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今日のバイトは休みだった。夜にある花火大会に大学の友人数人と行く約束をしていたからだ。実家からわざわざ浴衣を送ってもらい、髪も普段しないような凝ったアレンジにした。我ながら着付けもヘアセットも上手くできたと思う。場地さんにも見せたかったなぁ、と鏡の前でちょっと思ってしまった。まぁ見せたところで場地さんは可愛い、なんて言わないだろうけれども。それでもきっと「へー、いいじゃん」なんて言いながらいつもみたいに頭を雑に撫でてくれるだろう。相変わらず場地さんにはペットだとか妹のような扱いをされていて、彼がわたしの気持ちに気付くような様子はなかった。



河原にレジャーシートを広げ、出店で買った焼き鳥を食べつつ誰かが近くのコンビニで大量に買ってきてくれた缶ビールを飲みながら花火を見る。あぁ、なんて最高の夏休みだ。

「ナマエ今年の夏休みバイトばっかじゃん」
「お金貯めてんの?」
「んー、まぁ…そんなとこ」
「えー!もっと遊ぼうよー」
「ねぇ、みんないつ空いてる?」

来年は就活でそれどころじゃないだろうし、再来年にはもう社会人だ。友達と何も気にせずめいいっぱい遊べる夏は今年で最後だというのに、バイトばっかりして。もっと遊べばいいのにと自分でも思うけれど、花火大会の人混みの中でもいるはずのない後ろ姿をつい探してしまう自分は重症だなと思う。

就活が始まれば絶対今よりバイトをする時間は取れなくなるし、大学を卒業したらもうバイト自体辞めないといけない。今しか会う時間がないと思うとやっぱりバイトのシフトを今より減らす気にはなれなかった。



楽しかった時間の余韻に浸りながら駅から家までの道をひとりで歩いていた。帰りの電車はやっぱり花火の客で満員で、押し潰されて髪も崩れて帯もぺしゃんこになってしまったけれど、ほろ酔いで気分も良かったし、あとは帰るだけだと思うとあまり気にならなかった。なのに駅からの帰り道に立ち寄ったコンビニで「あれ、ミョウジ?」と大好きな低い声が聞こえた瞬間にさっきまで気にならなかったことが全部全部最悪だって思えてくる。

「場地、さん…?」
「おーお疲れ。近所住んでんのにこの辺で会ったの初めてだな」
「お疲れ様です…」

「一瞬誰か分かんなかったワ」そう話す、恐らく仕事終わりであろうスーツのシャツを着崩した場地さんに軽く頷きつつ、慌てて乱れた髪を手で撫で付けた。そんなことをしてもほとんど意味はないと分かってはいるけれど。

「帰りの電車で髪とか色々、崩れちゃって」

わたしは何を言い訳しているだと思いながら、恥ずかしくなって場地さんから視線を逸らした。見せたいと思っていたはずなのに。もうメイクも髪も乱れているし浴衣も若干着崩れているしなんなら汗もかいてるし。しかも結構酔ってるし。どうせ見られるならやっぱり出かける前の姿を見てもらいたかった。

「ふーん?」
「場地さん、何してんスか」

1人で悶々としていると、場地さんの後ろから黒髪の男性がひょこっと顔を出した。「あぁ、ちょっと会社の知り合いがいて」と話す場地さんからこちらへ視線を向けた男性に軽く頭を下げた。

「浴衣の女の子口説いてんのかと思いましたよ」
「はぁ?そんなワケねぇだろ」

そんなワケねぇ、ですか…。場地さんがわたしのことを"そういうふう"に見ていないことは分かっていたけれど、こうハッキリ言われるとやっぱりちょっと悲しいというかなんというか。今の一言で確実にわたしのHPはガクッと削られてバーの色が緑から黄色になったと思う。そんなわたしに気付いたのか、場地さんの友人らしき男性はわたしの方を見て苦笑いしていた。

「千冬、俺ちょっとこいつ送ってくるわ」
「うっす」
「え?」
「危ねぇだろ、こんな遅くに」
「い、いいですよ!そんなに遠くないし」
「遠くねぇんだから気にすんな」

そう言って全然痛くないデコピンをして、それからいつも会社でやってるみたいに大きな手でわたしの頭をわしゃわしゃと雑に撫でた。その様子を見ていた、先程千冬と呼ばれていた男性が「場地さん、アンタ…ほんとそういうとこっすよ…」と呆れたように溜息を吐いた。わたしもそう思う。

そういう対象として見ていないくせにこうやって簡単に触れてくるの、ズルすぎる。でもわたしの気持ちを知られたらこうやって触れられることすらなくなるのかと思うと告白なんて到底できそうもなかった。


「さっきの、千冬さん…?ってお友達ですか?」
「おー、中学ん頃からのダチ」
「へー仲良いんですね」
「まぁな」

思いがけず会社以外の交友関係を知ることができて、胸の奥の方がそわそわしてしまった。
わたしの半歩前を歩く場地さんの背中を下駄と浴衣で必死に追いかけていると、途中でわたしの歩幅がいつもよりずっと狭いことに気付いた場地さんがスッと隣に並んだ。わたしの気持ちにはなかなか気付かないのに、こういうことには気付くんだもんなぁ、と1人で小さく笑っていると「何?」とちょっと照れ臭そうな顔で見下ろされて、わたしの心臓はまたきゅんと音を立てる。

「今日の花火大会?」
「え、あ、はい。友達と行ってて」
「いいじゃん。似合ってる」

思った通りの台詞だったのに、場地さんに直接言われるともうどうしようもなく嬉しくて。でもやっぱりこんな着崩れた浴衣姿じゃなくて、ちゃんと場地さんのために可愛くした姿を見てほしいと思ってしまった。

「…場地さんとも行きたいです」
「え?」
「お、お祭り…今度この近くの神社であるやつ…」

こんなこと言ったらもう気安く触ってもらえなくなるかもしれないけれど、でももっと意識してほしい。あわよくばお祭りも一緒に行きたいし、会社の外でも会いたい。ついでに私服も見たい。

「…だめですか?」
「いや、別にだめじゃねぇけど」
「い、いいんですか!?」
「なに、ミョウジそんなに祭り好きなん?」
「………」

伝わらないことを喜ぶべきか、悲しむべきか…でも場地さんの大きな手に頭を撫でられると、もうどっちでもいいやと思ってしまった。
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