美しい影

お父様の愛玩動物は、変わっていた。所謂成金趣味なのかもしれない。世界中にいる珍しい動物を集めては屋敷の使用人たちに世話をさせていた。だが、ひとつだけ、誰にも触らせないものがあった。お父様はそれを"天馬"と呼んでいた。

天馬は、人間の上半身を持ちながら、腰から下は白馬で、まるで神話に出てくるケンタウルスそのものだった。天馬の肩甲骨からは、真っ白い鳥のような羽根が生えていて、まさしく天馬と呼ぶに相応しい外見だった。俺が天馬を見たのは今まで一度しかない。お父様が誰も天馬に近付けなかった。息子の俺でさえ、だ。だから俺が天馬を見たのは一度、七年前にお父様に黙ってお父様の書斎に入ったときだけだ。その時の天馬は、初めて見る俺に酷く怯えた顔をしていた。ああ、きっとお父様にしか心を開いていないんだ、そう思った。

そして今日、再び天馬を目の当たりにすることになった。お父様が死んだからだ。お父様の集めた珍獣たちは、大半を動物園へ寄付した。だが、俺も可愛がっていた猫と、天馬だけは家に残した。使用人たちは不思議がって、何故かと尋ねてきたが、それは俺にもわからなかった。とにかく、俺はお父様の書斎に向かった。
書斎には、放し飼いの天馬がいた。七年前と寸分違わぬ姿をしていた。天馬は俺を見ると、やはり驚いた顔をした。だけど、すぐに表情を強ばらせ、顔を反らした。

「あなたのお父さんのことはわかってます。死んだんですよね。」

その時俺は初めて天馬が喋ることを知った。綺麗な声だと思った。天馬は何故か俺がお父様の息子だと知っていた、そしてお父様が死んだことも。

「何故それを?」

「どっちですか?あなたがあの人の息子だってことなら、初めて会った七年前から知ってました。とてもよく似ているから。」

天馬は蹄の音を立てながらゆっくり近付いてきた。そして俺の目の前で立ち止まって、俺の頬に触れた。

「そして、あの人が死んだことは…いや、もう死ぬってことは、3ヶ月くらいからわかっていました。おれたちの種族は、人の死期が見えるんです。…だから…」

天馬は俺の頬に手を添えたまま、唇に軽いキスをした。俺の初めてのキス。

「…本当はあの人が亡くなる前に、あの人にこうしたかった……でもあの人には愛する奥さんとあなたがいた…」

天馬のコバルトブルーの瞳から、ぽろぽろと涙が零れる。宝石のようで綺麗だと思った。同時に、俺はこのダイヤに、胸が引き裂かれる感じがした。

「…ずっと、好きだったのに…結局……っ……」

静かに涙を流す天馬を俺は無意識のうちに抱き締めた。引き裂かれた胸の破れ目から、言葉が溢れ出ていった。

「俺じゃだめか?俺ではお父様の代わりにはなれないのか?似ているからキスしたんだろ?ならおれがお父様の代わりにお前の想いを受け止めて返す。それじゃだめか?」

こんなこと、自分が苦しいだけだと、お父様の代わりになんて辛いと、わかっていながらも天馬を泣き止ませたくて、口が言葉を紡ぐのを最後まで止めなかった。
言い切って、天馬はゆっくりと俺の背中に腕を回した。天馬の涙が、俺のシャツの肩を濡らした。

「…あなたが死ぬその日まで…もう後悔しないように、あなたを愛させてください…あの人を愛せなかった分も…!」

俺は、生きている限り、天馬に愛される人間になろうと誓った。いつかお父様よりも優れた人間になろうと誓った。そして天馬と再びキスをしようと誓った。





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某ケンタウルス漫画のパロディ
どうしてもやりたかった。

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