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場地さんとご近所さんであることが分かり浮かれていが、ふと気付いてしまった。あれ、わたしこれからちょっとコンビニ行くのも気が抜けないのでは…?今までみたいにすっぴんで適当な部屋着で出かけたときに場地さんに会ってしまったらと考えると気が気じゃない。

そんなことを考えていたら、毎回メイクして、だるだるの部屋着からちゃんと着替えてコンビニに行くようになってしまった。しかし家の近くで場地さんとばったり会うようなことは一度もないまま、わたしは大学3年の夏を迎えた。



夏休み中たまにでいいから朝から出れない?と事務の課長にお願いされた為、今日は9時出社だ。いつもは乗らない時間の電車が来るのを駅のホームで待っていたとき、わたしの後ろに並んだ人に「ミョウジ?」と声をかけられた。聞こえた低い声にわたしは勢いよく後ろを振り返った。

「場地さん!おはようございます!」
「おはよ」

朝から元気だな、と笑う場地さんの顔にわたしの心臓は今日もチョロくときめく。朝から場地さんに会えるなんてラッキーすぎる。

「この時間に駅で会うの初めてだな」
「そうですね、授業があるときはもっと早い電車なので」
「あぁ、今夏休みか」
「はい。なので今日は朝からバイトです」
「よく働くなー」

最近バイト来る日増えてねぇか?と言われてドキッとする。実は最近バイトを週3から週4に増やしたのだ。まぁ毎週ではないけれど。夏休みに友達と旅行の計画を立てたからその資金と、あとはもっと場地さんに会いたかったから。そんなこともちろん本人に言えるわけもないので「友達と旅行行くんで、その資金貯めてるんです」と答えておいた。

ホームに入ってきた電車に乗ると朝だからもちろん席は空いていなくて、2人で並んで吊革に捕まった。それでも夏休み期間で学生がいないからか、さほど車内は混み合っていなかった。

「夏休みっていつまで?」
「9月末までです」
「は?休み過ぎだろ」
「えへへ、羨ましいですか?」
「普通に羨ましいわ」
「お休みってお盆だけでしたっけ?」
「あー、あとは順番に有給取るとは思うけど」

場地さんと夏休みにどこか出かけられたら最高なのにな。そんなことを考えると自然と頬が緩んでしまった。そういえば家の近くの神社のお祭りっていつだったっけ。…もし誘ったら迷惑かな。

会社のある駅に着いて、電車を降りて場地さんの少し後ろを追いかけるようにして歩いた。言うだけ言ってみてもいいかな。お祭りなんか誘ったらわたしの気持ちバレちゃうかな。でももっと、もっと場地さんに近付きたい。わたしのこと、意識してほしい。

「あの、場地さん」
「ん?あ、悪い電話」
「あ、はい…」

電話に出た場地さんは前を向いて歩いたまま、多分仕事の話をしていて、電話越しに聞こえてくる高い声にさっきまでの気持ちがしゅんと萎んでしまう。わたしはただぼーっとその背中を眺めることしかできなくて、そのうちに会社のあるビルに着いてしまった。結局ビルに入りエレベーターに乗る直前で場地さんは電話を切って「さっき何か言いかけてなかったか?」と後ろにいたわたしを振り返った。

「いや、やっぱりなんでもない、です」

わたしは力なくヘラヘラと笑って誤魔化すことしかできなかった。




「場地さんおはようございます!」
「おー、おはよ」
「あれ、ミョウジちゃんもいる!おはよー!」
「おはようございます」

エレベーターに乗り込むと、ドアが閉まる直前で佐藤さんが滑り込んできた。朝から元気だなぁ、と軽く頭を下げて挨拶を返す。

「2人一緒だったんすか?」
「そー、駅でたまたま会って」
「へー!」

「ミョウジちゃん、良かったじゃん」と小さな声でわたしに耳打ちする佐藤さんの言葉に思わず顔が赤くなる。そうだよね、お祭りは誘えなかったけど今日は朝から場地さんと会えて、一緒に通勤できたんだ。最高の1日の始まりじゃないか。そう思って隣に立つ佐藤さんの顔を見上げて「はいっ」と答えると、佐藤さんも嬉しそうにピースしてくれた。

「…お前ら前からそんな仲良かったっけ?」
「え?」

わたしと佐藤さんのやりとりを後ろで見ていた場地さんに言われ2人でギクッとする。まさかあなたのことを相談しているんですー、なんて言えない。言ったら終わる。

「なんか?最近たまに?喋るようになった、かなー?」
「あー、まぁ、はい、そうですね?」

いや、わたしたち2人とも誤魔化すの下手くそすぎか。「何でお互い疑問系なんだよ」と場地さんが笑って、あぁやっぱり笑った顔が1番好きだなって思った。






いつもは夕方から数時間だけど、この日は朝から夕方までみっちり働いた。凝りをほぐすように肩をぐるぐる回しながらオフィスを出て廊下を歩いていると、自販機の方から歩いてきた場地さんに会った。

「もう終わり?」
「はい!お疲れ様です!」
「おー、お疲れ」

すれ違う瞬間、場地さんがわたしの頭をポンポンと撫でて「じゃーな、気を付けて帰れよ」と言った。突然頭に乗せられた場地さんの大きな手の感触に思わず固まってしまったわたしを見て、「あ、悪ぃ…」と場地さんは慌てて手を引っ込めた。

「頭撫でんのってセクハラなんだっけ?」
「えっ?」
「悪いな、なんかつい撫でたくなっちまって」

わたしが固まったのを嫌がっていると勘違いしたらしい。頬を掻きながらバツが悪そうにわたしから目を逸らす場地さんのシャツをきゅっと掴んだ。

「あの、セクハラじゃないです!大丈夫です!」

「わたしの頭でよければいつでも撫でてください!」自分でも何言ってるんだと思ったが、わたしの言葉に場地さんがぷっと吹き出して「おー、じゃあまた撫でさせてもらうわ」と言ってさっきよりも少し乱暴にわたしの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「あーもう、ずるい…」
「なんて?」
「なんでもないです」

「ミョウジってなんか小動物っぽいよな」と言ってわたしの頭を撫で回したあと満足したような顔をした場地さんは「じゃあ、またな」と言ってオフィスに戻っていったけど、わたしはしばらくその場から動くことができなかった。
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