l KNOW HOW TO SAY
Tu me fais craquer.
陽光がきらきら眩しい昼下がりのカフェ。 人通りの多い通りから路地に入って、隠れた 場所にある小さなカフェは私とスマイルのお 気に入りの場所だった。
そこのクレームカラメルは絶品で、私はいつ もそれとアールグレイ。スマイルはエスプレ ッソで隅のテーブル席に座るのが決まり。
そうやってお互い共通の話に花を咲かせるこ の時間が好きだった。友達以上恋人未満。そ んな曖昧な関係になって1ヶ月、くらいにな るかしら。
今日は天気もいいし、お出かけしましょうか 。映画を見るのもいいわ。 ちょうど1週間程前に公開された話題作は、 原作がとても素敵で、彼と見たいと思ってた から。 ラブストーリーを見るのは少し恥ずかしいけ れど。
私が新しい椅子を買おうか悩んでるの、なん て呑気な話題を持ち上げていた時、不意にそ れまで頷いていたスマイルが口を開いた。
「ところでさぁ、ベルちゃん?」
「え?なあに?」
「僕とキス、できる?」
「!!?ごほっ」
前の会話と全く脈絡のないスマイルの言葉に 私は紅茶を噴き出しそうになった。
ごほごほと噎せる私を向かいに座ったスマイ ルは頬杖をついて「かーわいい」と、半ば棒 読み気味に呟いた。
「な、なん、なの、いきなり」
「いや、僕達さぁ、こうやって2人で会った りしてるわけだけど。結局さぁ、ベルちゃん は僕の事どー思ってるのかなー、ってさあ」
スマイルはにっこり笑う。その様子は余裕そ のもので、答えは既にわかってるけどね、な んて言ってしまうほど。
つまりは、スマイルは私が彼の事を好きだと 、信じて疑ってない訳で。 すごい自信。…まぁ、その通り、なんだけど。
「一般的にね、相手とキスできるか想像でき たら恋愛対象だってよく言うからさ」
ま、そんなこと言ったら僕なんかほぼ全員恋 愛対象になっちゃうわけだけどさぁ、なんて ケラケラ笑うスマイル。なんなの。
呆れるほどにナルシストな彼がなんだか癪で 、私は業と溜息をついてみせる。
「ね、どう?僕とキスできるか想像できる? 」
「もう、からかわないで。そんな話、何の根 拠も無いわ。」
つんと澄ましてみせるけど、そんな鎧は彼に は通じなかった。
頬杖をついていたスマイルは上体を擡げて衝 撃的な一言を私の胸に撃ち込んだ。
「でも僕は、君とキスがしたい」
その言葉に一瞬耳を疑った後、私の体温は急 上昇した。
「…っ!!」
「許されるなら君を抱きしめて、その生意気 な唇を塞ぎたいね。今すぐにでも。」
な、なんて恥ずかしい事を言うの。この人は! いくら空いてるとはいえ周りには他のお客さ んもいる訳で、ああほら、向かいの女の子達 が興味津々にあなたを見ているわ。 そして、私が何を言うかと期待してる。
こんな状況で何か…言えるわけないじゃない! 冗談が過ぎるわ!
私は顔を逸らして俯いた。機嫌の悪い振りを すればスマイルは別の話題に変えてくれる、 そう思っていた。
けれど。
「ベルちゃん」
「な、何―――」
――――息が止まりそうになった。
だって、私が顔を上げた瞬間、すぐ目の前に 彼の顔。
やられた。 もう彼の瞳が目の前に迫っていた。
賢い彼は鈍感な私に少しも気づかれる事無く 、ゆっくりと距離を縮めていた。
「ねぇ、」
彼の人差し指が私の指の節から骨を辿る。 彼に辿られた部分だけ血液が沸騰しそう。 手首まで伝わった彼の人さし指はそこで動き を止め、代わりに掌が私の手を覆った。 「僕の我が儘。許して、くれる?」
顔が、みるみるうちに熱くなってゆく。 ああ、きっと私今すっごく不細工だわ。
そんな私のすぐ前に、いつもより色気という か、艶のようなものを纏う彼の顔。 こうやって至近距離で見て改めて思う。 彼は、本当に見とれてしまう程に、素敵。
そんな私の様子に彼は目を細めて、笑う。
まるでねだるように 誘うように私の唇に触れ るか触れないかの所で彼は留まる。
私が微かに、そうね。25度くらい頭を持ち上 げれば、すぐに触れ合う距離。
スマイルは誘っているんだわ。私からのキス を。
恋愛経験値が低い私への配慮のつもりかしら 。無理矢理キスをするでもなく、私のタイミ ングで、しかも至近距離に近づいてまで行動 をやりやすくしてくれている。 彼からすれば紳士的な行為かもしれないけれ ど、私にはその25度が堪らなく勇気がいるの 。
ただでさえ目の前に吸い込まれそうな紅い瞳 があるのに。
私ができる事といえば、真っ赤になって笑っ てごまかそうとする位。
ティーカップの底の紅い雫に助けを求めるも 、それは虚しく、私の喉は呼吸も上手く出来 なくなった。
紅い瞳をまともに受ける事ができなくて視線 がさまよう。 若草色のテーブルクロス。その隅の花瓶に活 けられたガーベラ。そのすぐ下に落ちた黄色 の花粉。 ああ、あの女の子達が興奮しきった瞳でこっ ちを見ている。その中にはうっとりした瞳で スマイルを見る子もいて、ああそうよね。確 かに彼は素敵よ。だからこそ、平常心が掻き 乱されてとっても困るの。 もう一度、菫の模様のティーカップに視線を 戻した瞬間に。
「ベルちゃん」
心臓が跳ねた。
「は、はいっ!」
上擦った声で慌てて返事をする私に瞬きを一 度だけして、スマイルは小さく噴き出した。
「ふ…っ…驚きすぎ」 「――…っ!!」
しょうがないじゃない。だって、私、今大変 なのよ。貴方のせいで。
そんな意を込めてじっと睨むと、スマイルは ごめん、と言って私の頭を撫でた。
そして、さっきまでの艶のある笑顔とは違う 、優しい眼差しで私に囁く。
と、同時にスマイルが体勢を立て直し、私の 目の前から離れた。
「ごめんね。ちょっとふざけすぎちゃった、 かな?」
椅子に座り直した彼の、水平線色の髪が揺れ る。
ほっと安堵する反面、少し勿体なかったかも 、なんて。思った瞬間、私の心臓はまたもや 慌ただしく高鳴った。
薬指に、柔らかい感触。
重ねられていたスマイルの手。 その手が私の手を握り、持ち上げられた。 そして彼は花の香りを嗅ぐような仕種で―――私の薬指に口づけた。
甲ではなく、恋人達の契りの指への接吻。
「…でも、君が好きな気持ちに嘘は無い。その 事だけ、覚えておいてね?」
「…スマイル」
「…うん。好きだよ、ベルちゃん。」
…完全に敗北。 白旗を振ってお手上げと言えたらいいのに、 きっと彼はそれを許してくれない。
胸が苦しい。 なんでこんなに、心が乱れるの。
ただ好き、と一言言うだけなのに。 溢れる思いは、栓をしたように唇から出てこ ない。
そんなみっともない私を解っているのか、ス マイルは軽く口の端を上げる。
「ベルちゃんはさぁ、フランス人なのに紡ぐ のが下手だよね」
それから私の視線を簡単に捕らえてからスマ イルは私の心臓を潰しにかかった。
「…Je t'aime. Je t'aime a la folie.」 「Je suis heureux avec toi….Tu es tout pour m oi.」
もう一度薬指に触れたままの唇から漏れる吐 息が私を溶かす。 彼の細い眼の奥に写った私はどんな顔をして るんだろう。真っ赤で子供みたいで、可愛く ないことは確か。なのに、こんな私を、彼は 。
「…Tu es la prunelle de mes yeux.Je t'aime plu s que tout.」
「…ね?」
「これと同じ事を君が囁けるようになったら 、僕も照れてあげるよ…今の君みたいに、ね」
ああ、破裂しそう。 貴方はわからないんだわ。 もし口にしてしまったら、泉のように溢れて 、溢れだしてしまって、みっともなく貴方に 愛を吐き出してしまうこと。
だから。
「――スマイル、」
「ん?何?」
身を乗り出して、素早くスマイルのおでこに キスをした。 ほんの一瞬。瞬きをする一瞬の事だけれど、 心臓は煩いし、顔は熱くて仕方ない。
愛は囁けないけれど、せめて根拠の無い論に 倣って、あなたに伝えるの。
「……そのお手本に貴方がなってくれるってい うんなら。――――そんな、歯の浮くような恥 ずかしい台詞も言って、みせるわよ。」
確かに私は愛が囁けないわ。 でも、こんな可愛くない事なら言えるの。
語尾はもう消え去りそうなくらい小さな声に なってしまったけど。 私にはこれが精一杯。
はぁ、と深呼吸をして恐る恐る顔を上げてみ ると、スマイルは何故か片手で口許を隠すよ うにして固まっていた。
…もしかして、引かれた?
そう思って、彼の名前を呼ぼうとした、瞬間 。
「…っ、あははは!!」
スマイルは笑いだした。
ひ、人がせっかく勇気を出して言ったのに!!
怒って席を立とうとした私を宥めるように、 スマイルは私を引き寄せた。 そして、頬にキスを落とした後、耳元で蕩け そうな言葉を囁く。
「……君が、可愛くて仕方ないよ」
私だけに聞こえる小さな囁きは蜂蜜のように 甘く私の心に溶けていく。
愛の先生としては出来過ぎていて、私の心臓 はいつかきっとスマイルに潰されてしまうわ 。
「でもまぁ、今の台詞はまぁまぁよかったか な。僕としては花丸をあげたいところだけど 。」
上手に言えたら唇にキスしてあげる、なんて 笑うスマイル。
「…貴方がキザすぎるだけなのよ。きっと貴方 程は私、上手くなれないわ」
「そっかぁ。」
スマイルはへらりと笑って私の手を繋ぎ直し た。 そしてそのまま席を立つと、手を繋いだまま 私を軽く引き寄せた。
「じゃあ今は、映画を見に行こう」
フランスの恋愛映画を。 私達が手本にすべき恋人達を。
答えのかわりに繋がれた手をぎゅっと握りか えすと、スマイルは笑った。
頬が熱い。女の子達の傍を通り過ぎる時にや ったね、なんて親指を立てて笑いかけてくる ものだから私は顔を真っ赤にして微笑み返す しかなかった。
「ほんと、好きだよ。ベルちゃん。」
軽口のように愛を紡ぐものだから私は更に真 っ赤になって俯いた。
だから私の手を引いて前を歩くスマイルが頬 を赤くして笑ってた事なんて私は知らなかっ た。
I KNOW HOW TO SAY
END
17777ヒットキリリク小説。 木苺ノア様リク エストありがとうございました!
訳…「愛してる。狂おしいほど。 君といると幸せだ。…君が僕の全てなんだ。」
「君はなにより大切だ。なにより君を愛して る。」
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