 と共に消えた。

さあ障子の中を映すものはなくなった。

外では鈴虫が鳴いている。 衣擦れの音も息遣いも、全て闇に溶けて消え た。





梔子の上で綾取り




END



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